19.身代わり、そして拉致のその先(前編)
冬も始まり、日の暮れが早くなってきた夜に、ルシアは一人で荷馬車に乗せられていた。
手首を後ろで縛られており、動けない。
イオンも王子も味方と言える人は一人もここには居ない。
荷馬車の御者台に拉致犯たちが居るのみである。
今回の件は王子の暗殺の為の拉致事件だった。
どうして王子ではなく、ルシアが拉致されているのか、それは半刻前に遡る。
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一頭の馬が乗せている人間を慮らない速度で颯爽と夜の街並みを駆け抜ける。
「お嬢、ほんとに行くんですか!?」
「今更、行かないなんて言うと思って?」
「ですよね!!」
日が落ちて周りが暗い中、ルシアという荷物を振り落とさないようにしながらも、最高速度を保って馬で駆けるのをやって退けるイオンと共にルシアは教会へ向かっていた。
今まで敵の情報を集めてきて、相手がまず拉致を企んでいるのは分かったのだが、場所と決行日だけが分からなかった。
それが今日、公務で王子が教会へ一泊するタイミングを狙ってくるのが分かったのだ。
深夜に教会へ忍び込むと。
いや、当日じゃん!!遅いよ!
深夜に決行とはいえ間に合うか!?
そうして、辿り着いたその場の光景を見てルシアは堪らず駆け出した。
後ろでお嬢!?とイオンが叫んだのが聞こえたが止まらない。
「殿下!!」
「なっ!?何故、ここに居るっ」
今にも斬られそうだった王子を強引に引き寄せ走った。
この際、不敬罪なんて忘れた。
良かった、動きやすい靴で。
今日はレジェス王子と少し庭に出て遊ぶ約束をしていたので動きやすい靴を選んでいた。
その選択が功を奏したようだが。
でも、こんな鬼気迫る展開は想定外だけどね!
月明かりだけの中、教会の横に広がる茂みに飛び込んだので身長の低い私たちは追いつかれていない。
とはいえ、コンパスの差は比べるまでもなく相手が圧倒的に有利。
「!ルシア!!」
「!?」
今度は私が王子によって後ろへ引っ張られる。
その勢いに声を上げかけたが前に人影を見て咄嗟に抑える。
危なっ、ナイス王子!!
「...ありがとうございます」
慎重にやり過ごしてから再び走り出す。
「殿下、大丈夫ですか」
「それは俺の台詞だ...!」
嚙み付かんばかりに吠える王子に静かに、と指を立てながら、隠れられる場所を探す。
近くにあった木の虚に飛び込んで王子に向き直った。
こんな場所では多少の時間稼ぎにしかならない。
見つかれば一発ゲームオーバー、残機は0だ。
「殿下、乗馬はお出来になりますね?ここから南に行けば我が家の馬が繋がれているはずですから逃げてください。わたくしは北に逃げますから」
「そんなの、許すわけ...!!」
怒鳴りかける王子の口を容赦なく手で塞ぐ。
ついでに着ていた外套を王子に押し付けて、代わりに王子の外套を奪う。
「今回の事件の目的は殿下です。それが分かっているからここに居るのでは?」
「......」
ほら、見なさい。
分かってた、彼の考えを読むなんてこの数カ月で朝飯前になっていた。
良くも悪くも主人公気質でまだまだガキだから。
ノーチェが動いていたなら彼に報告が上がっていない訳がない。
なのに彼は予定を変えずにここへ来た。
分かっていて囮にした、自分自身を。
「わたくしに逃げて欲しいのなら、まずは貴方が逃げ切ることです。さぁ、走って!!」
勢いに任せて彼の背中を押し出した。
こんな状況な分、冷静さが欠けてしまう。
自分でも稚拙過ぎると思うが今押し切られてくれたら良い。
そして同じく、今まさに囮をしようとする私に気付かないでくれたら良い。
大丈夫、私は王妃の手駒。
殺されないように交渉くらいしてやるよ。
どのみち私は勝手に一蓮托生だと思っているよ、主人公!
よし、走ってくれた。
ルシアは王子の背中を見送って反対側へ飛び出した。
それから後、少し北へ向かったところで追いつかれたルシアは敵の手に落ちたのだった。




