12.王子の仲間と陰謀の影(前編)
図書館で本を読み、さて、帰ろうとしたところでピオに出くわした。
本来は王宮に来る予定のなかった日である、驚かれた。
聞くに王子は今、剣の稽古中らしい。
その剣術稽古に関してだけ言えば、王妃の身勝手な采配が届かなかった場所である。
王子の剣術の指南役はマノリト・クロロス・ガジョン。
この国一番の剣士であり、子爵位を持つ近衛騎士団団長だ。
彼は王妃に圧力を掛けられたが跳ね返したと作中では書かれていたその人。
王が王子を廃嫡しない限りは稽古をつける。
彼はそう宣言したという。
いくら、あの王妃でも王の許し無しに近衛騎士団団長を解雇は出来ない。
結果的に王が王妃を止めもしないが王子の廃嫡もしないので王妃は手が出せず、王子の剣術は鍛えられていくこととなる。
「こちらです」
折角なのでルシアは王子の稽古をしている場所までピオに案内してもらっていた。
王妃の圧力を跳ね返した団長も見たいし。
案内された場所は訓練場の端で確かに王子はそこに居た。
丁度、試合形式で打ち合いをしている。
その迫力にルシアは目を見開いた。
とても10歳には見えない剣捌きで立ち回っている。
詳しくない私でも天才的な才能がビシビシと伝わってきた。
やっと打ち合いが終わり、相手をしていた方の少年がこちらに気付き、王子に報せる。
「何故ここに?今日は来ない日のはずだ」
「ええ、兄の届け物をしに来たのですわ。その帰りにピオとお会いしまして」
近付いて来た王子に答えながら、同じく距離を詰めてきた少年を見やる。
よく見ると他にも数名の少年たちが。
これはひょっとしなくても。
「殿下、こちらの方々は?」
「ああ、俺の騎士や幼馴染だ」
そう言って、最初に促されてルシアの前に来たのは王子と共に歩いてきた何処か面白そうに笑う少年だった。
「俺はイバン・クロロス・バレリアノ。以後、お見知り置きを。ルシア嬢」
イバン・クロロス・バレリアノ。
バレリアノ公爵子息であり、第一王子陣営でほぼ唯一、身分が高い人物である。
王子との繋がりは王子の実母であるイザベル前王妃の生家がバレリアノ公爵家であり、イバンは王子の母方の従兄弟にあたること。
バレリアノの赤い髪に王族の青と貴族に多い緑の目を混ぜたかのような緑青色の瞳が特徴的で、作中では活発なイメージで書かれていた。
「ええ、こちらこそ。公爵子息様」
挨拶を交わし終えると残りの少年たちが名乗り出す。
白髪に赤色の瞳を持つ騎士はフォティア・サンチェス。
栗色の髪に金色の瞳を持つ密偵はニキティウス・サンチェスだ。
私より5、6歳は年上に見える二人は同じ姓だが、それは別に彼らが兄弟だからという訳ではない。
この国だけで使用されるサンチェス姓。
それを名乗る人たちにはある共通点がある。
それは半竜、要は人と竜人の混血であること。
竜人たちは姓を持たない。
名に付随する身分に縛られない。
そこで半竜たちを人の方の親の姓が何であってもサンチェスと呼ぶようになったのである。
現に二人の瞳孔は縦に少し長く細く楕円形をしていた。
これが竜人族となるとまさに爬虫類のそれと同じようになるのだ。
確かに竜人族はイストリアの街から姿を消したものの、半竜たちは残っている者が多いとは決して言えないが若干名ほどこうして確認されている。
その大体は人間の片親を置いていけない為。
竜人族は街から消えたが、イストリアの土地そのものに居ない訳ではない。
彼らはイストリアの北方、領土の4割を占める人では凍り付いてしまい、立ち入ることは不可能と言われている冬明けずの山奥に籠ってしまったのだ。
結果、竜人の番となった人間の半分ほどが街で、もう半分ほどが山の麓へ隠れ里を作って生活をしている。
だからといって、街に残る彼ら半竜が人に力を貸すことはまず、ない。
彼らとて竜人の血を引いているのだから。
そういう点では、この二人は大変珍しい存在だった。
ルシアは二人にも挨拶を返す。
間違いない、彼らは後に王子の信頼する仲間たちとなるメンツだ。
作中で登場する王子の仲間は後二人居るのだが、この場には現れていないようだった。
