182.控え目過ぎる令嬢と
あちゃー、はっきりと言っちゃったかー、とノックスが思わず額を押さえる中、ルシアはベアトリーチェの反応を見続けていた。
さて、言いたいことを言い切ってすっきりしたが、ベアトリーチェはどんな反応を見せるだろうか、とルシアは既に見守るスタンスについていた。
「...!......。」
「それほどまでに青ざめなくてもわたくしは貴女を責めている訳ではないわ。それに、エディ様だって今まで許容してきたのだから今更、咎めるつもりはないのでしょう。ただ、貴女のそれは場合によって、意地の悪い人たちの恰好の餌食となるから今後は気を付けた方が良くてよ、という話よ。」
目を見開いた後、先程までの比じゃなく顔を青ざめさせたベアトリーチェにルシアは嘆息して、フォローを入れた。
苛ついたのは確かだが、苛めるつもりは毛頭ないのである。
まあ、これは元々の彼女の性格があるとはいえ、エドゥアルドが気付いていない訳がないから、今まで許容してきたエドゥアルドにも問題がないとは言えないし。
例え、逃げられてまず会話が成り立たなくとも。
「...エディ様もエディ様ね。貴女を外敵から全てご自身で守るおつもりなのかしら。」
「!!」
「あら、だってそうでしょう?貴女のそれは決して王族として良いとは言えないわ。それでも良いのだとしているのなら、それは貴女に降りかかるであろう悪意も全てご自身で払われるということでしょう?」
ハッとした顔で再び目を見開いたベアトリーチェに青ざめたり驚いたり表情がコロコロ変わって忙しいな、と若干自分の王族としては利点が多くも全くと言って良いほど表情が出ない顔を思い出して羨ましく思いながら、ルシアは自身の見解をベアトリーチェに語って聞かせた。
「先に言っておくけれど、10年近い付き合いのあるわたくしが知るエドゥアルド・プレディエーリ・アクィラという人間は例え情ある相手でも手に負えないとなれば、非情と罵られても即座に切り捨てる決断の出来る実に合理的な人間よ。」
そう、例え10年近い友人であってもそうと判断すれば、彼は容赦なく切り捨てる。
それは将来、一国を背負う立場であるからとも言えるが、単に彼の性質でもあるのだとルシアは言える。
多分、彼とそれなりに親しい者たちもルシアと同じくそう断じることだろう。
さてさて、そんな彼が欠点ともなりかねない上にそれをカバー出来るほどの魅力もない婚約者を婚約破棄もせず、それどころか必死に友好関係を築こうとしている訳は?
「あら、とっても愛されているじゃない。ねぇ、ベアトリーチェ?」
「え!?」
ふふふ、と笑ったルシアの言葉にベアトリーチェは跳ね上がる。
顔が熟れた林檎のように真っ赤だ。
アクィラへ来る際にエドゥアルドから聞いて思い浮かべた恥ずかしがり屋の令嬢そのものだった。
ほんとに表情がくるくるとよく変わる少女である。
確かに逃げられるとはいえ、これを見たことあるならエドゥアルドもとても愛らしいと思ったに違いない。
「ただ、先程言ったようにエディ様の本質は冷めたところにあるの。わたくしとしては逃げた方がずっと賢明かもしれないわね、と言っておくわ。」
「え。」
「あら、なあに。」
「いえ、何でもありません。失礼致しました!」
急に前言全てを引っくり返すような言葉を放ったルシアにベアトリーチェではなく、ノックスが声を上げてしまう。
振り返って令嬢らしく小首を傾げさせたルシアにノックスは盛大に目を逸らして答えた。
「さあ、決断するのは貴女だわ。ベアトリーチェ。貴女は今までのように自分を卑下して不相応な立場にただ、翻弄され続けるのかしら。それとも、少しでもエディ様の厚い気遣いに報いるのかしら。ああ勿論、エディ様を捨てて、もっと暖かくてしがらみの少ない良い男性を捕まえるのも貴女次第よ。」
決定権はいつだって自分にある。
貴族の令嬢としては決定権がないことだってあるけれど、その決められてしまった中で自分がどうしたいかは自分で決められる。
そして、何よりもベアトリーチェには普通の令嬢よりずっと選択肢があるのだ。
「貴女は選ぶことの出来る立場にあるわ。その環境があるのよ、貴女を思う優しい人たちが居るお陰で。」
ルシアは語りかける。
ベアトリーチェはもう顔を青褪めさせてはいなかった。
「さて、どうしたいの?貴女自身は?」
再び問うたルシアは微笑みを向けた。
親しみやすいとはやっぱり言われない笑みだけれども。
「......私は。」
「ええ。」
先程までの怒涛の言葉の雨は見る影もなく、ルシアはただベアトリーチェの言葉を待っていた。
「...本当は、この性格を治したいのです。せめて逃げないように...なりたい。」
絞り出された少女の仕舞い込んでしまわれていたのであろう本音とも言える答えにルシアは満足気に頷いた。
「よく言ったわ。そうと決まればわたくしが貴女の望みのお手伝いをしてあげる。わたくしが滞在する間にエディ様と逃げずに話が出来るようにしてあげるから覚悟はよろしくて?」
「え...!?」
ルシアの言に目をぱちくりさせるベアトリーチェの手をルシアは優しく取った。
しかしながら、逃げることの許されない絶妙な力加減である。
「まずは今からエディ様のお見舞いへ行きましょう。」
「!?む、無理ですっ。無理です、ルシア様っ。」
勢いよく首を横に振るベアトリーチェ。
あー、と弱った表情を浮かべるノックス。
そして、満面の笑みのルシア。
「と、言いたいけれど貴女にはまだ難しいでしょうから、最初はわたくしと話をしましょう。わたくしならエディ様の話が出来るわ。」
「!」
前言を容易く撤回したルシアを狼狽えも忘れてベアトリーチェは食い入るように見つめ返す。
「それに、わたくしなら王族...王子妃としての心構えを教えてあげられるわ。さあ、貴女はどうしたい?」
ここで有無を言わさないかと思えば、ベアトリーチェの意思を聞くルシアにベアトリーチェははくはくと口を動かしながら、逡巡を表情に浮かべてはルシアが未だ掴んで離してくれない己れの手を見下ろす。
「......お願い致します、ルシア様。」
小さくか細く消えていくような小声ではあったけれど、ルシアははっきりと聞き取った。
「ええ。まずはわたくしと屈託なく話せるようにいっぱい話しましょうね。」
相手を知るのには会話が一番よ、とルシアはカップに自らお茶を注ぎ直して、二人きりのお茶会を再開させたのだった。
この日からルシアの一日のスケジュールにベアトリーチェとのお茶会が加わったのは言うまでもない。
それを知ったイオンとクストディオが、本人曰く何もしていないノックスに次の飲みにて盛大に奢り、ノックスが何とも言えない表情で得をしたのはまた別の話である。
友人の為もありますが、元々ルシアはお人好しですからね。
そして、思いの外じっとしてられないノックスなのであった。
案外、護衛組はルシアの居ないところで気のおけない関係を築いていて、ルシアだからこそ見せない一面を見せているのだとしたら、それはそれで良いな、と作者的には思っております。




