169.擦り合わせ
夏の只中に勃発したアクィラ戦争。
それはアクィラの王太子エドゥアルドを潜入していたヘアンの工作員が弑したことで火蓋が切られた。
つまり、夏までがエドゥアルドの余命。
このままでは。
「本当はエディ様に王宮へ引き籠っていて欲しいんだけどね...けれど、王宮が安全ともつかないし。」
「......ごめん。」
二人きりの室内で難しい表情のまま、新たにクストディオが淹れ直してくれたお茶を令嬢らしさをかなぐり捨てる動作で一気に喉へ流し込み言えば、クストディオが申し訳なさそうな表情でぼそり、と謝罪の言葉を溢した。
ルシアはよく喋る方ではないことから滅多に聞かないクストディオのその言葉に目をぱちくり、と瞬かせた。
「あら、クストが謝ることなんて何もないわ。貴方はアクィラに毎回足を運んでいた訳でもないし、今件に関しては関わったとしても開戦後だったんでしょ?自国のことならば未だしも他国の終わったことを個人が詳細に調べる方が珍しいわ。」
だから、知らなくて当然、という風に告げるルシアにクストディオはより眉間に皺を寄せた。
そんな顔でも年齢より少し幼く見える彼の童顔は変わらず、何処か拗ねているのかと思いたくなる表情だった。
「それでも、何か知ってれば役に立てた。」
「予め、こうしてアクィラに訪れるなんて私が『ルシア』じゃなかったらあり得ないことだったんだから、割り切りなさい。今すべきことは過去を悔やむことではなくて、目の前に迫っている必ず起こる事件の対処を考えることよ。」
「......分かった。」
ルシアの前を向き、進むといった言葉にクストディオは漸く絞り出すような言葉と共に眉間の皺を解いた。
そうだよ、私というイレギュラーがなければ、このタイミングでアクィラに入国なんてあり得ないし、いやそもそもクストディオがルシアの護衛になるところからイレギュラーだよ...。
自分がやったことで病んでいたクストディオを思い起こせば、全く後悔していないが、我ながらシナリオ無視も甚だしい行動ばっかりだ。
いや、まあね?
シナリオから逸脱する為にしていたんだけどもね?
振り替えれば振り替えるほど自分の無茶の仕方に頭が......。
というか、ここまでして何でまだ作中通りの展開が起こるのかまるで意味が分からない。
シナリオの強制力?
シナリオの強制力って言うの、これ?
ぜっったい、思い通りになんかなってやらないからな!!
「ルシア?」
「え。ああ、ごめんなさい。こうしてみると、私はクストの人生を全く違うものにしてしまったのね、と思って。」
運命とか、神様なんてのも信じるほど乙女でも信心深くもないルシアは、それでも不思議なこととは起こるものであると身を持って体験しているので、存在しているかは別としてそれら全ての原因である何かに対してふつふつと静かに怒りを募らせていると、その様子を怪訝に思ったらしいクストディオがルシアに声をかけた。
ルシアは一瞬、その声に虚を突かれたような声を上げたが、すぐに怒りも呆然とした表情も霧散させて、取り繕うようにそれでも思ったことをそのまま口にした。
「......僕はこの人生を悪くないと思ってる。」
「そう?なら、良いけれど。」
小さく返ってきた声に深く突っ込んで聞くことはせず、ルシアは返答した。
「さて、本来なら結果すら予想出来ていないのだから、少しでも情報があって、前以て調べられることを有り難く思って対応策を練りましょう。」
「...ん、まずは知ってることだけでも擦り合わせ。」
「ええ。」
ルシアは頷いてクストディオを向かいのソファへ座らせる。
手にはペンと紙を。
ここには逆に見られては面倒という人間は居ないから勿論、書くのは日本語で。
クストディオは繰り返しの中で何故、エドゥアルドが死んだのか詳しいことは知らなかった。
そして、同じくルシアも詳しいことは知らない。
クストディオは何度かの繰り返しでアクィラ戦争に関わったらしいが、それは開戦してから。
ルシアも前世、アクィラ王太子エドゥアルドの死から戦争が勃発したと小説で、この戦いの始まりを触れているのを読んだだけで二人してあまりにも情報がない。
けれど、情報を整理すれば見えてくることがあるかもしれない。
それにニキティウスの報告書が届けば、より。
これから起きること。
知っているからこそ見過ごせないこと。
エドゥアルドは知人より友人と呼べる付き合いだ。
みすみす死なせない。
ルシアはクストディオと質問をし合いながら、メモを取る。
その灰色の瞳はただ未来を見据えていた。
......分かってた、今話はクストディオとの対話だと分かってたはずなのに。
今度はクストディオの口調が迷子になりかけるという...。
うん、一回最初から読み返した方が良いかもしれないと思う今日この頃。
皆様、楽しんでいただけているでしょうか?
とはいえ、まだ物事の序盤で話も本格化していないので何とも言えないでしょうけども。
作者としては今後も読んでいただけると嬉しいです。
出来れば、評価つけていただけるともっと嬉しいです。
いつもありがとうございます。
引き続き執筆頑張りますので応援してください。
それでは次話投稿をお楽しみに!




