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213.空を走る襲撃


「カリスト!」


「っ......!!」


ルシアは声の出る限り叫ぶ。

己れの必死さ故か、または己れの身体ごと揺らすような最大出力の声故か、もう自身がどれだけの声量で何を何の為に叫んでいるのか、ルシアは曖昧だった。


そんなルシアの声さえ掻き消す喧騒。

そして、何よりも耳を(つんざ)くけたたましい甲高い音が一線。

そこは正しく戦場であった。



ーーーーー

場所はポルタ・ポルト目前。

時は突入に(そな)えて、馬車内のルシアたちも臨戦態勢を取っていた頃。


「当初の作戦通り街に入り次第、馬車を降ります。」


「ええ。」


さすがに街の中で馬車は目立ち過ぎる。

どうぞ狙ってください、にしか見えない。

恰好の的だ。


今までの道はまだ馬車の方が安全だったけど、ここからは隠密行動を取る方が適しているだろう。

まぁ、多勢に引っ切り無しに詰め掛けられるとさすがに馬車の強度以前だものな。


そんな会話をしている時だった。

劈く音を聞いたのは。

同時にイオンの厳しい制止が響く。

そして馬車が中がどうなるかなんて気にしていない勢いで急停車した。


ルシアたちはまずその衝撃に耐えた。

王子が完全に浮いてしまったルシアの腰を掴まえて、投げ出されるのを阻止する。


(かろ)うじて何処かに強打することなく、耐え切ったルシアはバッと顔を上げて外を見た。

強打ではなかったものの、ぶつけたところが痛いがそれを気にしている場合ではなかった。


「ルシア!」


「!?」


だが、ルシアが外を把握するよりも早く、王子がルシアを呼び、腰に回った手に力を入れて引っ張った。

急に絞められた腹に一瞬息を詰めながら、ルシアは王子によって外へと引き摺り出された。


王子と一緒に地面を転がる。

王子に包み込まれていたルシアはそれを肌ではなく、回る視界と(こす)れる音で知った。


「ちょっとカリスト、大丈夫!?」


「ああ、馬車が停まっていて助かった。」


ルシアは回転が止まり、緩んだ腕から抜け出して、片肘を突いた王子に安否を確認した。

それに答える王子は淡々としていた。

確かに王子は土埃(つちぼこり)で汚れてはいたが、怪我の様子は見て取れなかった。


「ルシア嬢、カリスト、無事ですか!」


「エディ様!そちらもご無事!?」


斜め後ろから声がして、ルシアはハッとして振り返る。


そこには身を低くして腰の剣に手をかけるエドゥアルドの姿。

その横にはひょいっと寝転んだ態勢から起き上がるベッティーノ。

二人とも無事なようだ。

どうやら、こちらもベッティーノが王子と同じようにして脱出したらしい。


そこでやっとルシアは周りを見渡した。

王子は馬車から脱出した、ということは。

エドゥアルドたちの背後にルシアたちの乗っていた馬車があった。


しかし、それは横転こそ(まぬが)れているものの、こちら側の扉は外れかけ、向かい側の屋根付近はあろうことかへこみ何かが突き抜けたような穴が開いていた。

車内の床にはその何からしきものがめり込んでいる。


扉は王子とベッティーノが脱出の際に体当たりしたからだ。

では、その他は?

ルシアはそれが何か理解して顔を(しか)めた。


「...砲弾。」


「...ええ、どうやらあちらは船に積んでいた砲台の幾つかを街道に向けて街に設置していたようです。」


そう、それは砲弾だった。

大きな鉛の球がそこに鎮座している。


「殿下、ルシア様。」


「!ニキ、貴方も大丈夫だった!?」


「あー、はい。飛んでくるの見えて馬車が停まる前に飛び降りたので大丈夫ですよー。」


後ろに降ってきた声に反応すれば、ニキティウスがしゃがんでいた。

そこでニキティウスがあのへこんだ屋根に居たことを思い出して、ルシアは彼にも安否を尋ねる。


ルシアの心配とは裏腹に常人ではない方法と共に回避したと飄々(ひょうひょう)とニキティウスは言ってのけたのだった。

ルシアはいつも通りのニキティウスに気が抜けそうになりながらも、安堵する。


「それで、殿下。ルシア様も。敵の攻撃はまだ止んでません。今のところ、ここは馬車の影になってるんですけど、危ないので退避しますよー。横からの攻撃はこちらがどうにかしますから。エドゥアルド殿下も一緒に。」


