13.王子の仲間と陰謀の影(後編)
不穏な話を耳にしてから、それでも数日経たずにイオンのお陰でルシアはほんの一部だが、件に関する情報を手に入れていた。
こういう時、イオンは絶対に情報を秘匿したりはしない。
それをすれば、ルシアが勝手に一人でも動くことをこの2年間で身をもって知っているからである。
私が言うのも何だが、そちらの方がずっと面倒事になるので協力体制が取れるのは有難い。
「お嬢様」
「ありがとう、イオン」
今日のルシアは王子の稽古を見学しながら、日陰で読書中であった。
見える場所に居るのでルシアに付き添いは付いていない。
ルシアはイオンが持ってきた追加の本を受け取ったように見せながら、挟まれた報告書を見た。
それにしても、イオンは別に密偵専門という訳ではないのによくやっている。
本当に私の周りには何か事情を抱えた有能が多過ぎる。
イオンは大抵のことはすぐに持ってくるし、正確だ。
どういう方法で熟しているのかは怖くて聞けないが。
昨晩も出ていたようで朝も居らず、結果、王宮で合流となってしまったのだった。
......そういえば、いつ寝ているんだろう。
うん、隈があるのを見かけたことはないので最低限の睡眠は取っているんだろうけど。
「...お嬢。ちょっと」
「なあに、イオン」
イオンが横に腰を落した状態で小声で話しかけてきたので、ルシアは見向きもせずに本もとい報告書に目を落しながら返した。
「昨晩のことなんですけど、ちょっと同業者と交戦したんで報告しときますね」
「...ほどほどにしておきなさいよ、貴方」
堪らずといった様子でルシアは顔を上げて半眼でイオンを見た。
時々、ケロッとした顔でこういう危うい報告をしてくるので再三に渡ってブッキングや危ない橋に遭遇した時は逃げろと言っているのだが、この馬鹿は聞かないのである。
「どうかしたのか?」
前方からの声にルシアは肩を跳ねさせた。
そちらへ向くと休憩に入った王子が殊の外近くに居た。
あー、吃驚した。
「いえ、イオンが持ってきた本を間違えているわね、と話していたのですわ」
全く表情に出さずにルシアは平然とシラを切り通す。
横からえっ、と声が聞こえてきたが知らない。
「丁度、読み終えたところですし、わたくし、自分で借りてきますわ」
「それなら僕が行きますよ!」
ピオが横で手を上げていた。
その仕草は子供らしく可愛いらしい。
「ありがとう、ピオ。でも貴方も稽古中でしょう?騎士見習いならば稽古は大事だわ」
ルシアの言葉にしゅんと子犬のようにピオは手を下ろした。
あぁあ、ごめんよー。
「イオンと参りますから大丈夫ですわ」
さっさと立ち上がったルシアは有無を言わさぬ速さで且つ、お淑やかに皆に見えない角度でイオンを引っ張るという高等技術を駆使しながら図書館の方へ歩き出したのだった。
ーーーーー
「イオン、処分をお願いね。」
もう目を通し終えた報告書をイオンに渡す。
すると、彼は掌に出した火で燃やしてしまう。
そうなのだ、イオンはほんの少しだけ魔法が使える。
主に掌サイズの火と水くらいだが。
この世界には魔法が存在する。
割合としては2割強と少ないけれど。
因みに言うと、ルシアには魔法は使えない。
折角、魔法がある世界なら使いたかったよ!
しかし、魔法は生まれ持った性質こそが一番の要素だ。
泣き言を言ったところで使えるようにはならないので大人しく諦めることにした。
いや本当に、この世界はいい性格をしている。
「...が、...だ。分か...」
道中でまたもや、何かを秘密裏に話し合っているような声をルシアの耳は拾う。
見ると貴族で厳しい表情をして何かを話していた。
幸い、今回もこちらには気付いていないようだ。
ルシアたちは気付かれないように近くの物影に身を潜めた。
「イオン」
呼び掛けると彼のアメトリンの瞳が是と伝えてくる。
さすが、イオンだ。
イオンは一発でルシアの指示を読み取った。
ジェスチャーで私は戻ると合図を出して、一人で一歩下がった。
ここからならこのまま図書館へ向かうより戻る方が近いし、王子たちには適当に誤魔化せば良い。
さて、王子たちになんて言い訳しようか。
道中に面倒な方々が居たからイオンに本の返却だけを任せて引き返してきたとか?
これなら最初の一回のみで済んでいるがその一度を目撃されているので、王子は令嬢たちと遭遇しかけたと思ってくれるだろう。
イオンに任せるならば、私は人の居る場所に居た方が気掛かりになることがなく、お互いにスムーズに動ける。
ルシアたちは数十年来の長い付き合いがあるかの如く、完璧な意思疎通を図り、イオンは貴族たちの追跡へ、ルシアは訓練場へと足を向けたのだった。




