146.手紙の中身(前編)
「クリス様、そちらの指揮は......。」
「ああ、こちらは僕が指示を出すから......そうだね、ここで合流が最善かな?」
「...ええ、そうね。カリストの方も同じ結論を出したからこの作戦なのだと思うわ。」
拠点のテントに設置された机へ広げられていたのは簡易的ではあるが地図だった。
その机を挟み、話し合っているのはルシアとクリストフォルス。
二人は地図の上を指の腹でなぞっては話を進めていく。
日も傾き始める中で繰り広げられる、これからの作戦に対しての会議は開始から既に一刻という時間が経っていた。
ルシアは到着後、待ち構えていたクリストフォルスに連れ立ってテントへ入ってからも同じく一刻になる。
常人以上の膂力を持つ半竜と竜人に、本当に人間かと問い質したくなる人間四名の組み合わせが途中休憩を断念した結果、なんと行きの半分以下の時間で目的地の拠点までルシアを辿り着かせたのだった。
まあ、辿り着くなりダウンしたけども。
さすがにきつかったかー。
そう思うルシアもずっと背で揺られていて疲労が溜まっていない訳ではないのだが、やはり自身で駆けた彼らほどの疲労はなかった。
その点、この道のりをアエーマは準備運動程度と宣い、ヒョニは息切れ一つなく水分補給なども一切必要してない辺り、さすが半竜に竜人と言ったところだろうか。
アエーマに関してはニキティウスやフォティアより年上なことと個人としても体力がある方だと思われる。
どちらにせよ、イオンたちも含めて私の周りは超人ばっかりか!!
実際は普通の人も居るのだが、やはり卓越した何かを持つ者の方が目につくもんね。
決して私だけが普通ではないんだよ。
そう考えているルシアも頭脳面や思考に関しては到底普通ではないと、口に出していたなら誰かが指摘したことだろう。
「予想外なことが起きた場合はどうしようもないけど、取り敢えずはこれで擦り合わせは完了、かな。」
「ええ、大丈夫よ。後は臨機応変にとしか......充分、細部まで情報共有出来ているわ。」
イレギュラーに前もって対応なんて限りがある。
作戦そのものの情報共有は声に出した通り、緻密な部分までこの一刻のうちに出来た。
「じゃあ、後は明日に備えて。ルシア、移動直後で疲れてたところにごめんね。もうゆっくり休んで。」
「ありがとう、クリス様。」
「うん、疲れも軽く出来ると言っていたからフィデール殿のところへ行くと良いよ。」
素直にクリストフォルスの労いへ礼を言えば、返ってきたのはそんな言葉だった。
「いつの間にそんな話をする仲に...?」
「君たちが居ない間にちょっとね。」
フィデールとクリストフォルスに元々の接触はなかったようだから彼の言葉は本当なのだろう。
クリストフォルスの返しが少しだけ要らない話をしてそうで怖いけども、これは指摘しては駄目な気がする。
「...まあ、良いけれど。フィデールには用事があるの。ついでに治癒魔法をかけてもらうことにするわ。」
「うん。そろそろ君の護衛たちも復活している頃だろうから後は彼らに任せて、休憩は取るんだよ、休憩を。」
「そこまで念押ししないでちょうだい。」
王子の手紙の件はここへ直行した為、保留中だった。
中身も気になるからフィデールのところには行くつもりだったのだ。
まあ、イオンたちにはそれこそ明日に備えてもらわなければならないから私が出来ることはやるけども。
そんな思惑ついでの、都合の良い部分だけにではあるが素直に頷いたルシアへ、それでもクリストフォルスは念を押す。
あまりにも露骨なそれにルシアは呆れた声を返した。
クリストフォルスにまで言われるほど無謀者なのか私は?
「だって、ルシアに何かあったら僕もカリストに怒られるから。嫌だよ、あいつが怒ると僕じゃ手に負えない。」
「あら、そんなこと......。」
ルシアは途中で言葉を切って視線を逸らした。
それはルシアのことで王子が怒らないと思ってのことか、はたまた怒れば手に負えないの方か。
ルシアだって説教で王子に雷を落とされ慣れているけれど、それは今でも出来ることなら回避したいし、本当に怒ったところを見たことがないので断言出来ないがルシアでも王子を止められるとは思えないのだった。
そんな気不味げなルシアの様子にクリストフォルスは苦笑する。
「気をつけるわ、ベッドの上で説教を聞かない為にも。」
「ああ、そうしてよ。僕の為にも。」
冗談のような言葉を真剣に交わしながら、ルシアはクリストフォルスに見送られるままテントから外へ出たのだった。




