174.騎士兼密偵と護衛兼密偵
クストディオが最初に視線を向けたのは右側の個室の扉だった。
先程の騎士のやり取りの様子から一人が居る方の部屋である。
「......。」
ルシアたちが見守る中、クストディオは実に無造作に扉を開けて飛び込んだ。
しかし、中から悲鳴一つ上がらず、本当に中に人が居たのかと思うほどである。
程なくしてクストディオが扉から平然と廊下へ現れた。
「...へぇ、相手が驚いて声を失っている間にやったのか。」
室内で起こったことを正確に予想した騎士が小さく口笛と共に称賛を口にする。
多分、彼の言う通り、目を丸くして乱入者を見た時にはもう、敵の男は夢の世界に旅立ったのだろう。
ルシアにもあの扉の向こう側で縛り上げられ、無造作に転がらされている男の姿が想像出来た。
そうしている間にもクストディオはもう一つの扉へ向き合った。
また勢い良く乱入するのかと思えば、今度は慎重に息を整え、直立する。
そして、目の前の扉をノックした。
「あー、何だ?何か伝達でも......っ!?」
「......。」
ノックに反応して扉が開かれ、一人の男が出てきた。
男が顔を上げて訪ねてきたのが仲間ではないと気付くより早く、クストディオが男の腕を引っ張り廊下へ引き摺り出して、首筋に手刀を喰らわせた。
男は頽れ、クストディオが音を立てないように腕だけで男の倒れる勢いを殺して廊下へ放った。
「?どうしたんだ?」
もう一人の男が仲間の声が途切れたことに不審に思ってか、扉まで出てくる。
クストディオはいつの間にか、扉影に隠れており、男が廊下に完全に出てきて倒れる仲間とルシアたちの存在に気付き、目を見張ったところに後ろから手刀を喰らわせて、先程と同じ要領で男を放った。
そして、同時にこちらへ緋色の瞳を寄越し、手を振るう。
待ってましたと言わんばかりにこちらもいつの間にか、手前の個室前まで移動していた例の騎士がクストディオと同じように目の前の扉をノックした。
しかし、そこから彼はクストディオとは違い、扉が開き切る前にドアノブを勢い良く引いて、中へ飛び込んだ。
少しだけ驚いたような男の声がして、ガタッと椅子か何かを引いた音が響いたが、すぐに静かになって、ひょこっと騎士が顔を出してOKサインを示した。
「......もっと効率的にやれただろう。」
ふと、真後ろ近くからの声に振り返れば、近寄ってきていたクストディオが少しだけむすっとした顔で佇んでいた。
彼の後ろを見れば、奥の廊下には何も残っていなかった。
きっと気絶させられた男たちは縛り上げられて個室へ放り込まれたのだろう。
「いや、さすがに同じ手じゃ芸がないだろ?」
クストディオの小声の呟きを拾えたのか、手前の個室の扉を閉じながら、騎士の青年はへらりと笑って告げた。
ちらり、とルシアが視界の端にクストディオを捉えれば、彼はより眉間に皺を寄せたのが目に入った。
あー、これは嫌いな人種だ、と考えてる顔だ、とルシアは自分の護衛の少年の案外分かりやすいところに苦笑う。
「ベッティーノ。」
「あ、申し訳ございませんでした。エディ様。」
見かねたようにエドゥアルドが騎士の青年、ベッティーノと言うらしい、彼の名前を咎めるように呼べば、彼はしまった、という顔をして畏まっているのか畏まっていないのか、微妙な敬語で謝罪を口にした。
最初の外でエドゥアルドに報告していた時の丁寧な口調とは大違いである。
しかし、それをアクィラのメンツが誰一人、可笑しく思っていない様子からルシアは平時はこちらの口調なのだと判断する。
多分だけど、エドゥアルドにとって私とイオンのような関係の騎士なのだろう。
「そうだった、そうだった。今はイストリアの妃殿下が居るんでした。申し訳ございません、失礼致しました妃殿下。」
「いいえ、危険に晒されてもおりませんのでお気になさらないで。何でしたら、口調も貴方の楽な口調でよろしいですわよ。」
