127.連れ立つ
道は違えど、グウェナエル先導による下山はルシアたちが登山を始めた麓の入り口へ到着した。
見覚えのあるその場所は街の賑わいからは少し外れており、静かだ。
まあ、団体なので騒がれることを考えたらこれで良かったんだけど。
ルシアは先行した二人を探してキョロキョロと周りを見渡した。
別の場所に馬を用意するにせよ、既に合流して片方はこの辺りで待っていてそうなんだけど。
そうすると、街とは反対の方向に二人の姿を見つけた。
イオンがこちらへ向かって手を振っている。
「お嬢、こっちですよー。」
「イオン、ノーチェ。」
「ああ、嬢さん。馬をさすがに全員分は現実的じゃなかったからな。これを。まあ、それもそれでも渋られたが。」
声をかけられるままにクストディオと共に二人へ近付いていくと、ノーチェが後ろを指差して告げた。
見ると、大きめの馬車だ。
平民が乗り合いにするような荷馬車に近いものだが、3台ほど。
確かにこれなら馬は少なくて済む。
その分、休憩や道中で調達の必要がありそうだけど。
「...そういえば聞いていなかったけれど、ゲリールの民たちは乗馬出来るのかしら。」
「うーん、さすがに全員は乗れないけどね。俺やティーヌ、あと同世代の数人はうちの馬を乗っていたから感覚さえ取り戻せば大丈夫。」
「あら、グウェナエル。」
山奥の集落のみで暮らしていたのなら乗馬出来るか?と今更ながらに気付いたルシアが呟くと、背後から急に返答が返ってきた。
振り返るといつの間にか、真後ろにグウェナエルとエグランティーヌが立っていた。
山を下りて以降、この従兄妹同士の二人は何やら真剣な表情で話し合っていたので声をかけなかったのだけれど、その話は終わったのだろうか。
「具体的には?」
「ああ、俺たちを合わせて6人だよ。」
「なら、二人ずつ馬に乗ってくれ。俺たち以外の馬も三頭借りてきている。」
「分かった、伝えておこう。」
ノーチェがすぐさま振り分けを確認して決めていく。
グウェナエルは素直に頷いた。
「ルシアちゃん、すぐに出立するのかな?」
「ええ、出来るなら。ノーチェ、食糧などの調達は?」
「それなら俺がやっておきましたよー。」
グウェナエルの質問に頷いて、ルシアはノーチェに馬以外の準備状況を問うた。
それにはイオンが完了済みを告げた。
「なら、皆が落ち着き次第出発しましょう。...その前にフィデールは。」
「ここに居る。」
ほとんどの者が馬車に乗るとはいえ、馬車も結構体力を使うのだ。
多少の休憩の合間に皆にどういった手段で向かうかを伝えて回る必要がある。
そして、もう一つ。
ルシアがフィデールを探して見回すと、丁度こちらへ近付いてきていたフィデールが声を上げた。
彼の横にはノックスがついている。
「ノックスに教会まで送らせるわ。ノックス、大丈夫よね?」
「はい、先に出立してもらってても良いですよ。俺の馬を残してくれたら追い付きますんで。」
護衛になってもらっているノックスに尋ねると軽く了承が返ってきた。
しかし、フィデールがルシアの前に静止の手を上げた。
ルシアはそれを訝しげに見つめる。
「送迎は結構だ。教会まで一人でも危険はない。」
「......大丈夫?」
「ああ、それより貴女たちの見送りをさせて欲しい。」
フィデールの言葉に本当に良いのかとルシアは問うが返ってきたのは強い眼差しだった。
「分かったわ。グウェナエル、皆に出立のことを伝えてくれる?」
「それなら既にティーヌが行ったよ。」
「え?......本当だわ。」
ならば出立の準備を進めようとグウェナエルに伝達を頼めば、既にエグランティーヌによって行われていることを告げられた。
驚いたルシアは周りを見渡し、確かにゲリールの民たちへ声をかけているエグランティーヌの姿が目に入った。
「ルシアちゃーん、今からでも出れるようよ!」
幾ばくかもしないうちに振り向いたエグランティーヌが手を大きく振りながら、これまた大きく声を張って皆の結論を述べた。
「...本当は少し休憩を取りたいのだけれどね。出立出来るのなら出ましょう。ノーチェ。」
「分かった、馬を連れてくる。」
それを受けてルシアはノーチェに振り向く。
ノーチェはすぐさま木々に繋いだ馬を連れてくるように動き出した。
クストディオも手伝いに向かい、すぐに出立の準備が整っていく。
「貴方たちはもう準備は良い?」
「ああ、大丈夫だよ。」
「私もよ。体力には自信あるわ。」
グウェナエルとエグランティーヌにも問うと、準備完了が返ってきた。
ここでわざわざ護衛メンツには聞かない。
答えは分かっているからだ。
こうして馬車にも乗り込み、いつでも出れる準備が出来た。
「それでは行きましょうか。...フィデール、ありがとう。貴方のおかげで彼らの協力が得られたわ。」
「いや、私は何も。......気をつけて。」
「ええ。」
ルシアは一人残っているフィデールの前に立つ。
乗馬組も既に騎乗し、ルシアとフィデール以外誰も地に足をついていない。
フィデールの見送りの言葉に頷いて、ルシアはイオンの馬へ近付く。
「......。」
「お嬢?」
そのまま引き上げようとしたイオンは一向に手を伸ばさないルシアに声をかけた。
しかし、当のルシアは黙り込んでただフィデールを見ていた。
見られているフィデールも首を傾げそうになりながらも、その視線を受けていた。
「......。」
「ルシア様?」
未だ黙ったままだったルシアはそのままイオンから離れフィデールに近付いていく。
皆はどうしたのだろう、とそれを視線で追い、ノックスが疑問符を飛ばすがルシアは何も答えない。
やがて、先程と同じ距離まで近付いてきたルシアにフィデールは訝しげな顔をして見つめ返すが、立ち止まった後もルシアは口を開かない。
皆が見守る中でやっとルシアがただ一言、口を開いた。
「おいで。」
おいで、とたった一言。
それに目を瞬かせる者、それにあー、という表情をする者、驚き、喜び、不満げ、様々な視線がルシアとフィデールに突き刺さった。
しかし、それを気に止める者はいなかった。
ルシアは素知らぬ顔で手を差し出している。
フィデールはルシアの言葉が呑み込めないようなどんな顔をして良いか、分からないといった中途半端な顔をしている。
けれど目は驚きに丸くなっていた。
「おいで。」
ルシアは間髪入れずにもう一度言った。
フィデールは息を呑んでルシアを見た。
そこには意志の炎をくゆらす瞳があった。
ルシアの目が如実について来い、この手を取れと告げている。
口よりも表情よりも鮮明に。
そうして、いつの間にかフィデールは思わずその手を取ってしまったのだった。
しっかりと掴んだルシアはフィデールをノックスの馬へ乗せて、自身もイオンに引き上げてもらった。
そして、誰もが口を挟む間も与えず出発の号令をかけた。
躊躇いがちにそれでも彼らは馬を走らせ始めた。
馬車も出発した。
どんどんとコンソラトゥールの街から離れていく。
ちらりとフィデールは後ろを振り返った。
本来ならそこには自分一人が残っていたのに今は誰も居ない。
いつまでも見ている訳にもいかず、フィデールは前を向いた。
山の麓の入り口には静けさだけが戻ってきたのだった。




