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133.平和はまだ遠い


「嬢さん、昨日一日中寝込んでたっていうのにそう動き回って大丈夫か?」


「ええ、フィデールが熱を下げてくれたから大丈夫よ...!?」


屋敷を歩き、負傷者を見て回っていたルシアは廊下の外からノーチェに声をかけられてにこやかに返事をした。

が、急に後ろから持ち上げられてルシアは驚きに目を丸くした。


「熱が下がっただけだろう。大人しくしていろ。」


「カリスト、だからって抱き上げて歩かないでちょうだい!!」


自分を持ち上げた犯人である王子は驚いているルシアを抱え直すとスタスタと歩き始める。

そこでやっと、ルシアは王子に抗議の声を上げた。

後ろであーあ、とノーチェが二人を見送った。


「カリストは本当に過保護よね。」


「それは己れの行動を(かえり)みてから言ってくれ。」


王子の言葉に図星を突かれたルシアはぐ、と言葉を詰まらせる。


「明日には王宮へ戻る。また熱がぶり返せば延期になるが...まさか君を置いていけとは言わないな?」


「......分かったわよ、大人しくするわ。」


王子の言葉は尤もだ。

屋敷では既に着実な出立準備が行われており、延期にでもなれば多くの人に迷惑をかけてしまう。


「けれど、その前にゲリールの民...グウェナエルの所へ行かせてくれるかしら?」


戦場で王子に連れ去られてしまったからグウェナエルとは話の途中だった。

何よりあの状況について少しは説明をしないといけないだろうし。

あの後、ルシアが寝込んでいる間に戦場の負傷者は全て街へ移動させたというからそれらの話も聞きたい。


「なら、広間の方か?」


「え?ええ、多分広間に居るでしょうけど...まさかこのまま行くつもり......?」


「ああ。」


なんて端的で明確な返事だろう。

...じゃない、降ろせ!!

ルシアの願いも抵抗も(むな)しく、王子に抱えられたままグウェナエルだけでなく多くの人が居る広間へルシアは連れていかれたのだった。



ーーーーー


「それはこちらに。人手に関しても足りてます。............えーと、ルシア、様。」


「なあに、グウェナエル。」


グウェナエルが持つ記録を覗き込みながら、話を聞いていたルシアは躊躇(ためら)いがちにかけられた声に首を(かし)げた。

グウェナエルの視線がルシアを(わず)かにずれる。

彼の見ているものが何か分かったルシアはああ、と声を上げた。


「降ろして、って言ったのに降ろしてくれないのよ。気にしないでちょうだい。」


「いや、王子様を無視出来るほど神経図太くないんですが。」


ちょっと不満気に告げたルシアに対して、グウェナエルは周りの視線も感じてか、とても居心地が悪そうである。

...だから、降ろせって言ったのに。

敬語で(かしこ)まったグウェナエルに申し訳ない気分になる。

ルシアはため息を吐いた。


広間の脇でルシアとグウェナエルは会話をしていた。

しかし、隅っこでありながら、この場所でここが一番注目をされている。

理由は言うまでもなく、王子が(いま)だにルシアを抱え上げているからである。

ただでさえ、王子は身分であれ容姿であれ一目を引くというのにこれでは目立って当然だ。


「...カリスト、降ろして。この際、ここに居るのは良いから降ろして。」


「それは聞けない。」


即答かよ!

まあ、広間に着いたのに降ろしてくれなかった時点でダメ元ではあったけど。

これではまるで幼い子供になった気分である。

子供に戻るのは一回で充分なんだけど。


「......グウェナエル、また後日改めて教えてくれる?」


「ええ、その方が良いです。」


こっちとしても、と続きが聞こえてきそうだ。

王子をどうにか出来ないなら、グウェナエルには悪いけど後日にした方が良い。

誰の精神的にも。


「なら、もう部屋へ戻るか。」


「ええ、貴方が居ては用事にならないもの。」


こちらを見上げて問う王子にルシアは容赦なくぴしゃりと言う。


「グウェナエルと言ったか。我が兵士の治療に尽力してくれている君たちには感謝している。それにルシアが世話になったな。」


「いえ、こちらこそルシア様には恩義がありますので。」


「今後は我が国に居を構えると聞いた。良い場所をこちらで用意しよう。また、扱いとしては私直属の治癒師ということになるが。」


「はい、山に籠っていた我々には勿体無いほどの大役ですが...有難く頂戴します。」


王子に直接声をかけられてたじろぎながらもグウェナエルは淡々と返答をしていく。

そして最後にルシアへと視線を向けた。

多分、グウェナエルが言いたいのは石碑にもあった大きな(わざわ)いのこと。

その時に王子直属の立場は役に立つだろう。

ルシアは無言で(うなず)いてみせた。


「では、また追って通達しよう。」


「はい。」


「では、またねグウェナエル。」


グウェナエルが頭を下げたのを見て、王子は歩き出した。

ルシアは王子の肩に手をかけて振り返り、グウェナエルに別れを告げる。

人が多く居た広間を後にしたことで周りからの視線が緩和された。


「それでこの後、カリストはまた執務かしら?」


「...ああ。」


咎められると思ってか、少しの間を置いて王子は答えた。

本当に、つい数日前まで戦場に居たというのに何の仕事があるというのか。

ワーカホリックだ、重度のワーカホリックがここに居る。


こまめに休憩を取るように注意しようとルシアが口を開いたその時、前方から足早な靴音が響いてきて、二人は前を向いた。

何だろうと首を傾げたルシアだったが、現れたノックスが怖い顔をしているのを確認して表情を険しくさせた。


「ルシア様、殿下。」


「どうしたのノックス。」


一礼を取って立ち止まったノックスに何事かと問うた。

問われたノックスは怖い表情を変えることなく口を開く。


「先程アルクスの北部、ファウケースの街がスラング兵によって占拠されたと伝令が届きました。」


「...っ!?」


ルシアは自分の(のど)がヒュ、と音を立てたのを聞いた。

思わず口元に手をやれば、王子がルシアを抱え直した。


「状況を説明してくれ。」


「はい、部屋を用意しています。こちらへ。」


硬い声で乞う王子にノックスは答えて(きびす)を返した。

それに王子も続いて歩き始める。

王子に抱えられるまま、ルシアは前を行くノックスの背中を見つめる。


ファウケースの街、それはノックスがイストリアに来るまで居た街。

ルシアも訪れたことのある街。

そして、イストリアへの侵入路がある場所。


王子の初陣が終わって気を抜いていた。

ルシアは痛感する。

まだまだ物語は始まったばかりだと。


これにて第三章は一応終幕となります。

次回からは第四章、ファウケース奪還編でしょうか。

早くも第四章と時が経つのも早いですね。

第三章ではやっと小説のスタートに追いつき、ルシアはルシア、カリストはカリストで尽力した章だと思っております。


これから彼女たちはどうなっていくのでしょうか。

お楽しみいただけたら嬉しいです。

ブックマーク、評価、閲覧していただき本当にありがとうございます。

今後もルシア共々応援していただけたら幸いです。

それではまた、次話の投稿をお楽しみに!

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