18.王子の密偵
レジェス王子の病気も完治して元の生活に戻ったルシアはある日、一人で図書館へと歩いているところでそれを見た。
「あら、あれは...」
視界の端に入ったのは幼いものの、あの焦げ茶色の髪と新芽のような黄緑の目は間違いない。
オズバルド・クロロス・エンシナル。
王子の仲間の一人として登場する騎士で、子爵家次男坊。
そういえば稽古で見かけないし、王子の話題にも出ない。
見かけないのはもう一人居るがそちらは立場上、姿を見せないのは頷けるが彼は?
どうしよう、声をかけようか。
一歩、ルシアが踏み出したところで何者かによって後ろへ強めの力で引かれ、オズバルドに声をかけることが敵わなかった。
ルシアは誰何する為に振り返り、そして目を丸くした。
未だルシアの肩を掴んでいるのはイオンと同じくらいか少し年下の青年だった。
ノーチェだ。
彼はノーチェ・アルバ。
黒髪に瞳孔が辛うじて分かる程度に濃い黒目をした今までで一番、日本人に近い色彩を持ったこの青年もまた、ピオたちと同じく王子の仲間でニキティウスの先輩にあたる密偵だ。
そして、残っていた最後の一人。
「これ以上の勝手は困る」
「勝手?あれはオズバルド・クロロス・エンシナルでしょう?彼に声をかけては何故いけないの」
味方なのに何故だ。
もしかして私が警戒されている?
そりゃあ、つい最近、勝手にレジェス王子の看病通いなんて突飛な行動を取ったけど。
「あんたは王妃からの推薦による婚約者だ。不審な動きを警戒して当然だろう。それにあれは敵だ。お前があちら側でないというのならば近付くな」
何処か苦いものを噛んだような表情でノーチェが言うのを聞いて、ルシアは目を瞬かせた。
オズバルドが敵?
それは王子からしての敵か?
何故だ、彼は王子の仲間のはずだ。
それに警戒して当然なんてわざわざ伝える意図は?
ルシアが王妃側ではないと思っている?
だが、それにしてはノーチェから見える感情の色は拒絶だ。
「...貴方はわたくしを敵だと思っているようだけれど。それなのに何故、忠告をするのかしら。貴方としては大切な宝を守る為に不安要素は全て一網打尽にしたいのではなくて?」
ルシアの切り返しにノーチェは更に苦い顔になる。
「今のところ、あんたから王妃に接触しに行ったことはない。むしろ、避けてさえいる。しかし、あの従者を使って何か動いている。あんたは見た目通りの無垢な幼児じゃない、そんな怪しい者を忠誠を捧げる主に近付けさせたい従者なんていないだろう。だが...」
こうして、言葉にされると確かに私って要警戒人物だ。
だからって動くことをやめる訳にもいかない。
王子は既に私の知り合いになってしまったのだから、放置なんて出来ないのだから。
口を引き結んだルシアにノーチェが続きを紡ぐ。
「あんたが消えても新しい王妃の手駒が送り込まれるだけ、それに殿下があんたを気に入っている」
だから危険に近付かず、何も知らないでいろと言うのか。
多分、彼も優しい人だ。
理屈を語るが目の前の幼い少女が危ない目に遭うのを心配している。
「そう言われても、わたくしも引き下がる訳にはいかないの。わたくしにとっても殿下は貴重な話が出来る人よ、王妃なんかに差し上げてなるものですか」
「!」
「味方、と思ってくださらなくて結構よ。わたくしはわたくしの為に動いているの。わたくしが知っていたのに見殺しにするなんて許せないだけなのよ」
私は真っ直ぐにその黒い瞳を見返す。
別に私は人助けの為に自己犠牲をする人間ではない。
もし王宮で人が死んでも私はいつも通りに過ごせるだろう。
けれど、知り合いが死んでしまうのには胸を痛めるくらいには普通の人だ。
まして、これから王子の暗殺が起こることを知ってしまった。
そんなの何も出来ないと放置して王子に何かあれば夢見が悪いなんてもんじゃない。
だから私はこの件から降りるつもりはないのである、自分の為にも。




