209.小さなアドバイス
結局、ベアトリーチェの制止が功を奏することはなく散々、語り尽くされた後に、火照り切ったベアトリーチェの顔を落ち着かせる為にルシアはベアトリーチェと一緒に庭を歩いていた。
男二人は東屋に残して来ている。
とは言え、この屋敷の庭は背の高い植物は植えられておらず、どちらかと言えば開けた草原に近いので、東屋はここから視認出来た。
向こうからもこちらが見えているはずである。
「リーチェはこの離宮に来るのは?」
「あ、ええ、初めてなの。」
縁にある花々の植えられた花壇を縫って歩きながら、ルシアは一歩遅れてついてくるベアトリーチェに問い掛けた。
「そう。なら、わたくしの方がよく知っているわね。リーチェ、こっちへ行きましょう。」
「え、ええ。...けれど、何処へ?」
ルシアはベアトリーチェの答えを聞いて、案内するように彼女の手を引いて先導する。
ベアトリーチェは大人しくルシアについて行きながら、行き先を尋ねる。
「こっちから海が見えるの。まあ、貴女には見慣れたものかもしれないけれど、気を落ち着かせるのには丁度良いでしょう?」
ルシアは庭の端にある崖上に設けられたテラスを指し示した。
背景の青の中で目立つ安全の為の白い柵がここからでも見えている。
そこなら、ベンチがあるから座って話が出来るというのが、ルシアの提案である。
「そう、ね。」
「心配しなくとも東屋から見えなくなるほど離れないから、エディ様たちに声をかける必要はないわよ。」
頷いたベアトリーチェがそれでもちらちらと後ろを気にしていた様子に、ルシアは先に気にする必要がないとベアトリーチェに言った。
聞くより前に言われてしまったことにベアトリーチェは目を丸くする。
いやだって、分かりやすいんだよ。
「彼処なら、姿は見えても話は聞こえないから、エディ様のことを気にしないで良いわよ。」
「!?」
ルシアは続けて、さぁ、何でも言って良いのよ、と言った。
ベアトリーチェが驚きに肩を跳ねさせた。
そもそも、テラスをルシアが提案した理由のもう一つがそれだ。
まぁ、護衛も居るので完全に聞かれないことは無理だろうが、雰囲気は大事だ。
それに本人を目の前にしては話しづらいことだってあるし。
「良いのかしら...。」
「ふふ、あちらもこちらに聞かれたくない話をするのでしょうからお互い様よ。」
逡巡するベアトリーチェにルシアはずばっと言って退けた。
あっちはあっちで政治や仕事だけじゃない男の話もするだろう。
だから、こっちはこっちで女子会しても文句はあるまい。
...いや、エドゥアルドにベアトリーチェを独り占めするのはずるいと言われるだろうか?
「さぁ、お座りくださいなお姫様。」
「え!?い、いや、私よりルシアの方がお姫様でしょう?」
「あら、わたくしの生家は伯爵家でしてよ。」
辿り着いたテラスにて、わざと仰々しくベンチを勧めたルシアにベアトリーチェがあわあわと反応する。
その様子にルシアは笑み溢しながら、ベアトリーチェを座らせ、自分も隣へと座った。
そうだよ、私の生家は伯爵家だし、ベアトリーチェは侯爵令嬢だし。
確かに今の私は王族に籍を置いているけれど、元々は違う上に後々除籍予定である。
これから王族に籍を置くことになるベアトリーチェの方がずっとお姫様だ。
「大体、わたくしはお姫様という柄ではないわ。」
ルシアは自国の正真正銘のお姫様を思い出してお姫様っていうのも碌なもんじゃないけどな、と思いながら、本音を口にした。
「で、でも、ルシアはとっても堂々としていて、とっても王族らしい、と思うわ。」
「あら、褒め言葉として受け取っておくわ。」
いつもより強めに言うベアトリーチェにルシアは微笑んで礼を言う。
いやぁ、全ては硬すぎる表情筋のお陰ですよ。
普段はとっても苦労させてくれるけども。
「けれど、こんなものは慣れよ。貴女だって、出来るようになるわ。」
「え!?わ、私には無理です...。」
後は慣れだよね。
何事だって日常になるのだ。
ルシアは軽くそう言ったが、ベアトリーチェが無理だと首を横に勢いよく振った。
彼女の言葉尻りが萎んでいく。
「いいえ、出来るわ。貴女なら。」
ルシアはベアトリーチェの前髪を弄ぶようにして彼女の頭を撫でた。
ベアトリーチェは驚きとどう反応して良いか分からないといった表情ながら、それを受け止める。
