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15.お茶会という名の


秋も紅葉、色鮮やかな木々が綺麗で心が澄んでくる。

だが、ルシアは王宮へ向かう馬車の中でいつも以上に仏頂面だった。


「お嬢、顔怖いですよ。ほら、落ち着いて落ち着いて」


「私は至極落ち着いているわ、イオン」


「いやいや、さっきからどんどん顔が青褪(あおざ)めていってるから」


無理やり口角を上げたせいで(ほお)が引き()って余計に酷い顔になるルシアにイオンは半眼を差し向けた。

ルシアが青褪めている理由、それは今向かっているのが王宮でもいつも出入りしている場所ではなく、王宮の庭園で(おこな)われるお茶会に招待された為だった。


名目としてはデビュー前の子息子女の交流会である。

しかし、それは何も知らない天使たちだけの話であり、女の園の裏の顔を知る者としてはこれ以上なく膝の震えるイベントだ。

令嬢たちの言外に大きく意味を持たせた言葉の応酬、彼女らの母夫人たちによる裏を読み合い、牽制(けんせい)し合う仁義なき戦い。

何より主催者が王妃とあってはこれはもう魔窟(まくつ)だ。


招待状を見た瞬間、ルシアは見なかったことにして欠席に持ち込みたかった。

けれど、王子の婚約者という立場がそれを許さなかった。

ちくしょう、どのみち父によって送り込まれただろうけど!


ただでさえ、王子暗殺計画という憂慮があるのに。

イオンを持ってしても彼の計画の全容は掴めていない。

手強過ぎないか敵よ。


あぁもう、胃が本格的にキリキリしそうだ。

これは肌にもくるぞ、若いからって放置は後が怖いんだから。

唯一の救いは最近になってよく定期的に遊ぶようになったレジェス王子の笑顔に(いや)されていることだろうか。

しかし、それだけでは全然(まかな)い切れない。

ルシアは今から死地にでも向かう顔で背(もた)れに身体を預けたのだった。



ーーーーー


「...ええ、そうですわね」


庭園でかれこれもう四半刻が経って、そろそろルシアの猫も暴れ出しそうである。

ルシアがこの庭園についてから令嬢に夫人に、人を替え品を替え、それはもう言外の嫌味の連発だった。

やだ、物凄く帰りたい。

イオンは従者なので引き離されてしまって全てはルシア一人で(さば)いていた。


「あら、そこに居るのはオルディアレス家のルシアね?」


「!これは王妃様、本日はお招き頂きありがとうございます」


出たよ、ラスボス。

いや、既に胃が痛いから!

追い打ちだなんて、何とも無慈悲な。


「あらあら、既に立派な淑女(しゅくじょ)のようね。カリストとはよく会っているようだけれど、あの子はどうかしら?」


「殿下は優しい方ですので、わたくしはいつも楽しいばかりです」


「そうなの。貴女はレジェスとも気が合うようだから仲良くしてあげてね、二人とも私の大事な息子よ」


「はい」


何も知らない、頭の回らない無垢な少女を演じながら、別の人へ声をかけに去っていく王妃を送り出した後、ルシアは人の視線が届かない噴水のところまで移動する。


「はぁ...なあにここ。魔窟にしたって精神ダメージでか過ぎる」


何だ、あの如何(いか)にも前王妃の子さえ心配する心優しき母親の演技は。

王妃が王子に対立しているのは周知の事実だ、白々し過ぎる。

本当にどの口が言ってんだ。


もう一通りの子と話もとい嫌味合戦は終えたし、慣れないパーティーに気疲れしたことにして帰ろう。

うん、そうしよう。

義務は果たしたとばかりに疲れた風を装いながらイオンの元まで向かおうとする。

やーっと、帰れる。

よっしゃあ、まだ昼過ぎだけどベッドにダイブしてやる!


「ちょっと良いかしら?」


しかし、後は抜け出すだけのルシアにそうはさせまいとフラグが顔を見せた。

出たよ、嫌がらせパート3。

タイミングが神がかり的に最悪過ぎだろう。

しかも今回、この場合は親玉なのか中央に居るのは第一王女だ。


ガブリエラ・ガラニス。

桃色の髪に緑色の目、キツい表情も全て母である王妃譲り。

まるで王家の特徴が見事に出ていない王女だ。


「はい、何でしょうか。王女殿下」


「率直に言うわ。貴女、カリスト兄様やレジェスに近付くのをやめてちょうだい」


はい?

