151.教皇という人物
エクラファーンの謁見の間。
今まで案内してきたジュストはルシアたちに一礼をしてから城主の座す椅子の脇へ捌けた。
ルシアはフィデールと並び、優雅に淑女の最高礼を取った。
隣でフィデールが、ルシアの後ろにはクストディオが膝を突いて頭を垂れていた。
「どうぞ、お顔をお上げください。イストリアの第一王子妃殿下、そちらの妃殿下の護衛の方も。それにフィデール、お前もだよ。」
柔らかい声が降ってきてルシアはゆっくりと面を上げた。
そうして視界に入ったのは前方、一段高くなった位置に設置された椅子に座す一人の男の姿だった。
本来ならその位置には玉座があるところだ。
しかし、設置されているのは真白い石造りが美しくはあるが、質素な椅子だった。
謁見の間だというこの広間も豪奢な造りをしていなかった。
代わりにとても厳粛で静謐な印象を受ける。
それもこれもあくまで教会としてのエクラファーンの在り方が故か。
それでもこの場が特別な場所だと、神聖な場所だと感じられるのは、偏に目の前の男が居るからだ、とルシアは感じたのだった。
前方の男はこの城の城主であり、エクラファーンの教皇クレマンス・ミィシェーレ、その人。
ルシアよりもずっと白髪に近い銀糸の長い髪に、神秘的な紫の瞳を持つ男。
その姿は酷く中性的で同じ人間か怪しく思えた。
王子とはまた違う汚れなき整った美貌はとても穏やかな微笑みを湛え、人の緊張を意図も容易く解してしまいそうな、まさに神聖という言葉を体現したかのような人だった。
ルシアは成る程、現教皇は信徒が多く、慕われた統治者と名高いはずだと思った。
「拝謁賜り光栄に存じます。わたくしはイストリアの第一王子が妃、ルシア・ガラニスと申します。こちらはわたくしの護衛のクストディオという者です。本日はエクラファーンの教皇猊下へ謝罪をと参りました。」
「それはご丁寧に。ルシア妃殿下、そう畏まらずともよろしいですよ。謝罪をと申しますが私は謝罪を受けるような事柄があったと思っておりません。それどころか、うちの養い子が大変お世話になったようで......申し訳ありませんね。」
「いえ、そんなことは...エクラファーンの大事な後継者を勝手に連れ回したのはわたくしの不徳の致すところですわ。」
もう一度、頭を垂れて口上を述べるルシアに教皇は微笑みを浮かべた顔を少しだけ困り顔に変えてルシアの言葉をやんわりと否定した。
ルシアも同じように申し訳ない表情で顔を上げながら言葉を紡いだ。
「いや、今回のことはクレマンス様でもルシア妃殿下の責任ではなく、私の身勝手な行動が全ての原因です。ご迷惑をおかけしました。」
「いいえ、良いのですよフィデール。最近はめっきり大人しくなってしまった貴方に私は誇らしく思うと同時に寂しくも思っていたのです。まさか、突然に他国へと向かうとは思いませんでしたが、貴方がそう判断し行動した大きな理由があるのでしょう。私はそれを咎めるつもりはありません。」
「クレマンス様......。」
ルシアと教皇、二人の謝罪合戦が始まりそうな中、声を上げたのはフィデールだった。
同じく頭を下げ、自身の非を告げるフィデールにルシアは口を挟もうとしたが、それよりも早く教皇がフィデールに柔らかなままの声をかけた。
教皇のその全てを許容するとも思える微笑みと言葉に今後はフィデールが眉を下げた。
「これでは謝罪ばかりになってしまいますね......この話はここまで、誰にも非はないということで。よろしいですか?妃殿下。」
「...寛大なご配慮、痛み入りますわ、教皇猊下。」
ルシアも眉尻を下げたまま教皇の言葉を許容した。
...お咎めなしで終わらせてしまうとは随分とこちらに甘い結果になった。
それでも否を唱えないのは教皇の微笑みや声が何処までも穏やかなものだからだろうか。
どんな者であってもその決定に思わず頷いてしまうような、否を言えないような魅力が教皇にはあった。
まさに神の如き包容力を持つ人か。
「さて、ルシア妃殿下。そして、フィデール。今回、私に会いに戻ってきた理由は謝罪だけではないと思うのですが。」
「!!」
ルシアは軽く息を呑んだ。
いやはや、見事に見破られていたようだ。
その人心を見抜く才もより信徒に教皇を神聖視させているのだろう。
「...はい、クレマンス様。身勝手をした手前、誠に勝手なことなのですが、私はもう一度イストリアへと向かいたく。」
「良いですよ。」
イストリアの王宮での発言のわりに、多少は緊張があったのか、少し俯いていたフィデールが覚悟を決めたという表情で顔を上げた。
そして恐る恐るといった具合に紡いだ言葉に教皇は柔和な表情で二つ返事で許可を出した。
それにフィデールもルシアも目を丸くする。
「本当に......よろしいのですか?」
「ええ。成し遂げたいことがあるのでしょう?」
「......はい。」
あまりにもあっさりと出た許しにフィデールは確認をした。
教皇は微笑みを深くして強く頷いてフィデールに確信ある声で尋ねる。
フィデールは小さく、けれど強固な意志ある声で頷き返した。
「教皇猊下、本当によろしいのですか。わたくしは彼の力を借り受けたく思いますが、向かう先は安全とは言えないのです。」
「ええ、スラングが攻め入って来ていることはこちらへも報せが届いています。そして、此度のことと関係がありそうだと言うことも。けれど、フィデールが自身の意思で向かうことを決め、協力することを望むのであれば、私は背を押すだけです。ただ、フィデールを無事にお返しいただけますか。」
「ええ、それは勿論ですわ。彼はエクラファーンの次期教皇。しかと無事にお返し致します。」
対等な交渉において、大きなデメリットを話さないままなんていうのはあり得ない。
ルシアは危険性を教皇へと告げる。
しかし、返ってきたのは教皇としてというよりフィデールの父親としてのような言葉であった。
ルシアはその言葉に背筋をピン、と張って教皇の願いを守ると強く頷いてみせたのだった。
この作品を書き始めてから4ヶ月という月日が経ちました。
いつも拝読してくださる皆様におかれましては本当にありがとうございます!
ルシアたちの物語を楽しんでいただけているでしょうか?
楽しんでいただけていたらとても嬉しいです。
まだ物語は折返しではありません。
これからも出来れば最後まで長く応援していただけると幸いです。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
これからもよろしくお願い致します!!
それでは次話投稿をお楽しみに!