ニキティウスは周囲を警戒しながら退避を示し、エドゥアルドにも向いた。

ニキティウスの説明の合間にも確かに喧騒が、(つば)迫り合う音がルシアの耳に届いていた。


「......けれど、来た道は完全に塞がれているわよ。」


「はい。なのでそのままポルタ・ポルトに突入しますね。」


......それは、敵陣に乗り込むことになるのでは?

ルシアは目を眇めかけたが、それが合理的ではあると理解した。


確かに街中は危険だろう。

だが、既に背後は完全に塞がれ、そちらの方が危険度を増していた。

それよりは建物で遮蔽物に(まぎ)れられる街中の方が安全。

まぁ、元より乗り込むつもりだったし。


「分かった。」


ルシアより先に王子が返答し、態勢を取った。

ルシアも続くように動く準備をする。

エドゥアルドたちも同じようにして構えたのをルシアは視界の端で捉える。


「はい、まずノックスが道を切り開くので合図したら出てくださいねー。殿(しんがり)はフォティアとオズバルトがやってくれます。」


ニキティウスの言葉はまだ普段の呑気さの色があった。

ただ、乱れた髪の隙間から見えた琥珀(こはく)は真っ直ぐに周囲を射貫いていた。

真剣に引き絞られた縦長の瞳孔が光る。

同時に向こうでノックスが駆け出した。


「今!」


ニキティウスの声でルシアたちは馬車の影から駆け出した。

そして、ノックスの背を追う。

その周りにはルシアたちを守るようにニキティウスが、ノーチェやイオンたちが、アクィラの騎士が駆ける。


あと少し。

街の入り口に、建物の影に入ろうとしたところだった。

横から一線するものが一つ。

それは真っ直ぐに、まるで糸が引っ張ったかのように、王子へ──。


「カリスト!」


「っ......!!」


ルシアは叫ぶ。

(のど)から出る限りの声で。

王子は(さや)から引き抜いていた剣でそれを(はじ)いた。

それは石弓だった。

普通の矢より重いそれに、その為に王子は足を止めざる得なかった。

王子を守るように彼の側近たちもまた止まる。


ルシアも止まりかけたが、そのまま建物の影へと走り続ける。

しかし、顔は後ろを振り返っていた。

自身だけでも安全圏に入らねば、足出纏いだとルシアは回転の速い頭で理解していた。

だが、気持ちがついていかずにそれが顔にありありと現れていた。


王子は遅れて走り出した。

だが、それよりも早く轟音が響いた。

甲高い音が一線を引きながらこちらへ近付いてくる。

気付いた王子は後ろに下がって退避した。

王子の居た場所に馬車を(つらぬ)いた砲弾が地を割る。


「ルシア、後から行く!!」


「っ!!」


だから、先に行けって!?

何の死亡フラグだよっ!!!!

そう叫びかけたルシアは寸前で呑み込んだ。

顔を盛大に(ゆが)めながらも、王子たちなら、ハンデなしなら、切り抜けられるとルシアは見渡して判断する。


「絶対に怪我はしないで!」


ルシアは走る限られた時間の中でそれだけは叫び返した。

馬車で街中のある建物を拠点代わりにすることを決めていた。

合流自体は出来るだろう。


返事の代わりに王子がにい、と口端を吊り上げたのを見た。

こうして、ルシアたちは戦場を前に分断されてしまったのであった。


すみません、一時です。

そして、またカリストの出番が...。


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