139.千客万来
「なあ、お嬢ちゃん。こっちはどうだ?」
「...アエーマ、どれを持って来てもわたくしは口にしないわ。」
横合いから半竜の青年が次々にたくさんの種類の果物をルシアの眼前に押し付けてくる。
もう幾度目かというところでさすがに堪らないといった表情を浮かべたルシアは青年の差し出す果物を押し返した。
ルシアがアエーマと呼んだ、青年は正しく番人と言い、牽制だと言って挨拶代わりに槍を投げつけてくれたあの青年である。
あの対峙はアエーマが考え事に首を捻っている合間に、先に集落へと向かっていたフォティアとニキティウスが集落の半竜と共に引き返してきたことで幕を閉じた。
そして、そのまま集落へ案内されて今に至る。
現在、王子は代表者としてお話し中。
傍にはフォティアとニキティウスがついている。
対して残りの私たちは不審な行動をせぬようにと見張りをつけられ、一室で待たされている状況だった。
そして、半竜たちがその見張りとして寄越したのはアエーマだったという訳だ。
ルシアは番人としての仕事は良いのか、と尋ねたがアエーマから返ってきたのは後少しで交替だったんだからちょっとくらいは良いだろ、という呑気としか言えない言葉だった。
いや、仕事はしっかりしろよ!
そして、別の奴に見張りをやらせろよ!
と、思ったのは出会い頭で既にアエーマが面倒なタイプだと感じ取ったルシアである。
実際にルシアの護衛たちはぴりぴりしっぱなしで、王子の側近たちに関してもアエーマのルシアに対する無遠慮な態度に表情が欠落していた。
「あー?美味しいぞ?これ。」
アエーマはつれないルシアの言葉も気に止めず、差し出した果物の一個を口に頬張った。
「少なくともカリスト様がお戻りになるまでわたくしは何も致しませんから放っておいてくださいな。」
果物にもお茶にだって口をつける気はない、とルシアは言外に告げる。
部屋からも出ないのだから良いじゃないか、とも。
「つれねーなぁ。それに回りくどい言い方ばっかりだ、つまらねぇ。」
悪かったな、と素が出そうになりながらもルシアは口を引き結んだ。
しかし、この程度で臍を曲げてそっぽ向くことがないくらいにはルシアの飼い猫は昔からよく馴染み、大変行儀が良い。
反応の薄いルシアにアエーマはぶーぶーと文句を垂れ流しながらもルシアたちに危害を加える気はないように思えた。
「......?」
話は以上だ、とアエーマから顔ごと視線を逸らしたルシアは逸らした先で目に映ったものを凝視した。
窓際いっぱいに座っていたルシアの視線の先は窓を通り越して外に向かって続いている。
「ん?なんだー?ああ、うちのガキ共じゃねーか。......何やってんだ、あいつら?」
いつの間にか立ち上がってルシアの横に立っていたアエーマは窓に手をかけてルシアの見る外を覗き込んだ。
そう、外では先程から半竜の子供たちが遊んでいた。
それはこの部屋に案内されて最初に窓の外を見た時に気付いていた訳だけども。
ただルシアが気になったのは子供たちがえらくはしゃいでいることだった。
何かあったのだろうか?
「...とても嬉しいことでもあったのかしら?」
「ガキ共が喜びそうなことぉ?......今日、何かあったっけ。」
アエーマは首を捻り、頭を掻いた。
記憶を探っているのか、彼の視線は斜め上を漂っていた。
「あら?」
「なんだ、どうしたお嬢ちゃん......おぉ?」
急に声を上げたルシアにアエーマが視線を戻し、そしてまた外を向いた。
その先に映ったものにアエーマの丸みを帯びた楕円の瞳孔がきゅう、と細まったのをルシアは目の端で捉えていた。
「んー、今日は随分と客が多い日だなぁー。」
「では、やはりあそこに居る方は......。」
嘆息のちに腕を組み、しみじみと呟いたアエーマにルシアは外を指した。
護衛たちも別の窓から何事か確認するように覗き込む。
彼らの視線の先には半竜の子供たちに囲まれた、その半竜たちよりずっと鋭利な瞳孔をした美女の姿があったのだった。




