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186.揺らめく炎と怒り


「ルシア嬢!」


「エディ様。......そちらは?」


()しくも新月、宵闇を照らすのは(わず)かの光を放つ星ばかり。

星明かりだけの空の下で(たたず)んでいたルシアは満天の星は然程灯りにはならないのだと初めて知った。


ここはアクィラ。

その王都。

そして、何よりここ数日、調査していたヘアンの工作員と思わしき商人の店の前だった。


普段、ここは賑やかしく人の行き来が絶えない大通り。

現在は住人たちも寝静まり、且つアクィラの兵たちがここへ続く道を封じている為に閑散としていた。

まず間違いなくこの状況は後にも先にもないだろうとルシアは思った。


ルシアがイオンとノックスと店の外の通りに立っていると、中から怖いほどに顔の表情が抜け落ちたエドゥアルドが静かに姿を現した。

しかし、ルシアを呼ぶ声は心無しか、焦りを(ともな)っている様子でもあった。


「...いいえ、何も。」


「...そうですか。こちらもですわ。」


ルシアの問いにエドゥアルドは無表情のまま返答した。

同じく無表情なルシアも同意の言葉を放つ。


「こちらにも何もありませんでしたわ。...そう、不自然なほどに何も。」


「......こちらが明日、突入すると何処からか洩れていたようですね。」


苦々しげに言うエドゥアルドにルシアは目を伏せた。

エドゥアルドの想いはルシアにも分かったのだ。


ルシアたちがないと告げているのはこの店にあるはずの彼らの持つ証拠品だ。

ヘアンの工作員であり、戦争屋であることを示すものを。

まぁ、無用心に形に残している可能性は低いものではあるが、彼らが契約という名の元に手を組んでいるのであれば、あっても可笑しくないというのがルシアたちの見解だった。


そもそも人が生活するだけでも何かしらの痕跡というものは必ず残るものだ。

それが悪巧みともなれば、多少の不都合なものというのは決して切って離せないだろう。


けれど、彼らの拠点で間違いないこの店には何もなかった。

勿論、売り物であろうものは見て取れた。

しかし、私物と思われるものは何一つ確認出来なかったのである。

もし、自宅が別であったとしてもいくら何でもあり得ない。

それこそ、意図して排除されたのでなければ。


「...商人の方も随分と頭が切れる人間ね。普段から商人に徹しながらも極力生活痕を残さないようにしていたんでしょう。そして今日、リーチェを(かどわ)かす前に残りも全て隈無く撤去したのだわ。」


