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118.あと一押し


「解読...だと......?」


「ええ、貴方方にとって大事なあの石碑は誰も全貌を知らないのでしょう。もし、解読出来るとしたら?」


ルシアにとっては確信のある提案でもあまりにも突拍子なく聞こえた(おさ)が数拍を置いてから(わず)かに呟いた。

その顔は不可解を通り越し非難めいても見える。

しかし、ルシアはただ淡々と話を進めた。

その様子に慌てたようにグウェナエルが口を挟む。


「確かに解読が出来たらどれだけゲリールの民は喜ぶだろう。あれはそれこそ今でも必死に解読しようと研究している者も居る。もし、解読出来ると言うなら(のど)から手が出るほどに。交換条件で君に協力するくらい安いと思うくらいにはね。でも、本当に解読出来たらの話だよ。」


まるでルシアの言葉が信じられないというようにグウェナエルは眉を(しか)めている。

それをルシアはたじろぐことなく見返していた。


「もう一度言うけどあれは解読出来ない。君がどれだけ優秀でも。あれは(うしな)われた、ゲリールの初祖のみが知る文字。それこそ余所者がどうやって知ることが出来る。」


グウェナエルの言うことは正論だ。

さすがに一度見ただけの、ロゼッタストーンすらない古い文字を読めたなんて普通は思えない。


「もう良い...!御客人、貴女は何をもってそう(のたま)うのか知らんがこれは我々にとってこの上ない侮辱(ぶじょく)だ!あの石碑に、あの文字に対する嘘は許されない。今すぐここから立ち去り、二度と近付いてくれるな。」


ルシアが口を開く前に長が全てを(さえぎ)った。

見やれば、その額には青筋が走り、今までにないほど怒りで蒼白な、怒鳴る寸前を塞き止めているような長が居た。

それでもルシアは冷静だった。

否、見た目は冷静そのものだったが内心ではヒートアップしていた。


怖い顔、と現在の長の顔を言うのだろう。

まるで般若(はんにゃ)の如し。

けど、私はもっと迫力があって怖い般若を知ってるよ。

そして、ここから帰還すれば多分間違いなく嫌でも出くわす。


「......嘘などではないわ。わたくしは必ず貴方たちゲリールの民を連れていく。これはイストリアだけの為ではないわ。」


低く、それでも少女の声は到底恐ろしく聞こえる代物ではない。

それでもルシアの言葉には迫力があった。

それはどうしても引かぬという意志が乗った言葉だからだろうか。


「近い将来に必ず起こるあの災害は武力では排することの出来ない。あれは脅威(きょうい)、イストリアだけでなく、西方諸国全てにおいて。あの人災を防げるのは、防ぐことが出来るのは貴方たちの力だけ。病すら癒す貴方たちの治癒の力だけ。だからこそ、わたくしはここに居て、わたくしは何をしようとゲリールの民、貴方たちを諦めない。」


ルシアは長を真っ直ぐに見つめて言葉を紡いでいた。

その様子は静かに暴風雨が吹き荒れているような、いつ爆発しても可笑しくないような、そんな印象を皆に与えた。

静かに、それでも怒りともつかぬ激情が内包されているかのようなルシアの瞳は青く炎が揺れていた。

少なくとも、長にはそう感じられた。


しかし、当のルシアは長を見ながらも見ていなかった。

ルシアの視界には今まで見たことのある戦闘が、人が大きな怪我を人から受けた傷で倒れている姿が、そして小説で凄惨に綴られたシーカーの未来がちらついていた。


「...近い将来の、災害......?ルシアちゃん、それは...。」


つと、名を呼ばれるままルシアはグウェナエルに振り向いた。

その先には目を見開いた青年が居た。

そしてルシアの視線から逃れたことで、息子の紡いだ言葉で、はっとした長も目を丸くした。


彼らには未来の大きな(わざわ)いという言葉に覚えがあった。

それは、辛うじて残る石碑の内容の一部。

だからこそ、それを知る者は解読を諦めなかった。

いつ来るとも知れないそれを、詳しく記されているかもしれない石碑の明かされていない先を。

何故なら。


「初祖は治癒の技術を後世へ残すことにした。何故なら、遠くの未来で必ず大きな災いが訪れるから。それを防ぐことこそ、我らがゲリールの民の存在理由。故に我々はこの力を途切れさせてはならない...。」


呆然と、ただ呟くようにグウェナエルは言葉を溢した。

石碑の内容をほとんど読むことが出来なかったルシアは先程までの迫力は何処(いずこ)か、というようにきょとんと目を(またた)かせた。

グウェナエルの溢したその内容はルシアの知らぬところである。

ふと、横を見上げれば同じように呆然としたフィデールと視線がかち合った。


「...グウェナエルが言ったあの言葉はここへ集落を築いた代の長の言葉だと伝わっている。ゲリールの民は皆知っているが深く信じている訳ではなかった。」


「ああ、そうだね。フィーの言う通りだ。けど、その長だった人物はあの石碑の文字の研究の一任者でもあった。そして、似たような文書を二代目も遺している。」


フィデールの説明にグウェナエルが(うなず)き、補足するように告げた。

二人とも(いま)だ呆然とした感覚が残っていたが。

ただの御伽噺(おとぎばなし)としてしか聞いていなかったそれが本当かもしれない。

そちらへとグウェナエルもフィデールも意識が(かたむ)き始めていた。

その様子を見ていたルシアはもう一押しか、と口を開き直そうとし...。


「待て、グウェナエル。......御客人、それを何処で聞いた。集落か、小屋に居る(おきな)か、それとも。」


長がストップをかけたことでグウェナエルはいつの間にか前傾していた身体を真っ直ぐに伸ばした。

長はグウェナエルとフィデールと変わらないような表情をしながらも険しく眉間に(しわ)を寄せて言葉を紡ぐ。

最後だけはルシアから視線を逸らし、グウェナエルを見た。

見られたグウェナエルは落ち着きを取り戻した様子で首を横へ緩く振った。


「いいえ、俺は言っていない。教えようとしたところでここへ呼ばれたから。あと、集落ではずっと一緒だったからそれも違う。」


「...翁も違う。小屋では私が一緒だった。」


既に余所者の私の言葉にどれほどの価値があるかは知らないが、と続けてフィデールが証言した。

ルシアとしても災い、シーカー感染症に関してはここの人間に聞いて知った訳ではない。

フィデールの証言は認めないなんて言うなら、小屋ではエグランティーヌが一緒だった。

不服だけど彼女に聞いてくれたって良い。


「あり得ない。御客人、誰から聞いた。正直に答えろ。」


「わたくしはいつも正直よ。それは集落の人間に聞いたことではないわ。」


ただ真実を堂々と告げるルシア。

ちょっと、真剣に話し合いをしている後ろでほんとに正直者?みたいな顔をするな私の護衛メンツ!!


それでも(かたく)なに長は折れようとしなかった。

あと、少しなんだけどなぁ。

後一言、決定的な言葉さえ告げられれば長は折れる。

そうして何を言えば、勝利をあげられるだろうとルシアが思考を一回転させた時。


今まで開くことがなく、そこが扉であることを誰もが忘れるほど話に意識が取られていた状況で。

静かにそれでも確かにこの家の玄関口が開かれた。

そういえばここはエントランスだったね。

そして、そこから洩れる外の日の光りと共に現れたのは翁と変わらぬ老年の男。


「......爺様。」


フィデールが呆気に取られたように呟いた言葉でその老人が前の長であることをルシアは知ったのだった。


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