え、無理じゃないですか、そんなの。

ルシアは王女の無茶な要求に腹を立てるより先に呆れてしまった。

レジェス王子は大事なメンタルケア要因だし、そもそも王子は婚約者である。

どちらもルシアから近付いた訳でもなければ、そもそも第三者でしかない他人に口出しされる(いわ)れはない。


「......」


さて、初発言から理屈の通じる相手ではなさそうだとは分かった。

無難に逃げられないかなー。

王子は参加してないし、イオンの元までは少し遠い。

誰かー、助けてー。

いや、誰も居ないけど。

何で人気のないところに来たよ、ほんとに。


「目障りなのよ、カリスト兄様の婚約者が貴女なんて。たとえ、未来が無くてもね」


えぇえ、レジェス王子よりそっちなの?

うわ、その恨めしそうな表情マジなやつじゃん。

王女はどうやら王子を異性として好きらしい。


まぁ、イストリアでは異母兄妹間の婚姻は可能である。

普通に恋する乙女、他の令嬢と彼女は何も変わらない。

いや、身分があるだけ厄介か。

そもそも私を婚約者にしたのは他でもないあんたの母親だよ!

ルシアは見当違いの言いがかりに目を呆れに据わらせた。


それに、もし王子の婚約者が決まらないままでも王女がその座に就くことはなかったはずだ。

まず、王妃がその気であれば、ルシアなんかが納まる前にそう決まっているはずだし、何よりも国王が許さないと思うからだ。

あの実の子も駒扱いの国王のことだ、いくら王女が普通の女の子と言えど、そんな私情は認めない。


元より、王女というのは政略において、最も分かりやすい対価である。

他国の王族、国内の貴族、どちらでも王女の婚姻は大抵の場合、友好を示す為に利用するものだ。

ある種の人質だ。

だから、どうやったってこの王女が王子の婚約者になることはない。

ああ、何だか可哀想になってきた。


今まで同様、下手に反撃せず、だんまり戦法の私が何の反応もしないことに王女が苛立ち始める。

あー、感情を制御出来ていない様子は良くも悪くも普通の女の子だ、などと考えているルシアはその戦法がほぼ毎度、面倒な結果を引き寄せていることに気付いていない。

そして例に洩れず、王女は苛立ちのままにまさかの行動に出た。

ルシアを噴水へ向けて突き飛ばしたのだ。

うっそ、でしょ!!

ルシアは濡れるのを覚悟して目を(つぶ)った。


「わっ!?」


「ガブリエラ姉様、こういったことは関心しません」


突然、別の方向へと背を突き押されて、ルシアはよろめく。

しかし、同時に聞き馴染んできた幼い声と水音を聞いて、ルシアは慌てて振り返った。

ルシアの背後で大きな音を立てて、ルシアの代わりに盛大に噴水に浸かっていたのはレジェス王子だった。


「!?レジェス殿下!ご無事ですか!」


「うん、大丈夫だよ」


上着を脱ぎながらも立ち上がって、レジェス王子はにこやかに返してくる。


「なっ、レジェス!!」


「!ルシアお嬢様!!」


王女が声を上げると共にさすがの異変に留まっていられなくなったイオンが駆け足で駆け寄ってくる。


「姉様、これ以上、騒ぎになるのは良くないですよ」


「っ~!!」


レジェス王子の追い打ちに王女は声にならない叫び声を上げて立ち去った。

あー、余計に騒ぎが拡大したな、とルシアは内心でこの後のことを考えて、嘆息する。

それはそれとして、ルシアはまず目の前のことに目を向けた。

それはルシアを庇って水浸しになってまったレジェス王子のことである。


「レジェス殿下」


「うん、本当に大丈夫だよ。けど、これじゃあ戻れないから僕はここで退席するね。ルシア姉上も怪我はない?」


「ええ、わたくしはありませんけれど...」


「なら、良かった。ルシア姉上も、もう帰った方が良いよ。じゃあね」


手を振ってあくまでも笑顔を崩さないレジェス王子に、やはり無垢なだけの子供じゃなく王族なんだな、とルシアは思う。

下手したら王子よりずっと王族に相応しいんじゃ。


もし、なんてのはそれこそ王子がどうなるか分からないから私としては許す訳にはいかないけど。

レジェス王子が王となっても王妃政権なんてのにはならないんじゃないかな、と。

ルシアはイオンに手を引かれながらも考えたのだった。


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