211.全ては突然に
かつかつ、と複数の靴音が廊下に響く。
行き先は休暇の為のこの離宮にない執務室代わりになっている書斎だ。
そこには王子たちが居る。
ルシアは到着したエドゥアルドに挨拶もそこそこで離宮の中へと導いた。
慌ただしく動くルシアにエドゥアルドは文句一つなく続いた。
「エディ様、そちらが掴んだ情報は?」
「ああ、それならこちらに──ベッティーノ。」
「はい、これです。」
廊下を早足で歩きながら、ルシアは横を行くエドゥアルドにちらりと視線を向けて尋ねる。
まさに移動中も時間が惜しい、そんな感情が無表情の中に紛れていた。
エドゥアルドも同じく神妙な表情でルシアに頷き、後ろを歩く己れの騎士を呼ぶ。
呼ばれたベッティーノは何処から取り出したのか、紙の束をエドゥアルドに渡す。
それをルシアはエドゥアルドから受け取って歩みを止めずに視線を落とした。
「...これは、やってくれたわね。」
「ええ、......港でそれらしき姿を確認、ですか。」
ルシアは紙束を繰りながら、後ろへ片手で合図する。
それに反応したのはイオンだ。
何を言うまでもなく、ルシアの意図を理解し、エドゥアルドに別の紙束を手渡した。
ルシアは精査していた書類を見て、小さく呻く。
眉はとうに寄せられ、今にも唇を噛みそうであった。
エドゥアルドも同じように器用に歩きながら紙を捲り、眉間を寄せる。
「ええ、調べたのはカリストの密偵たち。情報は確かよ。」
「はい、それは前件で身を以て体感しましたので疑っておりません。...ただ、場所が厄介だ。」
ルシアもエドゥアルドも普段の丁寧過ぎるほど丁寧な外面、もとい王子妃、王太子としての口調など、この際、気にしていられないとでも言いたげに率直な言葉だけを吐いた。
「...そうね、港だけでなく、被害は街道にも。それらを押さえられれば、戦場となった時の被害は考えただけでも恐ろしいわね。」
「はい、出来るだけ早急に避難を促していますが...奴らの手が早い。」
自分たちの情報とエドゥアルドの持ってきた情報を頭の中で照らし合わせ、整え、ルシアは最悪の想定を口にした。
エドゥアルドは頷きながら、対策していることを告げるが、言葉は苦く、声は渋い。
そして多分、表情は忌々しげに歪められていることだろう。
「それに的確だわ。どんな場合においても対処出来るように幾重にも想定して対策を用意しているのね。あの男ならやりそうなことだわ。...これは最悪の場合を想定して動く方が良さそうよ。」
「ええ、少しでも最小限に、は期待出来ないでしょう。」
「あの男は大きな戦争こそを追い求めている。だから、やるなら派手に、こちらにとっては最も起きて欲しくない規模で。あー、もう本当に人が嫌がることに関してだけは天才的だわ。」
これは決して褒めている訳じゃない。
それこそ、天災クラスだ、あんなの。
ルシアは心の中でぶつぶつと毒づいていた言葉を思わず、口から放った。
それだけ、苛つかされていた。
これは早く収めなければ。
「カリスト、エディ様が来たわ。」
「ああ。ルシア、エディ、こっちに座ってくれ。」
辿り着いた書斎の扉をルシアは了承を得る言葉一つ発さず、勢いよく自ら押し開けた。
中では、そんなルシアの行動に誰一人動じることなく、動作を止めもしない。
それは中央に座っていた王子も同じで、視線を下に落としたまま、ルシアたちの入室を促した。
「はい、これ。」
「ああ。」
ルシアは手にしていた目を通し終えた紙束を王子に渡す。
元よりその為にエドゥアルドに持ってきてもらったものだ。
「......これは、早急に片を付ける他ないな。」
「ええ、これから刻一刻と事態は悪化し続けるでしょう。」
ルシアと同じ結論に至った王子の言葉にエドゥアルドも頷く。
既に事は緊急性を求められていると思う。
「......今、言うことでもありませんが、本当にお二人は良いのですか?」
こちらとしては助かりますが、と続けたエドゥアルドにルシアは顔を上げて彼を見る。
良い、とは。
こうして協力していることか、それとも巻き込まれたことか、休暇が潰れたことか。
それら全て合わせて、今ここに居ること?
ルシアはふい、と王子に視線を向けた。
時を同じくして王子もルシアに視線を向けた。
かち合うのはお互いに同じことを考えている意志の強い双眸。
深い紺碧と青の炎を宿した瞳。
「何を今更。帰れと言われても帰らないわよ。」
ルシアは視線を戻して、エドゥアルドに断言する。
エドゥアルドは全く同じと錯覚するような二対の双眸にやれやれ、と息を吐く。
「では、存分に有効活用させてもらいます。」
エドゥアルドの言葉にルシアは不敵に笑みを浮かべて、対策議論を押し進めたのだった。
ルシアと王子が本当に避暑休暇に入って半月後。
アクィラは戦禍に見舞われた。
突如として上げられたヘアンの宣戦布告。
その裏での動きが確認されている『戦争屋』。
既にアクィラの国外へと繋がる道という道は内陸側のシーカーへの一本を残して、全てを襲撃され、通行は困難。
ヘアンに最も近い港は戦場になる寸前だった。
予想通りだった。
そして、食い止めるはずの予想だった。
しかし、事は起こった。
まるで最初から決まっていたことのように。
斯くして、ルシアと王子は休暇を返上し、帰国を勧めるエドゥアルドを説得し、此度の戦禍に───アクィラ戦争に、その身を投じたのである。
はい、前回との温度差よ。
そんな温度差、作者も風邪引くよ...?
ということで、またルシアたちはシリアスな現状に身を置くことになりそうです。
今回も拝読いただき、ありがとうございます。
皆様、引き続きお楽しみに!




