166.訪問の理由
街並みと同じく白い壁が美しい、それなりの年月を刻んでいるだろうにきちんと手が入れられていてとても落ち着いて過ごせるだろうと思わせる。
そんな迎賓館の与えられた一室でルシアは運ばれてきたお茶を手にしてエドゥアルドと向かい合ってソファに腰掛けていた。
「とても美味しいですわ。」
「それは良かったです。貴女はお茶をするのも好むと聞き及んでいましたので我が国で一番人気の物を用意しました。僕も好きなお茶です。」
一口含めば、慣れないお茶の味が広がるのを感じてルシアが素直に感想を溢せば、エドゥアルドが用意して良かったと返答する。
「あら、それは誰から?」
「ああ、カリストからですよ。後はアルクスのクリストフォルス殿下に。」
「まぁ。」
ルシアはよくお茶を飲んでいる。
落ち着いた時間の一時や読書をしながら。
けれど、自分でははっきりと読書のように好きだと言った覚えもないし、言われてみればああ、といった感覚なのでそう言われて正直、不思議な感覚だった。
エドゥアルドとも長い付き合いになるが、会う時は基本的に公の場な為にプライベートな話をしたことは少ない。
だから、純粋に誰から聞いたんだろうと思ったんだけど。
まさか、クリストフォルスからも聞いていたとは驚きである。
アルクスの第二王子クリストフォルスとはエドゥアルドより後に知り合ったが一時期、遠戚のフリをしていたことがあって、どちらかといえばその時の印象が強いのである。
そういえば、その時によくお茶をしたな、とも思い出してルシアは苦笑した。
あれは大変だった、主に私の暴走だけど。
数年前にアルクスへ護衛だけを連れて向かい、様々な事件とも言える出来事を体験したのは何とも苦労したという思い出である。
確かにクリストフォルスなら何気無しにそういった話をしてそうだとルシアは思った。
「けれど、一番好むのは読書だというのはさすがに僕でも知っていますよ。」
「......わたくしはそんなに広まるほど分かりやすいかしら。」
ルシアと言えば読書、という構図を色んなところで聞いた。
確かにそうなんだけども、何でそんなに広まってんだ。
まぁ、隠している訳でもないけれど。
「いえ、貴女はあまり表情に出ませんから。けれど、会話をすれば博識なのはよく分かります。後はカリストが変わった分野の知識を持っていた時は大抵、貴女から勧められただの、貴女が読んでいたからだの、貴女関連だと言うので。」
...んー、確かにそうだよ!
そういえば、私も一緒に居る時にもそんなことがあって、王子は何故そんなことまで知っているのか、という質問に私経由で知ったと事実そのままを言っていた。
そりゃ、広まる訳だ。
「後で図書室へ案内しますよ。」
「...ありがとうございますわ。」
知らぬ間に至るところで広まっているのかと思うと恥ずかしくもあるが今更だと割り切ることにする。
そして、アクィラの図書室はとても気になるのでエドゥアルドの提案はありがたく即座に乗ることにしたルシアであった。
「......わたくしがアクィラに訪ねてきた理由でしたわね。」
逸れに逸れまくっていた雑談だが、お茶をしようと言ったのはエドゥアルドのその質問に答える為だったと思い出してルシアは手に持ったお茶を一口飲んでからテーブルに置いた。
「時期に関しては言いましたけれど、他の都合との折り合いですわ。わたくし、本当はエディ様から避暑のお話をいただいた初冬前にはこちらに来たかったのだけれど、昨年は春先から秋口までのほとんどを王宮の外で過ごしたものだから、さすがにまたすぐに他国へ発つことは出来なくて。」
「確かに王子妃が1年中王宮に居ないなんて聞きませんね。」
「でしょう?」
さすがに私でもその辺りの空気は読みますよー。
まぁ結局、王妃と対立して部屋に籠りっぱなしということもあったけども。
「春先から秋口までどちらに?」
「あまり大きな声では言えないのですけれど...最初は我が国の荒野との国境へ。次はお隣のエクラファーンへ行って、また国境へ。最後はアルクスと接する我が国の東北の地に行き、またエクラファーンへ。そしてまた東北の地に居りましたわ。......内緒ですからね?また思い出したかのようにカリストに怒られるのは嫌ですから。」
「それはそれは、凄い旅路ですね。分かりました、この話はここだけの話と致しましょう。」
過去の悪戯を明かすような、それでいて最後はちょっぴり拗ねるように言ったルシアにエドゥアルドは笑い声を立てて頷いた。
ルシアがお転婆だと知っているが、予想以上に思い切りが良かったのだな、とエドゥアルドは思っている様子。
関わっていないとはいえ、さすがに一国の王子が昨年にイストリアやアルクスで起こったことを知らないはずがないのでルシアが総じて戦場に居たのだと見当がついたらしい。
それでいて、危険とは無縁そうに王子からの説教を嫌がる言葉を発したルシアにエドゥアルドは笑いを押さえられなかったのだった。
「......という訳で初冬に国を離れる訳には行かず、かといって我が国は春まで雪に閉ざされ外に出られません。」
また話が逸れたとルシアはわざとらしく咳払いをして話を戻した。
エドゥアルドも笑いを収めて耳を傾ける。
「けれど、我が国には冬明けと共に春告祭がありますわ。我が国では冬は完全に閉ざされる為に雪が溶け、告げられる春が最も尊ばれますの。だからこそ、一番重要視される行事が春告祭なのですわ。あれは春の訪れを盛大に祝い、新たな1年の始まりを宣言するもの。それに自国の第一王子夫妻が参加しないのはあり得ません。」
昔、アルクスに行った時のタイムリミットも春告祭だった。
あれだけは欠かせない、という1年のイベントが春告祭なのである。
他の行事も参加しないのは本当はよくないんだけどね。
それでも、春告祭に比べれば何ということもない。
それだけ春告祭はイストリアで特別視されている。
「ですから、必然的に一番早く貴国に来れるのが春告祭の終わりでしたの。春告祭には貴方も我が国へ訪れるでしょうから共に発てるのであればこれ以上のことはないでしょう?」
最適な選択肢がそれだったのだ。
ルシアは今回の用事がすぐに終わるとは残念ながら全く思っていない。
多分、晩夏まで居座るだろうと思って来た。
だとすれば、やっぱり春告祭以降になるし、それならエドゥアルドの帰国に合わせた方が良いと判断した。
その理由の半分くらいは他国の王子と一緒に居るところをさすがに王妃は手出ししないだろうというというなんだけど...。
利用したことはエドゥアルドに後で何かを差し入れることで詫びることにする。
「それがこの時期に訪れた理由ですわ。」
ルシアは一度話を締め括る。
さて、では何故早くアクィラへ来たがったのか。
ルシアは何処まで話そうか、とエドゥアルドの顔色を窺いながら、アクィラまで来た理由を語る為に口を開いたのだった。
ここ2日でブックマークが24件も増えてとても嬉しい驚きでした。
いやー、本当に驚いた。
いつも私の作品を読んでいただきありがとうございます!
今後も楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、また次話投稿をお楽しみに!




