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220.臨機応変とは言えども、これは


「ちょっと、お嬢!」


先頭を行くルシアにイオンが速度を上げて並び、声を張り上げた。

その声は堪らず、といった様子でちらりと見上げれば、その顔は困惑に満ちていた。


気が付けば、追い越したはずのノックスも(わず)かに引き離されたクストディオも、ルシアの真後ろまで追い付いて来ていた。

そして、二人ともがイオンと全く同じ顔をしていた。


それでも、しっかりと付いて来ていることに何だか可笑しくてルシアはくすりと音を洩らして笑った。

すぐさまイオンから笑い事じゃないでしょ!、と声が飛んできた。



「文句は聞かないわよ。」


「いや、でもですね...!」


護衛たちのも(もっと)もな困惑。

それを確認した上でルシアは一蹴した。

取りつく島もないルシアに珍しくイオンが食い下がるように口を開いた。

何故なら。


「このまま行けば、行き止まりですけど!!」


そう、ルシアが目指したのは岬の先。

目の前にあるのは途方もない海と切り立つ崖。

それはもう、見事な行き止まりだった。



高い岬の上でルシアたちは敵兵と対峙していた。

しかし、この状況を作り上げた当の本人は場違いなほど悠然と立っていたのだった。


「あー、どうするんですか、これ。」


正しく、自ら追い込まれた状況にイオンがぼやく。

ノックスが庇うようにルシアの前に立つ。

クストディオは迎撃態勢でナイフを手に持ちながらも、意図を読もうとルシアの横顔をじっと見ていた。


「どうするも何も倒して進むしかないですよね。」


ノックスがげんなりという表現の似合う声色でイオンのぼやきに返した。

その割りに目は敵兵を見渡しており、脳裏では最善手を模索しているのだろうことが、ルシアには(うかが)えた。

剣を握る手にもすぐ降り下ろせるほどの力が込められていた。


そもそも何故、ルシアがあの時岬へ足を向けたか。

何のことはない。

ルシアがそれを選択したのは岬の折り返しで射手と対峙しては、射手を倒す間にも後方の敵兵に追い付かれると踏んだから。


そういう意味ではこの行き止まり、正面以外に地面がないというのは射手に(ひそ)む場所がないということでもある。

そして、その正面は敵兵の壁が出来ており、木々の方からは決してルシアたちを視認出来ない。

何より、この行動に射手は虚を突かれたことだろう。


「正しく、背水の陣ね。」


「何ですか、それ。」


「こういった追い込まれて逃げ場のない事態を示す言葉よ。」


ルシアは懐かしい(ことわざ)を思い出した。

聞き慣れない言葉にイオンが首を(かし)げる。

ルシアは簡潔に説明を返す。

うん、まさか見立てでもなんでもなく、物理的にそうなるとは思っていなかったけども。


「まあ、お陰で射手の攻撃は防げたわよ。」


「いやー、いくら何でも。」


厄介な射手を封じる為に追い込まれたのはデメリットが勝ち過ぎてる。

そんな言葉がイオンからありありと伝わってきた。

確かにこの敵兵の数、切り抜けるのは骨だろう。

何より、この壁から抜けたところを狙撃されては元も子もない。


しかし、ルシアは動じてはいなかった。

とはいえ、イオンたちも文句を言い、困惑を隠さなかったが、この状況に張り詰めた様子は一つもなかった。

彼らはルシアの行動に考えのあってのことだと確信を持っていた。


ルシアは敵兵を見た。

破落戸(ごろつき)のような男たちは多勢に無勢な上に、追い込まれたルシアたちの逃げ場がないことを見て、余裕ありげに一定距離の場所からにやにやと、気味の悪いねっとりとした視線をこちらに向けていた。


その視線のほとんどはルシアに向けられている。

幼いと言っても良いほど若い、この場に似つかわしくない少女。

絡み付く下卑(げひ)た視線が値踏みをするように自身の身体を上下に、不躾に見下ろされたのをルシアは顔を(しか)めながら、受け取った。


「さて、雑談は別としてほんとにどうするんですか。」


「あら、想像付いていると思っていたけれど。」


「あ。」


ノックスが完全にルシアを隠すように立ち位置を移動する。

同じようにカバー範囲を考えて一歩移動したイオンが神妙さこそなかったが、はぐらかさずに答えろ、という視線の元、二度目の問いをルシアに落とした。

それにルシアも緊張感皆無の普段の会話と同じように返す。


そこで何か気が付いたと言いたげの声をクストディオが小さく上げた。

イオンとノックスが(いぶか)しげにクストディオを見やる。


「イオンは知ってる。」


「え?......あ。」


クストディオはイオンを見返して一言告げた。

イオンは眉を寄せて首を傾げて、何か思い至ったのか声を上げた。

そして、理解した途端に純粋な発見への納得に見開かれた目が凄い形相でルシアを向いた。


ルシアはそれを平然とした表情で受け止める。

ノックスだけが状況を掴めずに怪訝そうな表情を濃くした。


「......本気で?」


「私、この状況下で冗談は言わないわよ。」


「いやね?お嬢は滅茶苦茶なのは知ってましたけどもね。」


真剣に聞くイオンにさらりと返すルシア。

結局、盛大に長いため息を吐く羽目になるのはイオンの方なのだ。


「...分かりました。ノックス、それ仕舞って良いですよ。」


「は?」


仕方がない、もうなるようになれ。

そんな風情のイオンはそう言いながら指したのはノックスの手に収まる剣。

まさに今から使用するもの。


ノックスはまさかの言葉に怪訝を通り越して、気の抜けたような顔をした。

次いでイオンが剣以外の武具も外せ、と言った為にいよいよノックスは困惑を極めた。


ルシアはノックスの様子に苦笑しながら、一歩後ろに下がった。

クストディオがナイフを片付け、同じく下がる。

それを見たノックスが目を大きく見開いて。


「まさか......。」


「ふふ、そのまさかよ。」


答えたのはルシアだった。

そして、ルシアはノックスが何かを言う前に反転して──。

遥か下の青の世界へ身を投げたのだった。


わぁ、後書きで書いたらブックマーク増えてびっくり。

拍手ボタンのコメントもありがとうございました。

嬉しかったです。


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