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187.王太子は怒りに瞳を爛々と輝かせる


銀鉤(ぎんこう)の下、ひっそりと建つ大きな建物群を前にルシアはここまで駆けてきた馬から降り立った。


「エディ様。」


「...はい、恐らくは一番奥の別荘かと。あの場所は脱走経路がこの別荘地の中でも取りやすい立地になっていますから。」


ルシアを乗せてきたイオンが馬から降りる音、後ろに続いていたノックスたちの到着の音と共にすぐ傍で降りた人の気配を感じたルシアはちらりとそちらを見て、その人物の名前を呼んだ。

呼ばれたエドゥアルドは心得たと言わんばかりに解説をしてくれた。


「...ああ、あの屋根の見えている一際大きな建物ですわね。」


「ええ。」


エドゥアルドが示した方向を見たルシアは青い屋根が屋根や壁の隙間から覗いているのに気付いた。

立地としても取り(のが)しやすい上に建物まで大きいのか。


大きな建物では敵を探す為に屋敷内を探索する必要があり、戦力分断や罠に()めやすいのだ。

これは先見隊を突入させても無作為に戦力を削られることにもなりかねなく、とっても手が出しにくい。

ほんとに頭切れる奴は嫌い、とルシアは苦々しげに口を引き結んだ。


「突入はどう致しますの?」


さて、相手が最奥で待ち構えているのか、それとも手紙のようにこちらを(あなど)って、玄関口で歓迎でもふざけたことをしてくれるのだろうか。

どちらにせよ、意表を抜かれれば命取りに違いない。

彼らのことだ、ふざけたようでもきっちりと対策をしているだろう。


「...前回はそう大きくない一軒家でしたね。」


「?...それはヘアンの工作員を捕らえた時の話でして?そうですわね。」


突然の思い出話にルシアは首を(かし)げながら首肯する。


「...今回は広い上に相手は万全の体勢でこちらを待ち構えているでしょう。」


「ええ、至るところに何かしら仕掛けられても可笑しくありませんわ。王都の店を焼き払ったのも仕掛けでありましたから。」


ルシアと同じく結論に至ったらしいエドゥアルドの言葉に再びルシアは(うなず)くが何故、今わざわざそれを確認するのかとルシアは疑問に思った。

それこそ、お互いが同じように最適解を瞬時に捉えるのは既に知っているのに。


そう感じたルシアは横に立っていたエドゥアルドの考えを読もうと見上げた。

しかし、視界に入ってきた彼の表情を見てルシアは固まった。


「...ということは、下手に探査させるよりも今ある戦力を出来うる限り削らせない方法が最善手でしょう。幸い、あの別荘は知人の持ち物でね。造りは承知しています。」


木々の隙間を急に勢いよく風が駆け抜けた。

風が揺らした葉が(わず)かな星の明かりを地面の上で踊らせる。


「......策を講じるものほど正攻法を(いと)います。ならば、僕は正面から正々堂々と戦いましょう。僕の婚約者を(かどわ)かしたんです。そんな愚者どもには鉄槌を与えねば。」


正々堂々、正面突破。

エドゥアルドの告げたのはシンプルな作戦とも言えない作戦だった。

ルシアはそれこそ前回に正規の隊として、正面から突入すべきと言いながら、裏からの突入を迷いなく選び取ったエドゥアルドを思い出した。


今回、やろうと言っていることは真逆である。

しかし、これは正義の名の下に行われる本来の正面突破ではなく、敵の一番嫌がることを的確に理解し、そして一番の勝率が高い手段だから選び取られた作戦だ。

やることは真逆なのに根本的な理屈の部分が変わらない辺り、さすがエドゥアルドである。


「...それはそれは後日、リーチェにエディ様が敵の籠城にも屈せず、正々堂々と正面から立ち向かったとその勇姿を語ってあげなければなりませんね。」


「はい。ぜひ、そうしてください。」


ゆるゆるとルシアが身体の強張りを解いて、空気を入れ換えるように(なか)ば冗談を口にしたが、まさかの即答が返された。

...うん、やっぱり鞍替えを真剣に考えるべきじゃないかな?

ルシアは思ったより重症だぞ、とベアトリーチェの今後を切々と心配した。


まぁ、勧めたことを知られたら横のこの男が怖いので自重するけども。

(ひとえ)に無理やり引き離そうとしないのは何だかんだエドゥアルドならベアトリーチェを幸せにするだろうとルシアは確信しているからであるが敢えて口に出しはしない。


あ、前にベアトリーチェに一度勧めたことバレてないよね?

この状況でそう思い悩み始めたルシアには既に今から厄介な敵と対峙することに対しての気負いは一切なかった。


「さて、そろそろ行きますか。......今回は本当に気にかける余裕はございませんので自らの身はしっかり守ってください。」


「ええ。」


はっきりと告げるエドゥアルドをルシアはややぎこちなく見上げる。

その先に見える青い瞳は先程見上げた時と変わらず、爛々(らんらん)と輝いていた。

いつも通りの笑みの中でそれはとても異質さを放っている。

そして何より、彼から匂い立つような殺気がずっとぴりぴりとルシアの肌を刺していた。


余裕がないというのは本当だと思わせるそれらが先程ルシアが固まった理由だった。

今尚、治まることのないエドゥアルドの本気度にルシアは僅かに気圧(けお)されながらも頷き、臨戦態勢を整えたのだった。


まさに真夜中、殺気立つエドゥアルドの号令の下、ルシアたちは青い屋根の屋敷へと突入したのである。


正々堂々という言葉を口にしながら、全くそう思えないエドゥアルドさすが。


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