142.再び交渉へ
「驚いた。」
ヒョニは抑揚のない声でそう言った。
無表情と合わさってそれは棒読みに聞こえ、傍目からはヒョニの感情は全くそう見えない。
けれど、彼女なりに驚いてはいるようだった。
「あの小さな幼児が。」
続いて溢された言葉でルシアは得心がいったと頷いた。
人でさえ、暫く会っていない子供の成長速度には目を見張るものがある。
こと長命種のヒョニにとっては王子が既に大人と言って良い姿をしていることがとても驚くことだったのだろう。
「...幼少期の俺に会ったことが?」
「このくらいの時。」
王子の問いにヒョニは頷き、手を軽く開いて示してみせた。
そのサイズは精々立ち上がり始めた頃の赤子だ。
そりゃ、王子は覚えてないわ。
「...とりあえず、ヒョニさんはこちらのお部屋へいらしたらどうかしら?このままお話するのもなんですし、わたくしまだヒョニさんとお話したいわ。」
「......分かった。」
いつまでも窓越しで会話するのもなんだろうと、ルシアはヒョニに声をかけた。
元々長話する予定ではなかったけど、王子が会話に参加してしまったし。
彼女の知る先王の御代の話は後々に役立つかもしれないし。
ルシアの提案にヒョニは了承を述べ、窓から離れて入り口に向かう。
窓の前に居たルシアは何気なくそれを目で追っていると、角を曲がるところでヒョニは立ち止まりこちらを向いた。
真っ向から視線がかち合ったルシアはたじろいだ。
「ヒョニ。」
「え?」
「ヒョニ。私の名前。さんは要らない。」
ヒョニの言葉は少々言葉足らずである。
ルシアは何を言われているのか、測りかねて首を傾げた。
それを見て、ヒョニは言葉を続けた。
漸く意味が分かったルシアはああ、と納得したが、それでもヒョニの言葉は足りていない。
「竜人は敬称を必要としない。」
「......では、ヒョニ。お部屋でお話を聞かせていただける?」
要するに馴染みがないから止めろ、と解釈したルシアはヒョニの無表情ながらも確固たる要求と受け取って素直に言い換え声をかけた。
ヒョニは首肯して今度こそ角を曲がっていった。
靡いた髪が壁の向こうへ消えたを見送ったルシアは窓を閉めて、やっと外から室内へ向き直ったのだった。
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「本当にヒョニもついてくるの?」
「私も話がある。」
「あら、そうなのね。」
隣を歩くヒョニにルシアは尋ねたがやはり淡々とした返答が返ってきた。
今、ルシアは再び交渉に向かう王子と共にこの集落の代表者に会いに行っているところである。
それについてきたのは王子より後に部屋へ現れたフォティアとルシアの護衛としてノックス、そして何故かヒョニだった。
部屋で幾つかの話をしたヒョニはルシアたちが離席すると共に立ち上がりついてきたのだった。
「ルシア。」
「分かっておりますわ、最低限しか口を挟みませんから。」
ヒョニとは反対側からの声にルシアは振り向き見上げる。
ただ名前を呼ばれただけで内容を理解したルシアは王子に微笑んだ。
どうせ出来る限り自分で、とか言うんでしょ。
「けれど、あまりに芳しくないのであれば口を出すでしょうからご了承くださいね。」
「......そうならないように善処しよう。」
少しだけ逸らされた王子の視線を追いかけることはしない。
まあ、王子なら大丈夫だと思うよ。
そうしている間にも目的地へ辿り着いた。
王子が前に出てその部屋の扉をノックする。
「あー、王子。何度来られても......。」
「ケオ。」
部屋から出てきた青年が断りの文句を言いながら顔を上げて、そこで固まった。
それに動じずヒョニが声をかけた。
この代表者らしい青年の名前はどうやらケオというらしい。
人外の整った顔を持つ竜人族にしては大人しい容姿の青年だった。
髪色も茶色と一般的に多い色だ。
歳はヒョニと変わらないくらいである。
あれ、ならそれなりに年上だろうか?
「貴方が代表者の方?」
「へ?え、えーと貴女は...。」
「わたくし、カリスト様の妻のルシアと申しますわ。」
口端を持ち上げ告げるルシアにケオはサンストーンの瞳を瞬かせ、何故か王子もきょとんとした表情を浮かべたのであった。




