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144.重要なのは


「わたくしは貴方たちの力が世界を救える、なんて言いませんわ。」


視線を集める中、にっこりとしたルシアの第一声は王子の言葉を真っ向から否定するような一言だった。

そのまさかの一言にこの場の全員が目を見張っている。

それを見てもルシアは意に介さず、口を弧にする。


「世界なんて、大きなことを言いません。国を、とも言いませんわ。大事な人たちが傷付いて欲しくない、ただそれだけ。それだけをわたくしは理由に行動しているのです。それは貴方方も同じでしょう?」


同意を求めるような表情でルシアがケオを、ヒョニを見つめる。

しかし、ルシアは二人の返答を聞くつもりはなかった。

ただ私の話を聞け、と目の奥の青い炎が告げている。


「わたくしにとって知らぬ他人でもそれは誰かの大事な人たちだわ。もしかしたら、わたくしの大事に思う人の大事な人かもしれませんわね。結果としてそれがわたくしにとっては国という規模になってしまったのだけれど。」


ふぅ、と息を吐くようにルシアは告げる。

不本意ながら、というルシアの感情がよく伝わってくる言葉と表情だった。

別に高尚なことを言おうとなんて思っちゃいない。

国を守ろうとしている人がルシアの大事な人たちなのだ。

彼らを守ろうとするなら国を守らなければならない。


「...ここは戦場になる、これはもう(くつがえ)せないでしょう。けれど、貴方方には逃げるという選択を取れるだけの力がありますわ。」


「えーと、ルシア様?」


先程と全く違う方向に進みつつある話に、そして何より協力を欲すると言いながらもそれ以外の選択肢を示すルシアという少女にケオが困惑でいっぱいという声でルシアの名前を呼んだ。


「けれどね、貴方方には敵を払う力もありますの。やっと馴染んできたこの地を守るだけの力を。そして何よりもその身だけではない、その心をも守り抜く力が。」


「!」


「貴方方にわたくしたちを、イストリアを救う義務などありはしないわ。けれど、荒れた地で生きてゆくのは想像以上に心への負担を()いることでしょう。」


ルシアの言葉に息を呑んだのは誰だったか。

そんなのは別にどうだって良い。


「貴方方だけではなく、これからを生きる子供たちにもそんな負担を強いることがないように。」


私たちだけじゃない、これからのことなのだ。

ルシアは憂いなく笑う子供たちをそれこそ国内外問わず見てきた。

何よりここの子供たちがここを気に入っていることをただ窓越しに見るだけでも伝わってきた。

誰だってせっかく馴染んできた土地を追われるように引っ越ししたくないでしょ。


「わたくしが本当に守りたいのは世界ではない。そして、国でもない。ただ大事な誰か、そしてその心。何よりわたくしの(すこ)やかな精神衛生状態を。」


そんな些細な願いで良い。

誰もが持っているような、そんな小さな。

当たり前に感じられるほどになってしまった、そんな怠惰な日常が続くことを。


「貴方方の願いがわたくしと同じなのであれば、それを成せるだけの貴方方の力をわたくしたちに貸してちょうだい。」


ルシアが言いたいのは一つ。

個人の平穏を願うその想いが一緒ならその為に力を合わせることが出来るだろう、ということ。

どちらかに頼りきる訳ではない。

だからこその交渉と協力である。


貴方たちが力を貸してくれるなら私たちも私の力を貸すし、彼らの分も全て責任を背負おう。

そもそもそれが身分ある私たちの役目だ。

武力のない私の戦い方でもある。


...まあ、要は王子と同じで利害が一致しているなら手を取り合えるはずだと言う話だ。

結局、結論は同じなんだよねー。

利害関係は契約で上下なんてないから、今までのようにイストリアへ仕えよ、と言っている訳ではない。

ただ、この危機を脱する為に。

この場限りで良いから協力して欲しいと。


「...平民だとか、貴族だとか、王族だとか。」


「はい?」


ルシアが小さく呟いた言葉にケオが首を(かし)げた。


「......アエーマが言っていたわ。人のそういった身分による地位の差が分からないと。これはとても竜人(りゅうじん)らしい考え方なのでしょうね。」


ルシアはちらりとヒョニを(うかが)う。

先程から聞き入るだけだったヒョニはルシアの視線を受けて首肯した。

竜人が評価するのは純粋な力量。

だったら。


「ならば、人間だとか竜人族(りゅうじんぞく)だとか、それだってさして問題ではないのではなくて?」


ルシアは少し悪戯(いたずら)っ子のように微笑んだ。

ルシアの根本から覆すような一声に誰もが言葉を失っているようだった。

まさに目から(うろこ)という表情にルシアはついつい音を立てて笑う。


人間だって弱く竜人族に劣るばかりではない。

評価される力量を持つ人間だって居る。

普通の人間でも竜人族とはまた違う部分で(まさ)っている部分だってあるはずだ。


ねえ、身分がどうのというのが重要ではないというのなら、人間か竜人族かなんていうのも重要じゃないんじゃない?

ただ、自分の住む地を守りたい同士が力を合わせるそれだけのことだ。

昔の確執だの種族が違うだのくだらない。


「ふ。」


「え...!?」


くす、と笑い声のような声が聞こえてルシアは笑みに細めた瞳を丸くした。

その声が女性のものだったからである。

見ればヒョニの(かたく)なだった無表情が壊れ、(わず)かに口元が弧を描いていた。

王子もルシアと同じような表情を浮かべ、ケオに至っては驚き過ぎてガタリ、と椅子の音を立ててしまっていた。


「ルシアの言う通り。大事なことはそこじゃない。大事なのはこれからの自分たちの平穏。」


アクアマリンの瞳が陽光を受けて揺らめいていた。

この時だけは、この瞬間だけは伝わってきた。

ヒョニの全く読めなかった感情が。

彼女は心底楽しそうに笑っている。

ルシアの言葉に満足するかのように。


その女神もかくやという表情にルシア目を細めた。

王子とはまた違うけど美女の楽しそうな様子は迫力があるな。


「ほんとによく似てる、マリアに。」


「まあ。」


そうだったのか。

マリアネラ妃に関しては容姿以外詳しくないので知らなかった。

彼の妃も弁が立つ人だったのね。

そういえば才媛だったと言われているし。

遠縁とはいえ、容姿が似るくらいには中身も似ていたよう。

これってもう、オルディアレスの女性の特徴なんだろうか。


「ケオ。」


「はぁ、分かったよ......ヒョニがそう言うなら僕らは断る理由はなくなる。王子、協力しよう。互いの平穏の為に。」


「......ああ。」


ヒョニが隣に座るケオに呼び掛けた。

ケオはテーブルに肘を突いてため息を吐いた後、のろのろと顔を上げて王子に向き合った。

そして、ケオの差し出した手を取って王子は(うなず)いたのだった。


まさにこれが王子と竜人族が最初に手を取り合った、その瞬間だった。


昨晩は急な休みで申し訳ありませんでした。

昨日のうちに活動報告にてお知らせしてはいたんですが、ここでも一応。

作者の諸事情というやつでした。


さて、次くらいでそろそろ状況が動きそうでしょうか?

皆様、拙い作品ではありますが引き続きお付き合いくださると幸いです。

コメントもいただけるととても嬉しいです。

いつも誤字報告をしていただける方もありがとうございます。


作者の多忙期が終わりを告げ、2月はもっと執筆に時間がかけられそうなので頑張っていきたいと思います。

それでは拝読いただきありがとうございました。

また次の投稿にて!


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