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116.石碑に書き記された


「......クストは大丈夫かしら。」


「あー、坊っちゃんが呼ばれてたってことは一緒に来るだろ。」


(おさ)の家の一室、そこへ放り込まれたルシアは腰かけた長椅子に頬杖を突きながらぼやいた。

それを拾ったノーチェが答えた。

それに対してルシアはどうだろうか、という表情を浮かべる。


クストディオが大人しくフィデールと来れば良いが、万が一に隠れて追跡なんてやらないとは限らないんだよね。

ルシアが何を言いたいのか理解している三名は同じく万が一がありそうだと考えているようだ。


「...そういえば一人足りないね。」


「フィデールに付いていてもらっているのよ。昨日はノーチェに頼んでいたわ。」


ふと、気付いたように声を上げたのは誰も出入りをしようともしないのに、命令だからと廊下へ繋がる扉に(もた)れかかっていたグウェナエルだった。

本当にご苦労なことである。

ルシアの返答に彼はノーチェに視線を動かした。


「ああ、それで。君とは初対面だった訳だ。」


「どうも。」


それに対してのノーチェの返答は素気無い。

その後に話が続く訳もなく、部屋には再び沈黙が落ちる。


「......あの石碑に刻まれていた文字は誰にも読めない。あれは初祖だけが使っていた遥か昔に失われてしまった文字なんだ。」


ぽつり、と沈黙を揺らしたのはグウェナエル。

その内容はあの石碑についてだ。

それはルシアにとって気にかかっているもの。


「...ロゼッタストーンはなかったのかしら。」


「ろぜった......ルシアちゃん、それは?」


つい、呟いてしまったルシアは問い返されて焦った。

とはいっても、表情には出ていないが。

ただ、返答の代わりにルシアは精一杯に口端を持ち上げてみせた。

しっかりとそれが話す気はない、と伝わったグウェナエルは肩を竦めた。

そして他三名、同じように肩を竦めるな!


「...あの文字は初祖から今まで我々ゲリールの民が受け伝える途中で徐々にその読み方が、その発音が、その意味が失われてしまった。それでも(わず)かに伝わっていることがある。」


「...!」


ルシアはまじまじとグウェナエルを見つめた。

そうか、僅かであれど伝わっているものがあるのか。

ルシアも正確に把握した訳ではないが、墓地の様子からゲリールの民がここに住み始めて数百年。

初祖の時代となれば更に昔。


よく残っていたものである。

前世にも文字のみが残る言語が多く存在するけれど、それこそロゼッタストーンなしに伝わっているものは少ないんじゃないだろうか?


「あの石碑を見たなら分かると思うけど、あれの最初の文は主題のようなものらしいんだ。その主題の意味と一部の内容、そして初祖の名前だけが今尚残っている。」


「...主題、ね。グウェナエル、何故知っているの?」


いくら伝わっていると言っても、ほとんどの人が知らないんじゃないだろうか?

タイトルくらい広まっていたら、フィデールがルシアが石碑に興味を持っていることを知った時点で教えてくれそうなものである。

だから、一部の人間しかそれを知らないのでは?と思い聞いたルシアの勘は果たしてビンゴだった。


「ああ、それはね。実はこの長の家には二代目、つまり初祖の息子とされる人物の残した石版があるんだよ。それには初祖について書かれていて、エクラファーンの公用語の...少し古語になるかな。まあ多少、古い文字ではあったけど(かろ)うじて俺なんかにも読むことが出来た訳さ。」


エクラファーンの公用語の古語。

勿論、それだって全く知らない人には読むのに苦労するだろうが、それでもあの石碑の文字の比ではなく読める代物だろう。


私も少しだけエクラファーンの古語を本で見たことがあるが、日本語の古語の草書ほどの違いはなかったはずだ。

多少、複雑な文字だったのが今は簡略化されている程度の違いだった。

慣れれば、読めるだろう。


「...それを部外者のわたくしたちに話してよろしかったのかしら?」


「うーん、どうだろうね。けど、どのみちもう君たちはここへ来ることが出来ないだろうから。」


グウェナエルの言葉にぐうの音も出ない。

そうだ、この後フィデールが呼ばれた際にもう一度顔を合わせるだろう長を何とか説得しなければルシアたちはあの石碑のある墓地はおろか、この集落にだって入れなくなってしまう。


「......では、遠慮なく尋ねさせてもらおうかしら。その僅かに伝わっている一部の内容はどういったものだったのかしら。」


残念ながら、ルシアが見ることが出来たのは最初の一文、グウェナエル(いわ)く主題のみ。

ここまで教えてくれたのなら、内容をほんの一部でも知りたいというのは知的好奇心旺盛な読書家の(さが)である。

いや、ルシアの特徴だろうか?


「あー、それはね.........。」


良いのかなー、という表情ながらもグウェナエルが口を開いたその時、扉が外から開かれグウェナエルの背中を勢いよく押し、彼はたたらを踏んだ。


「...あの、長から御客人をお呼びするようにと。」


おずおずと言ったように扉から顔を出したのはルシアと変わらぬ年頃の少女である。

多分、ここの手伝いをしている子なんだろうけど。

ねえ、思いきり押し退けられたんだけど、とグウェナエルが言っているが、少女は見知らぬ外の人間であるルシアたちに緊張しているのか、耳からグウェナエルの声が通り抜けているようだ。


「......ルシア様。」


「分かったわ、行きましょう。」


ノックスに声と共に手を差し出され、ルシアは長椅子から腰を上げた。

さて、ここに来てから一番、交渉スキルが試される時が来た。

まあ、それを招いてしまったのは私の失態なのだけれど。

いやー、イオンたちには迷惑をかけるわー。


あ、もしかしてこれも王子に報告される?

もしかしなくとも報告はされるね!?

あー、無茶して他国の山奥まで来たことだけでも間違いなくというか、これで何もなかったら明日、槍が降るレベルで説教案件なのだけどども。

慎重に動くべき場面で好奇心に走ったことまで知られたら説教一日じゃ済まねぇわ。

自業自得なのは百も承知です...。


「お嬢?」


気を引き締めたと思えば、しくじったという顔をしたことに気付いたイオンが声をかけてくるが、考えることに一杯なルシアは声には出さず手振りだけでイオンに何も言うな、と告げるのだった。


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