おずおずとルシアを伏し目がちに見たベアトリーチェは少し擽ったかったのか、僅かに首を竦めた。
この時、ルシアは実はベアトリーチェの方が二つも年上だということを忘れていた。
「だって、貴女は敵陣に乗り込めるほど勇気ある人でしょう?」
「そ、それは...!」
あの場の雰囲気に呑まれたのだ、という言葉はベアトリーチェの喉の奥へ吸い込まれていく。
それはルシアが何を言っても前言撤回をしそうにない表情をしていたからか。
「それに、今日だって。」
「え?」
ベアトリーチェはルシアの言葉の意味が分からず、首を傾げた。
「エディ様と二人きりで話せるようになったようでわたくしは嬉しいわ。」
「!?」
半分くらいは肉食エドゥアルドのせいかもしれないけど、ベアトリーチェはエドゥアルドと一緒に馬車に乗ってきたのだ。
「ほら、慣れというのはそういうことよ。だから、大丈夫よベアトリーチェ。」
ルシアがふわり、と笑う。
遮蔽物のないテラスに潮の香りを乗せた風が吹き、二人の少女の髪を揺らす。
その間もベアトリーチェはルシアの顔を呆然と見ていた。
「ねぇ、リーチェ。わたくしが最初に言ったことを覚えている?」
ルシアはまだ固まるベアトリーチェに問い掛けた。
ベアトリーチェは突然の話に首をまた傾げる。
「貴女をエディ様と逃げずに話が出来るようにしてあげる、だから最初はわたくしとたくさん話しましょう。」
「!」
初対面の日、ルシアがベアトリーチェにどうしたいのかと問うて、逃げずに話せるようになりたいのだと言ったベアトリーチェに言った言葉だ。
「あの日々でわたくしは貴女にエディ様のことを聞かせたわ。」
「え、ええ。」
ルシアの言葉に何を言いたいのだろう、と思いながらもベアトリーチェは頷く。
「あれはね、人を知るには会話が一番だと思うからだったの。だから、わたくしは貴女に会話が出来るようにと、毎日お茶をすることにしたのよ。」
「そ、そうだったの...。」
内容だけが、全てではなかったとルシアは言った。
知らなかった、という言葉がベアトリーチェの表情から読み取れる。
先程から分かりやすいベアトリーチェの反応にルシアもつられて笑った。
「だから、あの日々で貴女が理解出来たのはわたくしのことであってエディ様ではない。」
「え?」
まさかの内容は全否定にベアトリーチェは戸惑う。
「人づてに何を聞こうと、知れるのは誰かから見たその人であって、その人の一面を知ることは出来ても、貴女から見たその人を知ることは、本当に理解することは出来ないわ。」
「!」
やっとルシアの伝えたいことが分かったベアトリーチェは目を瞬かせる。
対してルシアは終始、唇を弧に描いていた。
「だから、今やっと貴女はエディ様について知ることが出来ているのよ。」
ルシアはもう一度、ベアトリーチェの頭に手を乗せた。
そのまま、緩やかに撫でる。
「これはエディ様だけでなく、誰に対しても言えること。...それが出来るのなら、貴女は大丈夫よ。」
そう締め括って笑ったルシアの笑みは本当にそうなのだと思えるほどに美しかった。
また一時で申し訳ありません。
いつもギリギリ間に合うか間に合わないかの戦いをしております作者です。
今日で丁度、この作品を書き始めて半年になります。
早いものです。
その間に多くのブックマークや評価、コメントいただき、本当にありがとうございます。
感謝でいっぱいです。
ルシアたちの物語は半分手前といったところでしょうか...この分ではいつ終わることやら分かりませんが、最後までお付き合いいただけますと幸いです。
欲を言えば、もっと気軽にコメントいただければ嬉しいなぁ、なんて(笑)
皆様が楽しんでくださっているのを知れるのはとても嬉しいんです。
それと、ついに緊急事態宣言が出てしまったコロナウイルス、世界各国で猛威を振るっているご時世です。
皆様、本当にお気をつけください。
外へ出て罹患するのも人に拡散してしまうのも大変です。
けれど、自宅待機や制限下での生活はストレスになりますよね。
出来るだけ早期解決して、皆様が元の生活に戻れるのを願っています。
それでは、作者の話はこの辺にしまして。
引き続きこの作品の応援をよろしくお願いいたします。
次回をお楽しみに!




