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22.令嬢の救出


「さてと、屋敷の何処ですかねぇ。うちのお嬢と違って正真正銘の令嬢でしょ、早く助けないと」


「だから、心無い減らず口やめてと言ってるでしょ!!」


ルシアを抱えて走っているというのに無駄口とは随分、余力がありそうである。

ともすれば、先程まで青褪(あおざ)めていたのが噓のように言い返すルシアにも十分、気力が(みなぎ)っていた。

その言い合う姿はもう二人とも大きな飼い猫は遥か彼方だった。


「...確かに敵方が人質として連れ出してくる可能性があるわ。彼女が居るのは多分、私の居た部屋の近くでしょう」


「あー、なら窓が一番派手に割れている場所の辺りですね」


「それは貴方の仕業でしょ」


イオンはルシアの推測を聞いて一直線に走る。

しかし、屋敷は後退した敵の巣窟(そうくつ)だ。

目の前には既に拉致犯たちがちらほら見える。

どうも、ここは元から破落戸(ごろつき)たちの拠点となっていたらしい。


「よっ」


襲いかかる相手を蹴飛ばしたり、足蹴(あしげ)にしながらもイオンは速度を落とさない。

お陰で後ろの王子たちが引き離されつつある。

いや、何これ。


臨場感があるなんて優しいもんじゃない。

こいつは人型をしているだけのジェットコースターだ、しかもいつ安全バーが外れるか分からないという別ベクトルの恐怖オプション付きの。


「お嬢ー?着きましたけど、取り敢えず全ての扉を蹴破(けやぶ)りますか」


イオンがまさに蹴破りながら言うので、ルシアはこの状況に関わらず半眼になりながらもGOサインを出した。

四室目で目的にヒットする。

中にはオズバルドとよく似た若草の瞳を持つルシアと変わらない年頃の幼い少女が居た。

まだまだ淑女(しゅくじょ)というより子供だ。


「貴女がオズバルドの妹君ね。さぁ、貴女の兄君の元へ行きましょう」


「!貴女は...」


「わたくしはルシア・クロロス・オルディアレス。兄君は外に居るわ、警邏(けいら)騎士も来ている。もう大丈夫よ」


本日、何度目か分からないがまたイオンに降ろしてもらって彼女の手を取る。

滲む涙を拭ってイオンに抱えさせる。

私は自分で走れる。


「...ルシア」


「殿下。令嬢は無事、保護致しましたので脱出しましょう」


「...分かった、絶対に後ろから出るな」


素直に王子に(うなず)いて、屋敷の外へ向かう。

さすがに守ってもらわなければルシアは逃げられない。

王子の前にはノーチェが付いている。

これなら彼が怪我することもないだろう。

走り出した私たちは廊下を駆けていく。


「こっちだ」


「ええ。...きゃっ!?」


「!ルシアっ!!」


無理な体勢で掴み上げられる。

腕が捻じれて痛い。

油断した、廊下の影になっていて敵の男が居たことに気付かなかった。


「へっへっ、おいお前ら!この娘が殺されたくなけりゃ引け!!」


「っ」


男は焦った表情ながらも優位に立ったように気味の悪い笑みを浮かべながらルシアの首にナイフを押し付ける。

ギュッと押し付けるだけでは切れ味の悪いそのナイフではルシアの肌を斬れはしないが、一寸でも動かせば間違いなく血が出る。


「彼女を離せ!!」


「おい、近付くなら斬るぞ!」


王子が声を上げるが逆効果。

男の焦りを(あお)るだけ。

でも。


「私がただ捕まって大人しくする訳ないでしょう!」


「な!?」


焦りで隙が出来た男もまさかルシアが渾身の力で蹴り付けるなんて考えもしなかっただろう。

結果、よろめいた男を瞬時にノーチェがナイフを突き刺す。

少し首が熱を持っているが無事だ。

本当に幼く美少女の見た目に感謝だ。

虚を衝くのにこれ以上、最適はない。


「お嬢、首が!」


「大丈夫よ。ノーチェもありがとう」


駆け寄るイオンを制しながらノーチェに礼を言う。

すぐさま立ち上がりながら苦い顔をしている王子にも声をかける。


「また捕まらぬうちに外へ出ましょう。殿下、動けますか」


「お前は人の心配の前に自身の身を守れ!...行くぞ、後でたっぷりと説教だ!」


「え゛」


え、マジですか!?

あ、イオンも頷いている。

お前は共犯だろう、怒られるのはお前もだ!


説教コースが決まったことに嘆くルシアの前に外の景色が見えてきた。

立っているのはこの国を象徴する青のマントだけだ。

終わった、のか...?


ルシアはへたっと座り込む。

慌てたように支えた王子の声を聞きながらぼんやりと考える。

それでも危険がやってくる様子はない。

終わったんだ。


オズバルドを、彼の妹を救い出せた。

何より一番の目的であった王子は隣で苦言を繰り広げるくらいにはぴんぴんしている。

あー、良かった。

予想外に大事になった気がするけど皆、無事だ。

そうして、この事件は幕を閉じたのだった。



ーーーーー

数日後、ルシアはやっと戻った日常の中に居た。

今日は王宮で王子たちの稽古(けいこ)の横で読書をしている。

結局、あの日は疲労で気を失うように眠りについて目覚めると自室で夜が明けていた。

首は少し血が出ていたが治る傷だし、今はもう痕が消えるのを待つだけである。

さすがにバレたら面倒な人たちが沢山居るので念には念を入れてチョーカーで隠している。


「ルシア様」


「まぁ、オズバルド。貴方、もう平気なの?」


あぁ、そうそう。

私の日常の景色は少しだけ新しくなったのだ。

一つは見慣れた人たちの中にオズバルドが増えたこと。


彼は結果としては作中と同じく王子の騎士となった。

まだ見習いだけど熱心に剣に打ち込む姿は立派な騎士になるだろうと思わせる。

ただ、違いを挙げるとするならば。


「はい、怪我も無く。...全て貴女のお陰です」


「わたくしは何もしていないわ」


「いいえ、俺は貴女に救われたんです。貴女は俺に高潔な騎士だと言ってくれました。俺さえ自分を信じられなかったのに貴女は揺るぎない言葉で俺の在り方を断じてくださいました。


だから、俺は貴女の言う高潔な騎士に相応(ふさわ)しくなるように、殿下の騎士として名を上げてみせましょう。貴女が正しかったと証明する為に」


オズバルドの忠誠心が王子より私へ強く見えることだろうか。

いや、作中の君はかなりルシアに当たりが強かったよ!?

これは、どうなんだろう。

めでたし、で締めて良いのか微妙なラインである。

ああ、後もう一つ。


「嬢さん、口調はこれからもそれでいくのか?」


「あら、何か可笑しいかしら?」


ノーチェの態度が軟化した。

何故だ、何処でこうなった。

今では私を嬢さんと呼び、からかい混じりの会話を振ってくる。

正直、イオンが二人に増えた気がして嫌だ。


「今更、猫被る必要ないと思うけど。ここの奴らは知っているだろう」


そう、あの日。

心のままに令嬢の姿をかなぐり捨てたせいでルシアの中身がこんな性格だとバレた。


「...何処で何方(どなた)が聞いているか分かりませんから。貴方もその態度では都合が悪いのではない?」


「さて、どうかな?」


ああ、本当にイオンが増えた。

これからこんなのに絡まれながら生きていくのか。

メンタルとの戦いになりそうだ。


ルシアはため息を吐く。

...でも。

事件があったとは思えないこの平和な空気は嫌いじゃない。

ルシアは周りを見渡して小さく笑ったのだった。


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