212.渦中の港街へ
「本来なら、馬で駆ける方がずっと速いのですが...。」
「まぁ、さすがに王族三人ともなるとそうもいきませんわね。」
ガタゴトと速度増しましで盛大に揺れまくる馬車の中で、涼しい顔をして座る者が四名。
ルシア、王子、エドゥアルド、ベッティーノの四名である。
他のメンバーは馬車の周りを堅め、何事にも対応出来るようにしていた。
まぁ、単純に乗り切れないということもあるが。
中にベッティーノが乗っているのはすぐ傍で盾となり、戦える為である。
因みにイストリア側はニキティウスがいつだかのノーチェよろしく馬車の屋根にて護衛中だ。
御者席はイオンが座り、助手席にアクィラの騎士と完全防備体勢だった。
...なんか、ここまで物々しいと護送されているみたいで嫌だけど。
そんな状態でルシアたちが何処へ向かっているのかと言うと、それはアクィラにて最も被害を受け、現在進行形で悪化し続ける港街ポルタ・ポルト。
攻めてきたヘアンが開戦を宣言した土地である。
そこへルシアたちは避難誘導、果てはヘアンとの交戦も踏まえて向かっていた。
その最中、エドゥアルドが申し訳ない、といった表情で言葉を発した。
窓から高速で流れ、上下に弾む景色を真っ直ぐ見つめていたルシアは向かいに座るエドゥアルドを見て、現状の理由を看過して口にした。
「ええ、他国の王族であれば尚の事。乗り心地は馬の方がずっと快適でしょうが、造りは頑丈ですので初撃は防げます。暫しのご辛抱を。」
「構わない。このくらいなら許容範囲だ。」
王子が腰が浮きかけるほどの揺れの中で泰然として告げた。
それはそれでどうなんだ、とルシアは苦笑しながらも頷いた。
揺れくらい、なんてことない。
さすがに他人の国でお忍びではなく、王子と王子妃として向かうなら、甘んじて受け入れますよ。
ここで馬で、なんて言うのはアクィラ側には良い迷惑だろう、それはルシアも理解していた。
そうなのだ、ルシアと王子共々忘れがちだが、その立場は本来、守られて然るべきという場所にある。
「わたくしたちが居るからこその馬車なのですもの。それでも出来得る限り、早急にと申したのはこちら。多少の不都合は許容しましてよ。それにどちらかと言えば、この暴走馬車にお付き合いくださったエディ様とベッティーノの方が申し訳ないわ。」
ルシアは眉尻を下げて告げる。
いや、ほんとに。
御者はうちのイオンだしな。
あれはやれって言ったら本当に容赦ないから。
現に暴走してるって言っても過言じゃない揺れと速度だから。
ほら、見てよ外をさ。
馬で来ているメンツ中々の速度出してるよ?
普通、馬車に張り付いて護衛する際の速度じゃないからね?
「...まぁ、これも経験ということでしょう。」
エドゥアルドがフォローとも言えないフォローを口にした。
うん、さすがにこれを大丈夫だと言うのは色々と疑うよ。
エドゥアルドは王子と違って戦場に出るのはこれが初のはず。
ルシアと共に行ったこともある事件に奔走はあるようだが、それでも荒々しいことには王子ほど慣れていないだろう。
そこまで考えてルシアは普通、王太子が危険地帯に行く訳ないよね、と当たり前なことに行き着いた。
ほんと、王子がイレギュラーなのだ。
第一王子なのに戦場に引っ張りだこ。
主人公だし、イストリア王宮の複雑な事情によるところでもあるけども。
この際、それ以上の異端分子である自分自身のことは棚に上げているルシアだった。
「...ポルタ・ポルトには北東側から侵入します。そこからは南に向かうほど敵兵と接敵するでしょうから用心を。」
エドゥアルドが港付近の地図を取り出した。
本来ならルシアたちが見るべきではないもの。
だが、今回ばかりは。
まぁ、既にその他機密書類も見てるしね。
ルシアたちはエドゥアルドの指し示す場所をお互いに揺れの弾み頭をぶつけないように気を付けながら覗き込んで、エドゥアルドの話を聞いた。
揺れで見辛いけども、細部まで読み取っていく。
そして、脳裏に焼き付けながら把握していく。
ここからは戦いなのだ、決して気を抜いてはいけないから。
それが、命取りになるから。
ルシアは何気に初めて、戦争の中心地へと向かう中、覚悟の文字を呑み込んだのだった。




