20.身代わり、そして拉致のその先(後編)
そして、冒頭に戻る。
どうやら王子はちゃんと逃げ切ることが出来たらしい。
拉致犯たちはただ貴族の子息の拉致としてだけ依頼されたようで、王子は逃してしまったがルシアで代用しようとしている様子であった。
依頼主は平民なんかに計画を知らせて、それが漏洩されるのを嫌がったのだろうが功を奏した。
さて、どうするか。
あの場所にはイオンを置いてきた。
王子に付いて他のメンツも居たはずだ。
密偵が二人+αのイオン、と三人も居ればすぐに迎えに来るだろう。
「...時間稼ぎが必要かな」
幼い少女がまさか中身がいい歳した大人だとは思うまい。
隙が絶対ある。
ーーーーー
あれから停まった荷馬車から降ろされ、親玉に差し出されることもなく、放棄されたかのような屋敷の一室に放り込まれた。
さてさて、作中でもこれがあったと仮定するなら大事になる前に救出隊が辿り着くはずだ。
大事なら書かれていないはずがないのだから。
まぁ、作中に明記がない以上、そもそもこの事件自体が起きなかった可能性も無きにしも非ずだけども。
その上、拉致されたのはルシアというイレギュラーもイレギュラーな状況。
果たして、この場合も救助は有効か。
そんな思考を巡らせていると足音がする。
いかん、気弱で無垢な女の子をインストールせねば。
今世、貴族令嬢として過ごしてきたことで女優になれるくらいには演技力が付くこととなったのだ。
イオンにだって負けない!!
って、良いのかそれで。
という、ルシアの葛藤は次の瞬間に演技と共に吹き飛ぶこととなる。
カチャカチャと鍵を開ける音がした後に入って来たのは、なんとルシアの知っている顔だったのだ。
「...何故、ここに居るの。オズバルド・クロロス・エンシナル」
そう、現れたのはノーチェが敵だと称した王子の騎士であるはずの少年だった。
あー、イオンに一応調べておいてと頼んで結果待ちだった。
本件に関わってくると思わなくて後回しにしていた奴だ。
「!何故、お前は俺を知っている」
「あら、気になるの?」
オズバルドはルシアの言葉に目を見開いて、その後、怯えるでもなくベッドに腰掛けるルシアに警戒を強くする。
「もう一度問うわ。オズバルド、何故ここに居るの。貴方はそちら側ではないはずよ」
オズバルドは苦く顔を歪めている。
その動揺は彼が救出隊でも潜入捜査でもないと告げていた。
何故だ、作中では一番不正を嫌う高潔な騎士だったはずだ。
「俺は...」
ルシアの鋭い視線にオズバルドは何かを言いかけたがその瞬間、外で怒号が上がった。
その音にハッとしたように彼は顔を上げて、ルシアから逃げるように部屋を出ていってしまった。
あぁあ、タイミングよ!!
もう少しで理由にあたる何かを聞けたかもしれないのに。
外の騒ぎは多分、救出隊だ。
王子たちがやって来た。
このままではそうしないうちに拉致犯たちは一網打尽になる。
そしたら、オズバルドも敵の一味として捕まることだろう。
...良いのか私、彼が作中と大きく違わないなら何かがあるはずだ。
思い出せ、作中のあの騎士ならば、高潔と詠われたオズバルドならば、牙を剥くことがあるとしたらどういう理由!?
「...あ」
『俺は殿下に救われたあの日から、どんな不正でも見逃さないと決めたのです。たとえ、それが家族の命の危機が天秤にかかっているような状況だったとしても』
作中のオズバルドの言葉だ。
高潔な彼に相応しい、そんな言葉だった。
...もしや、これがあの日!?
え、待ってこれ、王子とオズバルドの忠誠イベント的なものか!?
「...もしかしなくとも、作中では王子がオズバルドを寝返らせて脱出したとか?え、まさか要らんフラグ折った!?」
えぇえ、駄目じゃん。
私がここに居たらイベント発生しないじゃん!!
どうする?オズバルドを捕まえに行くか?
よし、この扉蹴破れるかな、とルシアがベッドから立ち上がったのと同時に、勢い良く背後の窓がけたたましい音と共に破片を散らした。
「よぉっと。お嬢、今回ばかりは心臓止まるかと思いましたよ、このじゃじゃ馬娘!!」
「それはこっちの台詞よ、脳筋従者!」
ああ、つい言い返してしまった。
それどころじゃないってのに!
でも、丁度良い。
イオンならスムーズにオズバルドを見つけてくれるはずだ。
「イオン!オズバルド・クロロス・エンシナルの元へ私を連れてって!」
「は!?人使い荒過ぎでしょ!」
そう言いながらもイオンはルシアを抱え上げ、窓から飛び降りたのだった。