ルシアは冷静に状況を分析して告げた。

敵ながら何とも鮮やかで舌を巻く手腕である。

そして多分、これは私の推測だが、エドゥアルドの言う通り明日が突入についての情報が洩れていた訳ではないと思う。


ただ、そろそろこちらが何か仕掛けるだろうと察知しており、今日の新月を待って先手を打ったに違いない。

後、2日遅ければ良かったのに、ニアミスだなんて、とルシアは無性に舌打ちをしたくなった。


「...しかし、ここに何もないとなると。」


「...まだ、クストもベッティーノも出てきておりません。...何か見つけてくれると良いけれど。」


エドゥアルドが僅かに店を見上げる。

(にら)み付けるようなその表情に悲痛さを見て取ったルシアも口を引き結んで祈るように自らの護衛の少年とエドゥアルドの騎士の名前を口にした。


店内の調査において、ベアトリーチェが拐かされているという急がなければならない状況であることからルシアたちは四つのグループに別れて探索を行った。

ベアトリーチェの居場所に関わる何かを探す為である。

細かい調査は後にアクィラの者によって行われる予定である。


そして、最初に店内から出てきたのはルシアたちだった。

次にエドゥアルドとその騎士たちが出てきてどちらもベアトリーチェの居場所どころか、掴んでおきたい悪事の証拠になりそうなものすら見つけられなかった。

残るは特殊な探査を頼んだクストディオとベッティーノだけである。


息を呑む音すら響きかねないほど痛い静寂が大通りを支配する。

そこへ店内から一つの影が姿を見せた。

ルシアたちが注視する中、先に出てきたのはベッティーノだった。


「ベッティーノ、何かあったか。」


「...申し訳ありません、何一つ残っておりませんでした。」


いつものブラックスマイル時でさえ、崩れたところを見たことがなかったエドゥアルドの丁寧な言葉が見る影もない。

それが余程の焦りを感じさせ、ルシアははっきりとエドゥアルドに余裕がないことを悟った。


ベッティーノの言葉に無表情が(ゆが)められたのを見たルシアは店の方を見る。

後はクストディオだけ。

お願い、何か。

ほんの少しの手掛かりでも良い。

ルシアだって既にベアトリーチェを赤の他人とは思っていないのだ。


「クスト!」


「ルシア、下がって!!」


突然、頭上からガシャンッと大きな音がしたかと思えば、クストディオの言葉が響いた。

見上げれば、割れた窓ガラスがきらきらと星の明かりを受けて輝いていた。


「!」


ルシアは状況を把握しようと目を向けようとして、その理解が及ぶ前に目の前へ着地したクストディオによって後ろへ()ぎ倒されるように抱えあげられる。

次の瞬間、クストディオが蹴り割って飛び出してきた窓の奥から何かの破裂音と共に勢いよく火の手が上がった。


「!エディ様!!」


ルシアも遅れながら、非常事態を察知してエドゥアルドの安否を確認する為に名を呼んだ頃には、ルシアは既に店から一番離れた大通りの反対岸まで運ばれていた。


「...大丈夫です。」


横を見れば、同じようにベッティーノに担がれたエドゥアルドの姿が目に入り、一先ずルシアは胸を撫で下ろした。

ただし、ルシアのように女性でもなく、とっくに成人して身体の出来上がった男であるエドゥアルドは()いで退避させるのには無傷とはいかなかったらしく、ベッティーノから降ろされたエドゥアルドは横腹を押さえて顔を僅かに(しか)めていた。


きっとルシアと同じくタックルするように担がれたのだろう。

ベッティーノもクストディオとは違い、こちらも身体の出来上がった成人男性、ぶつかった衝撃も大きかったに違いない。

運ぶのにも丁寧とは、いかなかったはずだ。


取り敢えず、一番安全を確認すべき相手を確認したことで(ようや)くルシアは辺りを見渡した。

イオンとノックスはどうやらクストディオの声にすぐに反応したようでルシアのすぐ傍まで退避していた。


しかし、エドゥアルドの騎士たちも王族の近衛騎士らしく緊急時の咄嗟の退避は出来たようでイオンたちよりは遅くも退避出来ており、怪我をした様子はなかった。

ルシアは怪我人なしにもう一度胸を撫で下ろす。


そして、最後にもう轟々と燃える対岸の店を見た。

完全に火事だ。

エドゥアルドが横ですぐに消火と近隣住人の避難の指示を出していた。


「......クスト、何があったの。」


急に上がった火の手が偶然な訳がない。

ましてや、ルシアは破裂音を聞いたのだ。

火の手が上がる寸前、何より出火元辺りに居た様子のクストディオを見下ろした。

クストディオはルシアの言葉を受けて、ルシアを地面へ降ろす。


「巧妙に隠された屋根裏に続く階段を発見。そこに一枚の紙があった。それを手に取った辺りで妙な匂いに気付いて飛び出した。」


「...そう。その紙は?」


「ここに。」


端的な報告にルシアは答える。

きっと起きたことはそれ以上でも以下でもない。

これも推測だが多分、階段が開かれた際に火種が点くような何かの仕掛けが設置されていたのだと思う。


そして、屋根裏には油が撒かれていたのだろう。

もしかしたら、そちらも同タイミングで撒かれるような仕掛けだったかもしれないが、どちらにせよ、破裂音は油が跳ねて、ガラスか何かの容器が破裂したのだ。


それを発見したのが最後に残っていたクストディオで本当に良かった。

まだ誰かが別の場所を探索中であれば、犠牲者は必至だったし、発見したのがクストディオだったからすぐに気付いて飛び出せた。


クストディオが飛び出す寸前、引っ掴んできたのであろう一枚の紙がポケットから取り出された。

急いで突っ込まれたのであろうそれはぐじゃぐじゃに歪んでいる。

渡される前に軽く(しわ)を伸ばされたそれを受け取ったルシアはそこに流麗な字で書かれた端的で且つ卑劣な文字を見た瞬間、怒りで危うく紙をよりぐじゃぐじゃにしかけた。


「......エディ様。」


「何ですか。......!!」


横に居るエドゥアルドへルシアは紙を掲げて見せる。

エドゥアルドから息を呑む音が聞こえ、その瞳が怒りに染まったのをルシアは見た。


『今宵、王都外れの別荘地にて待つ。夜明け前に現れなければ、婚約者殿の愛らしい顔は苦痛に歪むことになるだろう。』


ぐじゃぐじゃの紙にはそう書かれていた。

居場所を知れたことには感謝するが、内容はこちらを完全に(あなど)るものであった。

脅迫状、いいや挑戦状だ。

不遜にも彼らはルシアたちを呼び寄せようとしているのだ。


ルシアたちが怒りに染まる中、盛大な勢いを収める様子のない炎が闇を照らし、辺りを揺らめかせたのであった。


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