208.お茶と惚気と慣れって怖い
「...カリスト、貴方にこんな特技があるとは思いませんでしたよ。」
東屋にて、王子が淹れたお茶を傾けたエドゥアルドが今までにない真顔でそう言ったのを見て、ルシアは苦笑した。
「ふふ、元々はわたくしが淹れていたのを、交代で淹れるようになったのが始まりですの。」
ルシアはイストリアの二人の私室に夜遅く人を呼び寄せなくても良いように、簡易的なキッチンがあるのを交えて、エドゥアルドたちに説明をした。
それはルシアが設置したのではなく、元から王子によって備え付けられていたことも。
「...カリスト、仕事を持ち帰っていたでしょう。」
「......。」
何故、私室にそんなものがあるか、その理由に一発で思い至ったエドゥアルドがかなりの確信を持った顔で王子を見る。
案の定、ルシアが思うに理由の一端どころか、主な理由だろうと思われるその図星に違いない言葉に王子はそっと目を逸らし、お茶を呷った。
...図星だろうけど、それにすぐ思い至ったエドゥアルドも似たようなことを考えたことがあったり?
夜遅くに頻繁にお茶を飲みたい、それが発端だからねこの話。
それも喉が渇いた用に用意されている水差しとは別に、ということである。
何だか、何処の国の役職が王子の人間は中々にハードライフを送っているらしい。
「まあ、あまりに深夜まで仕事をされますと、わたくしの睡眠にも迷惑ですので、ギリギリの許容範囲を越える前には寝室に戻ってもらうのですけれど。」
「...そういう君が遅くまで起きていることもあるだろう。」
「あら、その時はいつも貴方も起きているでしょう。」
辛うじて反論を試みた王子の声にルシアは間髪入れず言い返す。
「...この離宮に移動してきたその晩、寝た振りして君が暫く起きていたのを知っているからな。」
「あら?」
今度は王子の発した言葉にルシアは惚けたようにわざとらしく首を傾げてみせる。
...ウーン、ソンナコトナイヨ。
「その前は...。」
「カリスト、貴方がそれを知っているのなら、貴方も寝た振りしてたのでしょう。」
まだ過去を漁り、暴露しようとした王子にルシアはムッとして黙らせにかかる。
急に始まった二人のぽんぽんと弾むような会話に最初、目を見張っていたエドゥアルドが可笑しそうに笑うのをルシアは視界に捉えて、途中で口を閉じた。
「...エディ様。」
「ああ、申し訳ありません。やはり、貴女方はとても仲がよろしいようで羨ましい限りですよ。」
ついに声を立てて笑ったエドゥアルドにルシアは咎めるように名前を呼ぶ。
しかし、返されたのは笑みと共に一つも心の篭っていない形だけの謝罪と、いつしか彼から聞いたことのある言葉だった。
「ほら、今も。」
「え、今......?」
エドゥアルドの指摘にルシアは素で首を傾げた。
今は普通にお茶してるだけだが?
何か、可笑しいところある?
「さっきからルシア嬢の分をカリストが取り分けているでしょう。それと先程から数回、ごく自然にカリストがルシア嬢の口元へ菓子類を運んでいましたが。」
「!!」
ルシアは盛大に目を見開いた。
そして、ばっと隣に座る王子を見上げる。
見上げれば若干、何が可笑しいのか分かってなさそうな王子と目がかち合った。
この数年、然も当然のように繰り返され、いつしか全く気にしなくなったそれを他人に指摘されて、ルシアはそれこそ初めの頃はいやいや可笑しいだろ、と思っていたことを思い出した。
一体、いつからこんな給餌紛いの行為が当たり前に...あれ、もしかしなくても最初にやったの私では?
ルシアは作ったスイーツを王子に差し入れた時に食べてもらおうとしたのが発端ではなかったかと俄かに思い出した。
ルシアは引き攣りそうになった口元を微笑みの形に無理やり変える。
「...取り分けるのは毒への対策もある。俺の側近たちやルシアの護衛たちも優秀だが、何があっても可笑しくないからな。」
「ああ、そうですね...。」
ああ、そういえばそれもありました。
王妃がね、仕掛けてくることもあるからね。
王子の言葉に少々はイストリアの王宮事情も把握しているエドゥアルドが難しい表情で納得したように頷いた。
「...元はそうでしたけれど、最近では貴方が楽しんでいるのをわたくしは知っていますのよ。」
「それについての文句は受け付けないと言った。」
僅かに重々しくなった空気にルシアはここ数日の過剰な世話焼きに対しての文句まで含めて、王子に言葉を紡いだ。
王子はしっかりと含められたものを読み取って言い返す。
すぐさま先程の調子で言い合いを始めた二人にエドゥアルドも表情を解す。
「...もう!わたくしたちのことなど聞いたところで何も面白くありませんわよ。それよりエディ様、この数日はリーチェと過ごしたのでは?お聞かせいただけます?」
「おや、聞いているだけでもとても面白く参考としても大変聞きがいのある話でしたが...良いでしょう、貴女の話題転換に乗りますよ。まずはそうですね、最初は貴女方を見送った後で...。」
「ルシア!?エディ様!?」
「......。」
ルシアが話題を切り替える為に仕向けた言葉に今まで黙って苦笑交じりに会話を眺めていたベアトリーチェが目を丸くした。
そして、彼女が何かを言う前にエドゥアルドが了承して語り始める。
延々と語り続けそうなほどつらつらと言葉を紡ぐエドゥアルドと、促し完全に聞く態勢のルシア、二人が止めても止まらないことをよく知っており、飛び火しかねないので静観するに限るとお茶を注ぎ始めた王子。
誰一人、止めてくれない現状にあわあわと、それでもどうにかして止めなければ、と顔を真っ赤にしたベアトリーチェの悲鳴のような声が庭中に響いたのだった。
すみません、お酒を呷って爆睡しました(土下座)
だって、最近飲んでなかったもの!
今日は一日頑張ったもの!
という作者の勝手な都合によりことで一時投稿です。
今か今かと心待ちにしてくださっている大変有難い皆様にはほんとに申し訳ありません...(汗)
さてさて、ルシアたち四人、穏やかな会話回。
もう少しだけ続く予定ですよ。
それでは皆様、次の投稿をお楽しみに!




