203.見えた終わりを目前に
この様子だと、今までのどの事件より眺めているだけで終わりそうだ。
ルシアは目を眇めて、そう内心で呟いた。
アナタラクシの猛攻により、大きく傾いた形勢に敵兵の幾人かが戦意を失って、逃げ出し始めた頃。
本格的に制圧出来る一歩手前である。
終わりも見えたルシアは王子に降ろしてもらい、自分の足で立って戦況を見守っていた。
「...外へ逃げ出した敵兵たちも、待ち構えているアクィラの騎士たちによって捕えられているでしょうから、油断は禁物だけれど何とか終わりそうね。」
「ああ。」
ああ、つくづくアドヴィスを逃がしたのは口惜しい。
あの男は分かっていた。
こちらが甚大な被害の可能性を前に要求を呑むしかないことを。
ああすれば、逃げ出せるって。
あの男の卑劣さを思えば、想像出来たはずなのに、とルシアは再燃した怒りの炎に顔を顰めた。
その余裕があるくらいにはもう残り少し。
「けれど、これは事後処理も大変じゃないかしら。」
「...そうですね、お二方とも休暇だというのに申し訳ないのですが、お手伝いいただけると幸いです。」
思うままにルシアがぼやけば、エドゥアルドが受け答えた。
その声色にややげんなりとした色を読み取ってルシアは苦笑う。
だよね、これは最初のヘアンの工作員を検挙したところから合わせて、報告書を組み立てる必要も出てきかねない。
そうなれば、仕事量は膨大である。
想像するだけでも現実逃避したくなる。
確実に数日は執務室を出られないだろう。
「ええ、機密に触れない範囲でしたら。」
「俺の仕事も手伝ってくれるのなら。」
ルシアが頷き、王子がそれは良いのか悪いのか分からない言い回しで了承に近い言葉を告げた。
...というか、王子の仕事って何?
私、聞いてないよ?
休暇を取って、アクィラへ行こうって、確かイストリアを出る前に言って、王子も頷いていたと思うんだけどなぁ。
「......。」
聞き捨てならない言葉を耳にした、とルシアは黙ったまま、隣の王子を見上げる。
ルシアが見上げたことに気付いた王子が見下ろし、視線がかち合う。
そのタイミングでルシアはにっこりと口を弧に描いてやった。
何も言わないが何よりもはっきりと告げるルシアに、王子は視線を逸らした。
ただ、ルシアの視線が横顔に突き刺さって、逸らし続けることを許さない。
王子は渋々、ルシアに向き直る。
「......どうしても後回しに出来ない仕事もあるでしょう。完全に仕事を忘れた休暇を過ごせる、なんて思っていないわ。」
「...ああ。」
「けれど、休暇、なのよ。」
分かってる?
ルシアの灰色の目は言っていた。
ルシアの目はあまり機能しない表情の中で唯一、とても多弁だ。
まぁね?
現状、休暇と口にしながら、こんな敵陣へ乗り込み、巻き込まれているというか、巻き込まれに行っている私が言うことじゃないかもしれないけども。
そもそも、休暇目的じゃなくて、戦争を阻止しに来たんだけども。
それでもルシアは自分自身のことを棚に上げて、王子に微笑みかけた。
「私、仕事を、持ってきて良いなんて、一言も言っていないわ。」
気不味げに王子の唇が引き結ばれる。
「貴方のことだからどうしても、以上の量を持ってきているでしょう?」
ついに王子は一度合わせ直した視線を逸らした。
つまり、ルシアは図星を突いたのだ。
だろうと思ってたんだよねぇ。
しかし、王子の逸らした視線の先で、エドゥアルドとベアトリーチェが全く同じ顔で意外そうに、突然始まったこちらのやり取りを見ていたらしく、王子はより気不味げに身体ごと向きを変えたのだった。
多分、10年近くの友人に見られたのが、相当気不味かったようだ。
それを見て、ルシアはため息を吐いた。
この話は後にしよう。
後でフォティア辺りに声をかけて、どうしても置いておけない物以外はぎりぎりの範囲まで取り上げてやる。
ルシアはそう決め、切り替えて笑みを引っ込めたのだった。
「ごめんなさい、今する話じゃなかったわね。カリスト、この話はまた後で...。」
殲滅寸前とはいえ、気を抜き過ぎた、とルシアはエドゥアルドとベアトリーチェにも謝罪の意味を込めて、視線を送り、最後に王子に後日に場を設けよう、と言おうとした。
「っ!」
「ルシア!!」
言葉を切ったルシアに、王子が訝しげに見下ろそうとする前に、ルシアは王子の横をすり抜けた。
横切る空気に王子は顔を強張らせて振り返ろうとする。
その間にも何かが横切った。
ルシアが向かったのはエドゥアルドの正面の位置。
ルシアの元居た位置から王子を挟んでほんの数歩をルシアは目指した。
騎士たちの僅かな隙間を塞ぐように立ちはだかった。
ルシアの行動に騎士が、エドゥアルドが、ベアトリーチェが、焦った戸惑いを見せる。
誰もがルシアの行動を理解出来ずに初速が遅れる中、ルシアが睨む先にきらり、と光り、こちらへと一線を描くものが。
王子がルシアに手を伸ばしかけ、エドゥアルドがベアトリーチェを庇うように身を捩りかけた、その時。
キィーン
甲高い音が響いたのだった。
うーん、ルシアはあれですかね。
動体視力が良いのか、勘が鋭いのか、運が良いのか...。
身体能力は現在でもそう高くはないと思うのでそのどれかなんでしょう、もしかしたらその全てかも。
そして、繰り広げられるルシアとカリストのやり取り。
怒り怒られはお互いをよく知っているからでしょう。
それを同じ顔で見ていたアクィラの王太子カップルも案外、気が合うのかも?
さて、明日くらいで決着がつきそうだと思いたい作者でございます。
それでは、また次回をお楽しみに!