今はルシアが居る分、余裕があっても徹底的に行動する必要があったな、と思い出したらしいベッティーノがルシアに向き直って、とても気高い騎士の如く流麗な仕草で謝罪を述べて頭を垂れた。
ルシアはその変わり身に苦笑を浮かべながら謝罪を受け取り、口調にも許しを出した。
「あ、ほんとですか?やっぱり、丁寧な言葉ってそれだけで疲れるんですよね。俺、エディ様付きの騎士兼密偵のベッティーノって言います、ルシア様。」
「...ベッティーノ。」
そうすれば、ベッティーノはぱっと顔を上げて、へらりと笑った。
いくら許可が出たとはいえ遠慮のない自分の騎士に頭が痛そうにエドゥアルドが再び彼の名前を呼んだ。
うん、普段から余裕があるからと遊んで、エドゥアルドの頭痛の種になっているタイプだな。
まぁ、クストディオの然して変わらない実力を見ればかなり優秀な人材なんだろうけど。
そして、やっぱり彼はルシアの予想通り、密偵でもあったらしい。
「......ルシア嬢も。ここは敵陣だということをお忘れですか。」
「あら、そんなことはありませんわ。」
エドゥアルドの説教染みた声にルシアは微笑んでさらりと答えた。
即答出来るのは、ちゃんと2階にはもう、敵が居らず、自分の護衛たちは常に警戒しているのを理解しているからだ。
さすがに敵が迫っていたらこんな呑気な会話をしない。
後は説教には悲しいかな、慣れているので責めるような口調程度でルシアは竦むことはなかったのだ。
「ちゃんと、警戒はしております。後は1階...。」
「お嬢。」
ルシアが心配をするな、と言葉をエドゥアルドに紡ごうとしたところに、イオンの鋭い声が飛んだ。
ルシアも瞬時に黙り、真剣な表情に切り換える。
エドゥアルドたちも緊張を走らせたところで階段から誰かが登ってきている音が響いてきた。
「......全員、こっちの部屋に入って。お前も。」
後ろから誰も居なかった部屋の扉を無音で開けたクストディオがルシアたちに中へ入るように促した。
最後にベッティーノに向かっても声をかける。
ベッティーノははいはい、と顔と手振りだけで示して、ルシアたちを慎重且つ急かせて部屋へと入れて最後に入室した。
そして、彼は少しだけ扉を開けた状態で廊下を覗いた。
ルシアも止められる前にすっと扉に寄って、同じように覗いた。
廊下に残ったのはイオンとクストディオである。
イオンは手前の個室の扉を開け放ち、その影に張り付いていた。
ただ、クストディオの姿が見えない。
ルシアは見える範囲で目を動かすがクストディオを見つけることは出来なかった。
「足音は二人ですね。」
「!......ええ。」
気が付けば、同じように覗いていたエドゥアルドの声が耳元で聞こえ、ルシアはちょっとだけ目を丸くしたが、すぐに神妙に頷いた。
足音は2つ。
イオンとクストディオはどうやって倒すのか。
ルシアが二人に敵が瞬殺出来るかどうかではなく、自分の護衛二人がどうやって瞬殺するかのその方法を予想している辺り、緊張感が足りない。
それもこれも二人の実力を信頼しているからではあるが。
ルシアたちが見守る中、足音が階段を登り切り、男二人の姿が見えたところでイオンとクストディオの狩りの時間が始まるを告げるのだった。
はい、作者です。
結局、昨日も執筆時間は取れず、2日休載させていただきました。
お待ちくださった皆様には本当に申し訳ありませんでした。
ちょっと展開ゆっくりですみません。
あと数話したら抜けると思いますので引き続き読んでいただけると嬉しいです。
いつも応援いただきありがとうございます。
最近、コロナが大流行中でございますが、皆様大丈夫でしょうか?
体調には本当に気を付けて、お過ごしください。
若い人だと重くならないからといって無用心だとクラスタ感染やスーパースプレッダーになりかねませんので御注意を。
皆様元気に健康的に過ごして、その生活の合間に今作品を楽しんでいただけると幸いです。
それでは次話の投稿をお楽しみに!!




