199.広間へ突入する前に
敵の居なくなった廊下は緊張した空気が霧散して、誰もが肩の力を抜いていた。
「ルシア。」
「...ありがとう。」
視界外から呼ばれ、振り向くと真横まで歩いてきた王子に手を伸ばされ、ルシアは王子に抱えられるようにして、床に足を着いた。
ルシアは降ろしてもらったことと助けに入ってくれたこと、二つの意味を込めて礼を言う。
「ああ。大丈夫だったか?」
「ええ...ほんとよ?」
暗い中で怪我や顔色を確認するように王子が顔を近付ける。
ルシアは王子に為されるがままに触れさせながら、受け答えた。
途中、疑うような空気を感じ取って、念押しをする。
うん、今回は珍しく怪我一つないよ。
まぁ、運ばれ続けて疲労はそこはかとなくあるけれど。
しかし、王子は仕方なし、といった表情でため息を吐いた。
「...まぁ、明日以降、充分に時間があるからな。」
「え゛。」
「どのみち、報告は事細かに聞くことになるんだ、変わらないだろう。」
そうだけど!
それ、一歩間違えば、そのまま説教コースでは?
隠さず嫌な顔をするルシアに、王子はこれは色々ありそうだ、と確信を強めたのだが、当の本人は気付いていない。
「取り敢えず、簡潔に現状把握出来る内容を教えてくれ。」
「分かったわ。」
後のことは後で考えよう。
まだ全部は終わっていない。
ルシアは気を取り直して、手短に王子へ説明をし始めたのだった。
ーーーーー
「──分かった。後は広間か。」
「ええ、そこにエディ様が居るわ。」
確認するように言った王子にルシアはすぐ傍の扉を見て頷いた。
幸い、敵兵が廊下に出てくることはなく、済し崩しに戦闘となることは今のところ避けられている。
扉の向こうから剣撃の音がする。
まだ、決着は付いていないことはルシアたちを安堵させた。
「それで...そちらが攫われていたエディの婚約者だな?」
王子の視線が一時イオンに降ろしてもらったベアトリーチェに向く。
視線を受けたベアトリーチェはエドゥアルドと視線が合った時と変わらぬ勢いで肩を跳ねさせた。
あまりに勢いよく跳ねたので、身体ごと跳ねたようにも見えた。
まるで大型の天敵にでも目をつけられた小動物。
あー、とルシアは眉尻を下げた。
王子は真顔で迫力があるから、ベアトリーチェのように臆病でない普通の人でも初対面で無反応なのはまず居ない。
「リーチェ、怖がらなくても大丈夫よ。」
「い、いえ、怖い訳では...!」
「......。」
ふるふると首を横に振る仕草が必死さを増している。
うん、これは何言ってもどうにもならないやつだ。
「ちょっと、カリスト。もう少し下がって。」
「はあ、...分かった。」
取り敢えず、距離だけでも空けようとルシアは王子の背を押してベアトリーチェから離れさせる。
押されながら王子は多少不服そうな声音ながらも従った。
どうやら、王子でも平常時でここまでビクつかれるとは思わなかったようだ。
「...それで、彼女の傍には誰を残す?正面から来ているフォティアたちもそろそろ広間に突入するだろうから誰が残っても大丈夫だろうが、最奥に行く人員を思えば、そう多くは割けない。」
離れたところで王子が本題を切り出す。
確かに、突入組と最奥の部屋にアドヴィスが残したという情報を捜索する組と別ける必要があるだろう。
...最奥の部屋なら、ベアトリーチェが囚われていた部屋だ。
屋敷内の罠も気にしないで向かうことが出来る。
そうとなれば、そちらへベアトリーチェを組み込めば、効率としては良いだろう。
しかし。
ルシアはベアトリーチェに目を向けた。
視線が合ったベアトリーチェが何かを言いたげに、けれど何も放たれることなく、その口は中途半端に開かれたままになった。
「リーチェ、どうしたい?」
「!」
ルシアの問いかけにベアトリーチェが目を丸くした。
まさか、意見を求められるとは思っていなかったように。
「...わ、私は。」
残っても足手纏いにはならない。
それに気付いたベアトリーチェはもう、わざわざ危険に身を晒す必要はないのだと分かっていた。
それによって、先程まで選んでいた選択肢がずっと迷惑をかけることになるものい変化したということも。
ベアトリーチェの顔が徐々に下がっていく。
「リーチェ、私たちのことを考える必要はないのよ。貴女はどうしたい?」
ルシアは初対面の時と同じようにまた繰り返した。
ベアトリーチェは俯きかけた顔を真っ直ぐ上げた。
僅かに潤んだ瞳でルシアを見返す。
「行きます...!私も広間に...!」
「よし。カリスト、捜索に向かう者だけ選出してちょうだい。」
一生懸命、結構!
ルシアはベアトリーチェの答えに|破顔して、力強く頷き、王子へ提案は不要だと告げた。
「......ルシア。」
「なあに。もし、反論なら聞かないわ。大丈夫よ、カリスト。」
ルシアの言葉に答えず、王子はルシアの名前をただ呼ぶ。
けれど、それには非難の色が読み取れ、顔も僅かに不服そうである。
しかし、王子の非難も不服も跳ね退けて、ルシアは自信ありげに微笑みかけた。
「...戦力は充分過ぎるか。ノーチェ、捜索を頼んだ。」
「あー、まあ、それが妥当でしょうね。御意に我が主。嬢さんも気を付けろよ?そっちのお嬢さんよりよっぽど危険そうだから。」
「ちょっと、一言多いわよ。」
少しの間、脳内でシミュレートしていたのか、黙っていた王子が一言呟いて、控えていた一人、ノーチェに声をかけた。
ノーチェは肩を竦めながら、任務を拝命する。
その後、からかうようにルシアへ注意する。
それにルシアはムッとして言い返した。
けれど、ノーチェだけに指示を出したということは許可が下りたということだ。
ルシアはすぐに平常に表情を戻したのだった。
さて、どう突入するか。
ルシアはここに居る面々を見渡し、もう一度扉を見て、思考を巡らせたのだった。
いつも拝読いただきありがとうございます!
本日は鬼周回とガチャ低確率で有名な某ゲームに集中し過ぎて危うく、また一時投稿になりかけた作者で(汗)
他にも幾つか周回ゲーを抱えている作者、イベントが被った際には目も当てられねーよ、ほんとに。
と、作者の近況?はこの辺にしておきまして、コロナの猛威はまだまだ終息するところを知らず、皆様、本当にお気を付けくださいね。
それでは、次の投稿にて!




