16.看病(前編)
「まぁ、それは本当でしょうか」
「ああ、悪化はしていないが完治にはもう少しかかるだろう」
あの魔窟のお茶会から一週間。
テラスはそろそろ肌寒い日もある中、ルシアは本を片手に王子と並んで王子宮へと向かっていた。
そこで先日のことを王子に報告するのも、と躊躇ったのだが、既に承知だろうと思い直してレジェス王子に礼がしたいとルシアは切り出した。
結果、ルシアに伝えられたのはレジェス王子が病気を患ったということだった。
絶対にこないだのが原因じゃん!!
そら、この季節の変わり目なんて、ただでさえ病気になりやすい時期に頭から水被ったらそうなるよ。
ここは前世と違って治癒魔法はあれど使い手は希少で一般的に普及されている薬は効くが、即効性はほぼないに等しい。
一度罹れば、風邪だって1〜2週間はベッドの住人だ。
薬の質だけじゃなくて栄養管理とか衛生面もまだまだ拙いからである。
「あの、お見舞いに行くことは可能でしょうか?」
「感染っては礼どころではなく、逆にレジェスを気に病ませることになるが」
ぐっ、確かにそうなんだよなー。
感染るとレジェス王子は自分のせいだと言うだろう。
完治してから王子と共に訪ねた方が良いに決まっている。
しかし。
「レジェス殿下は風邪なのでしょう?ならばしっかりと予防し、身体を健康に保てば感染は防げますわ。それでも、お見舞いに行ってはいけませんか」
私の方がずっとここの医療より効果的な環境を提供出来ると思うんだよね。
そもそもの原因は十中八九、私のせいだし、病気なんてすぐに治るに越したことはない。
「...駄目だ」
「殿下!」
ルシアが咎めるように呼んだが、王子がこの話を再開させることはなかったのだった。
ーーーーー
翌日、ルシアは王宮に居た。
王宮の第三王子宮、その調理場に。
「ルーシィ、次はどうするんだ?」
「そうですね、少し掻き混ぜてもらえますか」
王子には却下されてしまったけど、それで諦めるルシアちゃんではない。
イオンに急遽、出入り出来る許可証を用意してもらい、侵入したのだ。
まず、向かったのは調理場である。
前世では一人暮らしをしており、簡単なものが主ではあるものの、料理はそれなりにやってきた。
病気の時はあまり豪華な物は逆効果だからね。
王宮という場所が場所なだけに上手く想像出来ず、一体どういう料理がレジェス王子に振る舞われているのか気になり、見たくなってやって来たのだ。
結果は然程、憂慮していた身体に負担となるごてごてとした料理でこそなかったが、代わりにとても不味かった。
病人食ってこんな物って言うけど自分だったら食べないよ!?と叫び出したくなるほどである。
驚いて何かの間違いではないかと聞いて回ったが皆、同じ反応。
恐ろしいことに、この世界ではこれが当たり前らしい。
ルシアは今まで病気になることが少なかった上、その数少ない際にも病人食なんてものを提供されることがなかったから知らなかった。
「出来たぞ」
「あ、はい。...うん、良いですね。殿下も気に入ると良いんですが」
「いやいや、元がかなり悪いからなあ。殿下も気に入るはずだ」
今回、作ってもらったのはお粥とジンジャースープ。
組み合わせは微妙な気もするが栄養は取れるし、身体は温まるし、不味くはないと思う。
良かった、料理人たちが怪訝な顔しながらも指示通り作ってくれて。
さて、あとはメイドたちに衛生面をなんとかしてもらわねば。
聞くにそれなりの清潔さは保たれている様子。
その辺りは料理もそうだけど、さすがに王宮だからだね。
平民や貴族であってもここまでマシじゃないんじゃないか。
そう思うとかなり恐ろしいが。
「このままだとストレスから肌荒れに悩まされると思って化粧水類を作り始めていて良かったわ」
洗顔だとかを作る為に最初に石鹸を作っていたのだ。
石鹸を使うことをレジェス王子に近付く者たちに徹底させれば随分と違うはずである。
凄いわ、石鹸。
今回、作った分を全部持って来ている。
調理場の人たちには説明して渡してきたし、これで早く完治すれば良いけど。
そうして、ルシアは残りの石鹸を抱えてメイドたちの元へ向かったのだった。




