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196.混沌の瞳がこちらを向いた(後編)


「......わたくしは騎士ではなくてよ。」


(はな)からルシアに焦点を当てているアドヴィスにルシアは否応なしに受け答えることになった。

まぁ、状況からしてもルシアは異質なのだ。

正直、目を付けられたのは必然だったと言えよう。

そう判断したルシアは自らアドヴィスに対峙することを選んだのだった。


「ええ、ですから騎士然としたお姫様と。けれど、貴女は騎士と言っても過言ではないほどには勇敢な姫君だ。」


ルシアの硬い言葉にも気に掛けた様子一つなく、アドヴィスはお道化たような態度でルシアに返答する。


「...わたくし、姫君だなんて大層なものではないわ。そもそも、勇敢さとお姫様という人種は対極にあるのではなくて?」


「ははは、確かに通常であれば、そうでしょう。けれど、貴女が存在していることこそがその二つが共存出来るという何よりの証明では?」


「......。」


ベアトリーチェが呆気に取られる隙もないほど、堂々とまるで本当にそうだと思わせるほどはっきりとルシアは正解を否定する。

しかし、返ってきたのはルシアの言葉を完全に無視した上での言葉だった。

あまりにも会話が通じなさそうに思えて、元より彼との会話という状況に難色を示していたルシアは渋面を浮かべて、押し黙る。


「広間でも、そして現在も貴女は彼らに背負わられて移動なさっていますから、女性騎士ではないのでしょう。何より、王太子殿下の騎士ないし今件に関われるほどのアクィラの熟練兵士の中に女性は居りません。となれば、貴女はそちらのお姫様を自ら助けたいと志願した勇敢なご令嬢ということです。」


「...よく見ていらっしゃるのね。」


「それが私の取り柄として様々な場面で役立ってくれているのですよ。」


にこりとも笑わないルシアに、口元を弧に描くアドヴィス。

全てを呑み込みかねない黒と色素が薄く、明度の高い灰色の瞳が交わる。

対照的のは明白だった。


「とはいえ、私が知る範囲でそちらのお姫様や王太子殿下の近親者に貴女のように見事な銀髪の女性は居りません。はて、では一体、貴女は何処の誰なのか。」


分かりやすいほどに大袈裟にアドヴィスは首を(かし)げてみせる。


「しかし、高貴な血筋の方なのはこの私から見ても明白だ。失礼ながら、お名前をお聞かせいただいても...?」


「...何処の誰が敵に乞われて自身の名前を教えるというのでしょう。お断り致しますわ。」


この期に及んで、然も当たり前のように名前を尋ねるアドヴィスにルシアは毅然(きぜん)として跳ね退()ける。

どうやら、私が何処の誰かまでは知らないようだった。


まあ、そもそもイレギュラーな訪問、滞在に加え、成人からそう経っておらず、顔見せとなり得る結婚式も数年前、そして、自国の行事にも滅多に出てこないとなれば、王侯貴族とイストリアの王宮で働く者以外にイストリアの第一王子妃の詳細を知る者は0に等しいだろう。


それに人前では完璧な淑女(しゅくじょ)として飼い猫を呼び寄せるルシアである、まさか中身がこんなじゃじゃ馬とは誰も気付きようがない。

実際はお忍びを繰り返す為に平民ほど素に近いルシアを知っていたりするのだが、それは今関係ないので割愛する。


ともあれ結果として、イストリアの第一王子妃は大人しく、人前を苦手とする調べる価値もないただの令嬢と大半に思われている。

毎回、それを(うわさ)で聞く度に護衛たちが笑いを堪えるのも蛇足しよう。


「おや、それは困りました。私は貴女をどう呼べば、分からない。」


「わたくしには貴方と話すことなどないから困りはしないわ。」


取り付く島もないほどにルシアは突っぱねる。

けれど、やはりアドヴィスの態度に変化という変化はない。

そのことにルシアは無自覚に焦りを(つの)らせる。


「もう結構よ、御機嫌ようアドヴィス。」


ルシアはアドヴィスを捨て置き、ここを突破するとここに居る全ての人間に告げた。

本当は捕えたいが、それ以上にベアトリーチェに奴を近付けさせたくない。

例え、アドヴィス自身の戦闘能力が低くても、何らかの反撃、果ては捕えられた後に解放せざるおえない状況を作り出しているはずだ。

忌々しいが、こちらも準備万全でなければ、目前の男は完全に捕らえることが叶わない。

ルシアの意図を汲み取った護衛たちは十全な態勢の元、主の言葉通りに行動する為、初歩をつく。


「...ああ!イストリアの方ですか。」


「...!」


けれど、アドヴィスが上げた声にルシアは息を呑み、ベアトリーチェが目を丸くした。

それこそが肯定だと気付き、ルシアは舌打ちを打ちかける。

多分、如何(いか)にも疑問が解けてすっきりといった表情のアドヴィスは自分の発した言葉で、護衛たちがほんの一瞬動きを鈍らせたことも目ざとく気付いたに違いない。


「いやぁ、最後の一言が(わず)かにイストリアの(なま)りが出ていなければ、気付きませんでした。アクィラの言葉が、とても、お上手ですね?」


言われなければ、分からないほどの本当に些細な部分。

それで見破られたことに、今、自身が焦りを感じていたことに気付かされ、ルシアは顔を(つくろ)うこともなく、(しか)めた。

そんなルシアの表情とは対照的に対峙するアドヴィスは喜々とした笑みを浮かべていたのだった。


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