「お邪魔して申し訳ございませんわ。少し見学をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
ルシアは王子と奥に立って、こちらを見ていたマノリトに問いかけた。
自分にも視線を向けられたことが分かったマノリトがその視線をそのまま動かすように王子へと向き直り、口を開く。
「ええ、どうぞ。カリスト殿下、よろしいでしょうか」
「ああ」
こうして、再開された稽古をピオとイオンと共に日陰で見る。
彼らは何処か楽しそうである。
何だか王子は独りのイメージがあったから安心した。
複雑な立場だとはいえ、味方がいるなら心強いだろう。
今はまだ、王子にとって背を預けられる仲間ではなく、守るべき対象だとしても心の支えにはなる。
安心したなんて、本当に誰目線だ。
「――そろそろ帰りましょう」
このまま居ても気を散らせるだけだ。
暫しの間、王子たちの稽古を見届けた後、ピオに王子へ伝言を頼み、ルシアはイオンと共に訓練場を後にしたのだった。
ーーーーー
「では、お嬢様。少々お待ちください」
イオンが馬車を回してもらうように伝えにルシアの傍を離れる。
元々、届け物のみの用事で来た為に馬車自体は待機しているはずである。
すぐに戻ってくるだろう。
「...日陰は、と」
ルシアはイオンを見送って、木の影が落ちている場所へ移動した。
幼いからって日焼けは大敵である。
何よりこの小さな身体ではすぐに熱中症を起こして倒れてしまうので。
すると丁度、その時、話し声が近付いてきてすぐ傍で立ち止まったのをルシアは気付いた。
どうやら、日陰に居るルシアが植木に隠れて見えていないらしい声の主たちはそのまま話を続ける。
「...王子の予定は手に入ったか、ならば...に...。王妃様はさぞ...なるだろう」
ん?何だか雲行きが怪しい。
ルシアはもっと情報が聞きとれないかと耳をそばだてる。
この場合の王子とは第一王子のことだろうか。
予定を探るなんて嫌な予感がする。
「では、そのように。...にも、死んでもらわなくては」
は...?
これって暗殺計画!?
そんなこと、だって王子は本編まで...生きているはずだ。
...でも、そうだ。
暗殺間近なんて噂になっていた。
それは既に噂になるほど命の危険があるということでは?
ルシアは遅まきながら気付く。
本編終了までに死ぬことこそ無くても、暗殺、拉致、それらによる大怪我は作中に語られていないだけで起こり得るという事実に。
そもそも、この世界は本当に作中のままなのか。
確かにルシアは婚約者となった。
だからと言って、本当にそのまま進むかどうかなんて分からない。
王子はいい子だ。
少なくとも、ルシアはそう思っている。
前とは違って、もうどんな人物か、作中のキャラクターではなく、10歳の少年としての彼を知っている。
確かにこのまま王子が死ねば、私はもう王妃に脅かされることはないのかもしれない。
でもだからって、放って置けるほどの神経は持ち合わせていないのだ。
そんなの夢見が悪いどころじゃない。
知ってしまった、止められたかもしれない、なんて思うなんて嫌だ。
しなかった後悔が心にいつまでも居残るのを知っているから尚更。
それにもしかしたら、もっと最悪な場所へ駒として送られるかもしれないしね。
まだ一人で逃げ出しても生きていけないということをルシアはその冷静過ぎる頭で理解していた。
話し声はいつの間にか途絶えていた。
日影から出てみれば、もう既にルシア以外の人の気配はここにない。
向こうから馬車を回してもらうように伝え終えたのだろうイオンが戻ってくる。
「...イオン、調べて欲しいことがあるの。今回は少し厄介なのだけれど、やってくれる?」
「何があったか知りませんけど...承知しました。でも、ちゃんと説明してくださいよ?」
私の真剣な顔に内容も聞かず、イオンは頷いてくれた。
さぁ、中々の波乱が始まりそうだ。
ルシアは途方もなさそうなそれにひっそりと息を溢したのだった。




