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122.青年はありし日を振り返る(後編)


「これが面白いもの?」


「そうだよ。それはね、我々の先祖。二代目の(おさ)にあたる人が初祖について書いた文書なんだ。」


昔とそう変わらない散らかった部屋でグウェナエルは叔父から手渡された石版に首を(かし)げた。

そこに並ぶ文字がいつも研究しているあの石碑の文字ではなかったからである。

しかし、叔父の言葉を聞いてグウェナエルはきらきらとした瞳でその石版を見下ろした。


「初祖ってあの石碑の文字を書いた人なんだよね。」


「ああ。そして僕らの治癒魔法を産み出した人でもある。」


グウェナエルにとっていつしか石碑の文字は何よりも興味を惹かれ、知りたいと思うものだった。

そしてそれはその文字を書いた初祖も同じく。


「治癒魔法...練習自体はやっと完成に近付いてきたところなんだけど。凄いよね、どうしたらこんな考えが浮かぶんだろうって思わされる。」


グウェナエルは少しだけ右手に治癒魔法を発動させた。

これの実技を学ぶ前からグウェナエルは本によって知識を頭へ入れ始めていたが、最初から最後までその知識の着眼点から理論まで驚きっぱなしだった。


「ああ、だから僕らはあの石碑を読み解こうと思うんだろうね。その知識をもたらした初祖が何を書いたのか、それが僕らの心を惹く。」


「だから、叔父さんは長である父上の弟なのに研究者なんだ?」


グウェナエルの指摘に叔父はあはは、と笑う。

けれど、その言葉は何より自分に言えた。

長の一人息子である以上、グウェナエルは次期長だ。

忙しい長では研究者にはなれない。

けれど、叔父はグウェナエルの興味を否定せず様々なものを見せてくれたのだった。

そんな叔父には感謝してもしきれない。


「...まあ、良いけど。......なんだこれ?」


気恥ずかしくなったのを隠すようにぶっきらぼうに返したグウェナエルは再び石版に目を落とし、読もうとして困ったように叔父を見上げた。

見上げられた叔父は困り顔の(おい)を見て笑う。


「ああ、その石版はあの文字ではないけれど今のエクラファーンの文字でもないよ。今の文字の古語にあたる文字だ。でも、じっくり読めば読めるよ。」


「ええー、それは教えてくれないのか。」


叔父は優しいが出来ることには甘やかしてくれない。

グウェナエルは石版を見ながら(うな)る。

うーん、確かに読めなくもない?

でも時間がかかりそうだ。


「頑張れ、グウェン。そこに書かれていることを自分で知るのはきっと君の為になる。」


そうして、柔和に笑った叔父の顔がグウェナエルの記憶に深く焼き付いたのであった。



ーーーーー

そして、今グウェナエルの目の前で余所から来たゲリールの民でも何でもない少女によって石碑の文字が読み上げられようとしている。

少女の歳は丁度グウェナエルが二代目の文書を叔父に見せられた歳だ。


グウェナエルはふい、と少女から視線を逸らした。

その先には美しく成長したエグランティーヌとつい最近まで集落を出ていたフィデールの姿があった。


二人の父であり、グウェナエルに多くのものを与えてくれた叔父はもう居ない。

もう何年も前に亡くなってしまった。

その直後フィデールは集落を飛び出し、エグランティーヌとは徐々に距離が出来ていった。

決して仲が悪い訳ではなかったが、何かが欠けてしまっていた。

俺の母も数年前に亡くなって、今はもう俺をグウェンと呼んでくれる人は居なかった。


あれから俺はあんなに熱中した研究を止めた。

そのすぐに次期長としての勉強が本格的になったから。

けれど、それは詭弁(きべん)だ。

続けようと思えば続けられたのだから。


結局、その勉強も次期長という重圧に負けて軽く流すようになってしまった。

けれど、研究者になろうともしなかった。

それはもう居ない叔父を思い出すからだろうか。


それでも必至で読み解いた二代目の文書を覚えているのは。

それでも定期的に行われる石碑の掃除を引き受けているのは。


『頑張れ、グウェン。そこに書かれていることを自分で知るのはきっと君の為になる。』


あの日、笑った叔父の顔は鮮明に思い出せる。

その柔らかな声も。


[治す為に生きた人。

|癒すという意味の名前を持つ彼は、魔法を学び、医学を学び、全ての知識と技術を使って治癒魔法を極めた。

彼は後に起こる大きな災厄を防ぐが為に子孫にその治癒魔法を引き継がせたのだった。]


大きな災厄。

それの存在を知り、己れの、ゲリールの民の存在理由を知った。

忘れることも、その為に何か動くことも出来ずに俺は24歳になった。


10も年下の少女が長きに渡ってゲリールの研究者が一文すら読めなかったそれを苦もなく読もうとしている。

グウェナエルも叔父も読めなかったあの文字を。


「お待たせしてごめんなさいね。ええと、まずは『治す為に生きた人』。......。」


鈴のような声の主をグウェナエルはただ見つめる。

ゲリールの民にとって大事な大事な石碑。

積年の念願が今果たされる。

これほど嬉しいことはないはずだ。

嬉しいはずなのに。


悔しいと思うのは、途中で逃げ出した俺には烏滸(おこ)がましいかな。

グウェナエルは複雑な表情で、けれど何一つ聞き漏らさぬように耳を澄ませたのだった。


まだ予定がどうなるか確定しておらず、明言は出来ないのですが明日の投稿は休み、もしくは遅れて投稿するかもしれません。


私情で申し訳ないのですが出来るだけ投稿出来るように頑張りますのでご了承いただけると幸いです。

どちらになっても後に報告はありませんので投稿されなかった場合は前記の通りと判断ください。


いつも拝読いただいてありがとうございます。

引き続きお楽しみいただいたら嬉しいです。

コメントもお待ちしております。

それでは次の投稿にて!


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