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171.宵と共に開始を告げる


「さてと。」


宵の口、馬から降りたルシアがぐい、と背伸びしながら、そう溢した。

その様子に手綱(たづな)を傍の木に(くく)り付けていたイオンが苦笑いした。


「お嬢、危機感って言葉知ってます?」


「あら、それはどういう意味かしら。」


苦笑を浮かべたままイオンが言えば、ルシアがニッコリと微笑んで振り返った。

端から見ればいつも通りのやり取りをしている辺り、どちらにも危機感からも緊張感からも遠く思える。

だからか、ノックスはいつもの、という表情で愛馬の手綱を木に括り付け、クストディオは(はな)から準備に専念して二人に振り向きすらしなかった。


「...エドゥアルド殿下、そんな顔せずとも大丈夫ですよ。その時になればルシア様もイオンも気を引き締めますから。」


「あ、いえ......押し切られた後から悩んでも仕方がないと分かっているのですが。果たして本当にルシア嬢を連れてきて良かったのか。」


現在、ルシアは動きやすいようにポニーテールに髪を束ね、ズボンを穿()いていた。

すらっとした足に張り付くようなパンツスタイルは男性のそれとは異なる雰囲気を(かも)し出していて、失礼と分かっていながらもエドゥアルドの騎士たちはちらちらとルシアを見るのであった。


普段はドレス、お忍びであってもまずズボンを穿く機会がないだろうに、馴染んだように穿きこなし、剣さえその細い腰に()いていれば、さながら女騎士といった風情のルシアに過去の無茶の面影が見え隠れしていて、エドゥアルドはそれ以上は考えたくない、といったように口を引き結んだ。

そして、心配そうにその瞳が揺れるのを見て、ノックスが二人遊びに来ている訳ではないということをやはり苦笑交じりにエドゥアルドへと告げた。


「...大丈夫です、何があってもルシアは僕たちが守ります。」


エドゥアルドがそれに昨晩のことを思い出しながら不安な気持ちを吐露すれば多分、エドゥアルドが聞きたかったのはそれじゃないといった少しずれた返答をクストディオが確認の済んだナイフを袖口に仕舞いながら口にした。

いつものルシアや周りに対しての口調よりちょっとだけ丁寧なのはさすがに相手が他国の王族だったので配慮したらしい。


そこでやっと、イオンとのやり取りを終えたルシアが近付いてきた。

その後ろから左手を右手で(さす)るイオンが歩いてきていた。

何のことはない、ルシアが微笑んだまま、つねり上げたのだ。


よく見れば擦る手の下に覗く左手は赤くなっている。

とはいえ、少女とも言えるルシアの力では然程せずとも痕は消えることだろう。

それでも利手じゃない手を選んでいるのはルシアらしい配慮である。


「エディ様、昨晩も申し上げましたけれど、わたくしの護衛たちは優秀ですから。わたくしのことは居ないものとして扱って下さいませ。わたくしを守る為に気を遣われては元も子もありませんわ。」


私は手伝いに来たのであって、足出纏いになりに来たのではない、とルシアはエドゥアルドに向かって口角を吊り上げた。


「...ええ、分かっています。話し合いの途中......紆余曲折ありましたが、結果として僕は許可を出し、貴女は今ここに居ます。」


「ええ、そうですわね。」


ルシアたちが街を歩いて数日後の昨晩、ルシアの予測通りに明日、家宅捜索をすると準備をしていたエドゥアルドの元へルシアはやや強引に乗り込んだ。

そして、呆気に取られるままのエドゥアルドが立ち直る前にルシアは明日の家宅捜索に参加する、と告げたのだった。

この時のルシアの表情を先手必勝と考えているのがありありと分かった、と後にイオンは語る。


勿論、エドゥアルドは反対し、ルシアを止める為に言葉を尽くしたが、如何(いかん)せんそれで引き下がるほどルシアは甘くない。

普段でさえ過保護全開の王子相手にそれを繰り広げ、許可をもぎ取ってきたルシアにエドゥアルドが勝てるはずなく。


最後にルシアがよく使う、参加させてくれないのであれば、勝手に乗り込む、といった(おど)しの末にエドゥアルドが折れた。

正しく、紆余曲折あった後、本当なら許したくないが不承不承、了承したといった光景だった。


けれども、さすがは次期国王ともなる王子、一度既決されたことを悩みこそすれ、ぐだぐだと蒸し返すことはしなかった。

真剣な表情で見下ろされて、ルシアも普段の外向きの微笑を収め、真剣な瞳でエドゥアルドを見上げる。


「......作戦が開始されれば、貴女に構ってはいられませんので、くれぐれも危険に(さら)されませんように。」


「勿論ですわ。わたくしが危険に飛び込めば、わたくしの護衛たちは()だしもエディ様の騎士たちに隙を作ってしまうでしょう。それはわたくしの本意ではありません。」


ルシアをイストリアの王子妃と知り、貴人を守るべき対象だと無意識にも刻まれているアクィラの騎士たちはルシアが飛び出せば気にするなと言っていても、どうしたって一瞬、目を向けてしまうことだろう。

戦闘中ではそんな一瞬の隙さえ命取りの場面は多々ある。


「ああ。それだけではなく、お嬢が無茶すれば確実に殿下に説教されますね。」


真面目に話していたところに呑気な声でイオンが余計な一言を放ち、ルシアは斜め後ろに居た彼を素で(にら)み上げた。

その様子にエドゥアルドが気が抜けたように笑みを溢した。

もう見事に真剣な雰囲気が霧散してしまっている。


「ああ、それではルシア嬢が飛び出すことは絶対にありませんね。」


「......エディ様、そこで納得するのはどうかと思いますわ。」


ルシアは拗ねたようにエドゥアルドをじと目で見返したのだった。

こうして、今からヘアンの工作員を処理する為の作戦が開始するとは思えないほど呑気な空気の中、気不味そうにエドゥアルドの騎士が準備が整ったことを告げ、宵と共に作戦開始するのであった。


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