132.護衛たちと次期教皇の見解
「失礼する。」
「ええ、どうぞ。お嬢はまだ目覚められないでしょうから。」
コンコン
響いたノックにイオンは扉を開けて訪問者を部屋へ招き入れた。
ここは屋敷の一室、ルシアに与えられている部屋である。
現在、部屋の中に居るのはイオンを始まりとしたルシアに仕えている護衛三名。
訪問者はフィデールだった。
そして、当の部屋の主であるルシアは高熱の為に寝込んでいた。
フィデールが見やれば扉の前にノックスが、窓際にはクストディオが立っており、イオンはベッド脇に置かれた椅子を整え、フィデールに促した。
フィデールは椅子に座り、ルシアを見下ろす。
先程までイオンが看病していた為、冷汗の類いは拭われており、ただ眠っているようにも見える。
しかし、その顔はやはり赤く何処か苦しそうに歪められていた。
「...この状況でも治癒魔法は負傷者にと言うのだから大したものだ。」
フィデールはルシアの額に手を乗せ、力を行使しながら呟いた。
王子に連れられて屋敷に戻ってきたルシアはその王子の説教を受け終わるなり、また戦場の拠点へと戻ろうとしたのだが、そこでついに限界がきたのか倒れてしまったのだった。
すぐさま、治癒魔法をとフィデールは動いたのだが、他ならぬルシアが朦朧としながらもそれを止めた。
加えて王子が今、治してはまた無茶をするからそのまま寝かしておけ、と言ったこともありルシアに治癒魔法が使われることはなかった。
とはいえ、苦しむ姿は見たくないのか、こうして熱だけは下げられるように後からフィデールが派遣されてきたのだが。
「...大方、無理が祟っての過労が主な要因だろう。お前たちも苦労するな。」
「まあ、そうですが...。」
フィデールも既にルシアに振り回されていた側の人間である為か、理解出来るからこそその苦労が偲ばれるという顔をした。
しかし、最も苦労しているだろう護衛たちは複雑な表情を浮かべた。
歯切れ悪く返したノックスにフィデールは首を傾げる。
「お嬢はこれが通常運転ですから。そんなお嬢の傍に居るにはどんな状況でも乗り越えられる実力と慣れと諦めが肝心なんですよ。」
「......今回は怪我してないだけまだ良い。」
ははは、力ない声でそう力説を振るうイオンと色々な感情が篭っていそうなため息を吐きながらのクストディオのぼやきにフィデールは何とも言えない表情になった。
「まあ、無茶っていうのは今も仕事しているだろう殿下にも当てはまるんですが。」
イオンの一言にノックスもクストディオも無言で肯定する。
フィデールはここに来る前に食事を運んでいた騎士の姿を思い出す。
確かあの長い白髪を結わえた騎士は王子の側近の一人だった。
あれは部屋で執務をしている王子に運ばれていたものだったようだ。
「...無茶なのは殿下もルシアも同じだ。ただ、ルシアの方が体力がないだけで。」
むすっとした顔でクストディオが言った。
「まあ、自覚ある辺りはお嬢も殿下も同じでしょうけど。俺としては自分の体力や能力が世間一般には非力と言える貴族令嬢のそれなのに、それを理解した上で無茶して毎度怪我や熱を出すお嬢の方がよっぽど手がかかる。」
殿下はそれをこなせるだけの体力も能力もありますからねぇ、とイオンは続けた。
まあ、だとしても無茶して良い理由にはならないが。
「ルシア様も殿下も息抜きや人に何かを任せることが苦手みたいだからな。」
ノックスの言葉はここに居る誰もが納得出来た。
王子は見た通り人を立場として使うことはあっても頼らない。
基本的に自分が出来ることは全て自分でやってしまう。
それが出来るほどの能力があるということでもあるが。
完全な仕事中毒者である。
それに対してルシアは非力な分、周りの力を借りるが、肝心な部分は一人で抱え込む癖があった。
「普段、ルシア様は気を張っていることすら隠すからな。」
人に触れられることを好まず、己れの側近でさえ嫌悪せずとも極力触れさせることのない王子と違ってルシアの好悪は分かりづらい。
彼女は誰にも距離が近い、例え嫌いな相手にもだ。
しかし、ルシアに近しい人間は彼女が嫌いな相手には本音を絶対に見せないことをよく分かっている。
それが彼女なりの拒絶ということも。
だが、そういう手合いに限って、ルシアの拒絶に気付かないのだ。
それだけルシアの本音を隠す技術が高いということだが、周りからすればいつまでもこびり付く羽虫には気分が良くない。
「...でも、殿下とルシアはお互いには気を抜いて話せてる。」
「あー、確かにそれは。まあ、抱え込んだものを曝け出せてはいないみたいですけどね。」
そう、王子がルシアには自然と笑みを溢し自ら触れるように、ルシアもまた本当の意味で気を抜いているのは王子の前だけのように思う。
今回も含めて、大抵ルシアが気絶するように倒れるのは決まって王子の元へ戻ってからだ。
まるで張りつめていた糸を緩ませられるのは王子だけだというように。
とはいえ、これをルシアが聞いていたとしても主人公である王子なら正しい選択をするだろうから安心出来るのだと考えるだろう。
「...当の本人は自覚なしは気がするけどなぁ。」
イオンはしみじみというようにルシアの寝顔を覗き込んで呟いた。
フィデールの治癒魔法のおかげか、顔色が随分良くなっていた。
イオンの知っている限りでもルシアの手綱を制御出来るのは王子だけなのだ。
とはいえ、王子は自分のこともあるからか、きつく引き止めないので若干いつも暴走気味なのだが。
「あんたを心配する人間が何人も居ることに早く気付いてください、お嬢。」
眠るルシアに届いていないと分かっていながら、イオンは言い放つ。
ルシアは頭は切れるのに自分への好意には恐ろしく鈍感。
「いや本当に殿下は大変ですよ...。」
イオンは深くため息を吐いた。
これからもルシアに振り回され続けるであろう王子を思って。
誰視点という訳でもないのですが、護衛たちとフィデールの会話回でした。
一番近いのはイオンだろうか...?




