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134.奪還戦


イストリアの隣国である(とりで)の国アルクスの北部、ファウケースの街がスラング兵の手に落ちた。

スラングとの最初の戦いに勝利して間もない、終戦から4日後に戦場となった地でその伝令を受けたのだった。

報せを受けて既に10日が経過していた。


「...何も、貴方まで来ることはなかったのよ?」


「どうせ寄り掛かった船だ、最後まで付き合おう。」


ルシアは横に座る橙色の髪に葉色の瞳をした少年に既に何度も繰り返している言葉を投げ掛けた。

それに対して少年は感情を揺らすことなく、今までと全く同じ返答をする。


「...既にかなりの長期無断外泊だけれど。」


「ここまで来たら、一日延びようが一ヶ月延びようがさして変わらん。」


いや、一ヶ月は長いよ。

堂々と言い放ったフィデールにルシアは呆れ顔になった。

フィデールはゲリールの民たちの集落へ向かう時点で同行しており、既に十数日という時間を無断外泊しているのだ。

それって次期教皇という立場的にどうなんだ。

まあ、半分くらい私に原因がないとは言えないけど。


「後で教皇の好みを教えてちょうだいね......。」


ルシアは弱々しく肩を落としながら呟いた。

これは本当に謝罪と菓子折りが必須案件。


「それは良いが......それより、王子は何処へ?先程から姿が見えないが。」


「ああ、カリストなら偵察と言って行っちゃったわ。クストも連れていったわよ。」


周りを見渡して問うフィデールにルシアはさらっととんでもないことを告げた。

それにフィデールが目を見張るが、ルシアは南西の空を見上げていてそれ以上答えなかった。


本日の天気は端から端まで余すことなく(くも)りだ。

影が落ちた時のルシアの瞳のような灰色の空だ。

こんな天気だと春だとはいえ少し肌寒い。

生い茂る木々の隙間を風が縫い、ルシアの銀色の髪を(なび)かせた。


現在、ルシアが居るのは自国イストリア。

の、北東の端。

(りゅう)()と呼ばれる大渓谷と冬明けずの山波の隙間を伸びる森林の中である。

周囲にはイストリアの兵士たちが行き()い、そんな中でルシアはフィデールと倒木(とうぼく)に腰掛けていた。

理由は(ひとえ)に王子とイオンにそこから動くな、といつも以上に言い含められたからである。


では何故、イストリアの南東の国境に居たはずのルシアたちがイストリアの中でも人が住める最北の地付近に居るのか。

それはあの報せを受けて、急遽(きゅうきょ)予定を変更し(くだん)の地に向かうことにしたからである。


しかし、既に落とされたファウケースの街に近付ける訳もなく。

結果、例の侵入路へも繋がっている竜の尾を挟んだ対岸のイストリアの北東のこの地へ来たのだった。


勿論、滅茶苦茶な強行軍だった。

いや、大丈夫って言って押し切ったのは私だけど、よく病み上りにそんな無茶させたな。

状況が状況な為、なんとか王子が折れてくれたのである。

まあ、お陰様で山のように条件が積み重ねられたけども。

だから、ルシアはいつもならいくら言い含められようと動く時は動くというのに大人しく留まっているのだった。


うん、王子だったら本気でやるから。

条件を破った時点ですぐさま私は王宮に強制送還である。

それはもう完璧に、途中で逃げようもないほど確実に送り届けられることだろう。


「王子妃殿下。」


「!あら、テレサさん!ご無事だったのね!!」


背を向けていた方から聞こえた凛とした声に振り向けば、そこに居たのはテレサだった。

ルシアは思わずというように腰を上げて歩み寄る。


相変わらずの仕事の出来る女性の出で立ちをした彼女はファウケースに駐屯基地を構えるアルクスの北方騎士団の団長だ。

既にファウケースが落ちたとあって心配していたのだが、無事だったようだ。

ルシアは安堵に胸を撫で下ろした。


「おや、僕には何もないのかな?ルシア。」


「クリス様!」


テレサの後ろからひょこ、と顔を覗かせたのは若草色のふわふわした髪と柔らかい印象を受ける瞳をした青年だった。

ルシアは驚いてその青年の名前を呼んだ。

他でもない、彼はアルクスの第二王子クリストフォルスだ。


ルシアはまじまじとクリストフォルスを見返した。

柔和な印象を与える雰囲気は変わっていないが彼ももう17歳。

まだ幼さを残していた4年前とは違い、今目の前に居る彼には身長も伸びて頬もしゅっとした精悍(せいかん)さが見られた。


「どうしてこちらに?」


何でここに居るんだ、と心で思ったままにルシアは二人に尋ねた。

だって、いくらルシアや王子たちがファウケースの件で来たとはいえ、ここはイストリアの領土だ。

アルクスに籍を置く彼らが何故ここに居るのだろう。


「ああ、カリストが奪還戦に協力してくれるというから、ここをアルクスとイストリア合同の拠点にすることにしたんだ。竜の尾さえ越えればアルクスの南から進むよりここはずっと立地が良いからね。」


カリストが協力を申し出てくれて助かったよ、とクリストフォルスは続けた。

確かに勝手に他国の地へ拠点を立てる訳にはいかないもんね。


「そうなの。今、カリストはここに居ないのだけど...。」


「ああ、うん。途中で会ったよ、そろそろ戻ってくると思うけど......ねえ、カリストはさ、自分が王子だって忘れてるんじゃないかな~?」


「......。」


ルシアは無言で微笑んでみせた。

その件についてはノーコメントで。

なんたって王子本人が偵察に出てるんだとか、危険、無茶等々はその通りだが、危険に飛び込んでいく自覚のあるルシアには何も言えない。

下手に口を挟んだら特大ブーメランが返ってくる。


「...とりあえず、これからよろしくお願いしますわクリス様。」


「うん、協定相手としてよろしくルシア。」


ルシアは今後より張り詰められていくであろう空気に、これから立ち向かう敵を前に協力者としてクリストフォルスに手を差し伸べた。

クリストフォルスも(うなず)いてルシアの手を取る。


こうして、アルクスとイストリアが手を組んだファウケース奪還戦が始まったのであった。

因みに戻ってきた王子によって、ルシアと握手したクリストフォルスの手がさり気無く叩き落されるのは数分後の出来事である。


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