128.治療を
「連れてきたのは私だけれど......フィデール、本当に勝手に国越えしても大丈夫かしら。」
「...まあ、小言を言われるかもしれないが。結果として私自身が国越えすることを選んだんだ、甘んじて受け入れる。」
既に昨日、イストリアの最前線最寄りの街に到着していたルシアは隣を歩くフィデールに今更過ぎることを聞いた。
それにフィデールは苦い顔もせず、あっさりと答えた。
ルシアは少しだけ不服そうな表情を浮かべた。
「終戦後、教皇に頭を下げに行かなくては。」
「...そんなことはしなくて良い。」
「あら、でもこれは一歩違えば国際問題よ。例え謝罪不要と言われたとしても、挨拶には赴かねばならないわ。」
次期教皇を勝手に連れ回す、しかも国外に。
普通に国際問題だよ。
ルシアの中ではフィデールと共に一度、教皇の元まで赴くことは決定事項なのだ。
「...ともあれ、今は目の前のことね。しっかり働いてもらうから覚悟してちょうだい。」
「......潔いな、貴女は。」
何だかたった数日の付き合いで護衛たちと同じような呆れの表情を浮かべるようになったフィデールにルシアは渾身の笑みで笑いかけた。
「だって、先のことを考えて尻込みしていては何も出来ないでしょう。」
やれることはやる。
その結果、成し遂げようとしたことが達成出来るのであれば、後の自身にのみ降りかかる不都合は些事だ。
......いやね、教皇に謝罪だの、王子の説教だの、心境的にはとても些事とは言えないんだけども。
今は忘れることにする。
「さて、着いたわね。グウェナエル、おはよう。」
「ああ、おはよう。ルシアちゃん。」
ルシアたちが向かっていたのは拠点であり、前線から下がってきた負傷者を収納している屋敷の一角。
昨日、辿り着いたゲリールの民たちに与えられた部屋のある場所だった。
フィデールだけは要人でもあるのでルシアに用意された部屋の傍に部屋が用意されていた。
部屋部屋の前に伸びる廊下にて、ルシアは立っていたグウェナエルに挨拶をした。
「まだ朝の4時よ。」
「山の朝は早いからね。俺としてはルシアちゃんが起きていることに吃驚だよ。」
別段、驚いた風でもないグウェナエルはお道化たように答えた。
それでもルシアの居た時の集落でゲリールの民たちが起き始めるのは5時以降だったけれど。
「様子を見に来たのよ。...他の皆は?」
「もう負傷者の所へ行ったからここに居るのは俺が最後だよ。...今まで集落内では大した怪我もなくて治癒魔法も練習はするけど滅多に使うことはなかった。それでも、怪我人を見たら、身体が動くんだ。きっとゲリールの民の性だね。」
彼らがここに着くまでにより治癒魔法の練習をしていたのは知っている。
そして昨日、遅くついたこともあり、急患のみ治療を施し、休息を取ってもらったのだが、居ても立っても居られなかったらしい。
オーブリーの血、恐るべしである。
若しくは彼の教育方針が代々強固に受け継がれてきたのか。
「では、そちらへ行きましょう。」
「...今日もルシアちゃんは手伝いするの?」
「勿論。」
それならばと移動しようとしたルシアにグウェナエルが困ったように眉を下げた表情で声をかけた。
ルシアは昨日到着してすぐにふらふらな足で負傷者の元へ、ピオの元へ向かった。
そして、そのまま看病をし始めてしまったのである。
勿論、フィデールにグウェナエル、ここに駐在していた騎士たちは止めようとしたが、当のルシアはどこ吹く風、全く気に止めなかった。
尚、止めても無駄とよく理解している護衛メンツはどうにか止めてくれないか、という騎士やフィデールたちの懇願の視線に全力で目を逸らしていた。
『わたくしには治癒の力などないのだから、出来ることをしているだけよ。』
それがルシアの言い分である。
いやいや、いくらゲリールの民が医療のプロフェッショナルだとしても雑事や看病くらいは私にも出来るのに何故、何もしないで居ると思うのか。
「昨日はありがとうグウェナエル。随分、ピオがよくなっているわ。」
「...それなら良かった。彼は目は覚めた?」
「...いいえ。でも、ティーヌさんがついているから大丈夫でしょう。」
「なら、安心だね。」
昨日、ピオを治療したのはグウェナエルだった。
偏に一番体力が残っていたからである。
今日ついているのはエグランティーヌだ。
彼女はゲリールの民の中でも一、二を争うほどの治癒魔法の腕前を持っている。
グウェナエルの言う通り、これ以上安心なことはない。
ルシアは微笑んで答えたのだった。
「...ところでルシアちゃん、君の護衛たちは?君、良いところのお嬢様なんだよね?」
グウェナエルの質問は尤もであった。
現在、ルシアと連れ立っていたのはフィデールのみで護衛一人居ない。
そのフィデールは同じ質問をルシアとここへ来る前、鉢合わせた際にしたことを思い出してか、額を押さえていた。
まあ、そうだよね。
集落では護衛を四人もつけるほどの重警戒だったのに誰一人居ないなんて。
グウェナエル含め、ゲリールの民は未だルシアの正体を知らないがある意味、世間知らずでもあるので、貴族令嬢としてそれが普通と思っていたのだろう。
なのに居る時と居ない時で差が凄いから疑問に思うのもしょうがない。
ほんとは普段が多過ぎる上に、今が少ない通り越して貴族令嬢としてあり得ないとう状況なのだけど。
「...イオンは先に負傷者の方へ行ってもらったわ。クストはピオの所へ、ノックスは騎士たちの所よ。ノーチェは彼の主の元へ向かわせたの。」
ここは最前線最寄りの拠点だけあって王宮並みに警護が堅い。
それでいつもならこれだけはルシアが折れるしかない護衛付きが一時的にとはいえ解除されているのである。
「主?ノーチェはルシアちゃんの護衛じゃ?」
「ノーチェだけは私直属ではないの。今回は事情があって同行してもらったのだけど、本来の彼の主は今戦場に居るから。戦力は出来るだけ返さなければね。」
首を傾げたグウェナエルにルシアは答える。
「?ルシアちゃんのお兄さんか、お父さんでも参加しているのかい?」
「......まあ、そんなところよ。」
普通、令嬢の護衛で専属でないのであれば家長の父親か、兄の騎士だものね。
その辺りは知っていたようだ。
隣でフィデールが良いのか、それで、という顔をしているがあれの過保護さはもう父か兄の域なんだよ。
本来の父親とは不仲な上、兄の騎士には嫌われているけども。
「さあ、今日も忙しいわよ。休憩はちゃんと取ってちょうだいね。」
ルシアは負傷者の寝かされている広間についた所で二人に声をかけて、すぐさま看病や治癒のサポートに参加し始めた。
フィデールがその光景に頭が痛そうにため息を吐いて、入室していった。
そして、治癒魔法を行使し始めた。
「......。」
グウェナエルは肩を竦めさせて後に続いたのだった。




