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121.青年はありし日を振り返る(前編)

※今回はグウェナエルの視点になります。


「グウェン、こっちよ。はやく!」


この山奥の集落には余所者は居ない。

ここで会う人は全て知っている人ばかり。

そんな集落の中で一際大きな家の裏庭。


山へと続くその庭で10歳ほどの少女が本を抱えた14歳ほどの少年の手をぐいぐいと引いていた。

少年は全く気乗りしないといった表情で、しかし少女に逆らうと面倒だと知っているのか、されるがままに連れ出されていた。

その傍らにもう一人、7歳ほどの少年がいつもの光景だというように気にも止めず歩いている。


「僕はここで本読んでるからティーヌはフィーと行ってきなよ。」


「もう!グウェンはいっつもそうなんだから。フィー、行きましょ。」


庭と山の境い目の辺りまで来たところで年長の少年が立ち止まって少女にそう告げた。

少女は盛大に膨れっ面になったと思えば少年から手を離し、年少の少年に声をかけた。

呼び掛けられた少年は慌てて歩いていく少女を追いながら、年長の少年を振り返った。


「良いから行ってきなよ、フィー。」


「...今度は絶対にグウェンも来いよ?姉ちゃん、うるせぇから。」


「分かった。」


残った少年は過ぎ去っていく姉弟(きょうだい)を見えなくなるまで見送った。

そうして、庭の端の木陰に腰を下ろした。

手に持っていた本を開いて目を落とす。


少年の名前はグウェナエル。

この山奥にひっそりとあるゲリールの民だけの集落にて全てをまとめる(おさ)の一人息子である。

先程、山へと遊びに行ったのは少年の従弟妹(いとこ)たちで、お転婆娘は姉のエグランティーヌ、口が少し悪いのは弟のフィデールだ。

二人ともグウェナエルにとって大事で可愛い従弟妹だが、家の中で本を読むことが好きなインドア派のグウェナエルは二人の元気っぷりにはよく振り回されていた。


「グウェン、一緒に行かなかったのかい?」


「!叔父さん。」


急に落ちてきた声に見上げるとそこにはあの姉弟の父であり、グウェナエルの叔父が居た。

グウェナエルの父の弟だというのに、この叔父は柔和な雰囲気を(まと)い、いつも穏やかな顔をしている。

少年の父は長ということもあるだろうが、厳格でいつも怖い表情なのだ。


最近ではそれも長としての威厳というものがあるのだろうとグウェナエルは理解出来るようになったが、幼い頃の刷り込みとは凄いもので怖い父より優しい叔父にどうしても気を許してしまうのだった。

とはいえ、小さい従弟妹の手前、無闇に甘えたりはしないが。


「僕は本を読んでいた方が楽しいので。」


「はは、そうか。グウェンは叔父さんと一緒だなぁ。」


子供らしくないようなグウェナエルの返答に叔父は(ほが)らかに笑う。

そうなのだ、グウェナエルが叔父に懐いている理由。

そのもう一つはグウェナエルと叔父の趣味がとてもよく合うこと。


叔父は仕事の他にこの集落にずっと古くからある石碑について研究している研究者だった。

本が好きなグウェナエルはもっと小さい頃から子供たちの輪から離れ、よく隅の方で本を読んでいた。


そこへ声をかけてきたのが叔父だったのだ。

叔父はグウェナエルを研究をしている一室へと連れていった。

そこには膨大な本と紙、そして見たこともない文字が乱雑に書かれてはそこかしこへ貼り付けられている。

お世辞にも綺麗に整頓されている部屋ではなかった。

良くも悪くも研究者の部屋。

しかし、初めて見る不思議の数々はグウェナエルには宝のように輝いて映った。


それからというもの、グウェナエルはちょくちょく叔父の元へ通い詰めているのである。

すっかりとグウェナエルも研究者になっていた。


「うん、そうだな......よし、グウェン。おいで、面白いもの見せてあげるよ。」


叔父の言葉にグウェナエルはぱぁと顔を輝かせた。

目の前にある長の家、グウェナエル自身の家でもあるそれに叔父が歩いていく。

グウェナエルは先程の従弟妹たちに変わらないほど元気よく腰を上げて追いかけたのであった。


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