114.墓地の最奥
「これは......確かに壮観というのが相応しいわね。」
自分たちが何故この集落に来て、今この墓地に立っているのかを忘れるほどその景色は目に飛び込んで、ルシアの足を止めさせた。
それに伴って他三名も足を止める。
因みにクストディオはフィデールについている。
ルシアたちの前に延々と続いているように広がるのは白く細い墓石。
この墓地は北側の壁のような山並み以外は崖のようになっているのかは残り三方には視界を遮るものはなく、見えるのは数え切れないほどの白い墓石と境界が分からないほどに広がる青い空のみだった。
これを壮麗と言わず何と言うのか。
ただ、ノーチェの言った通り、これの下全てに人骨があるという事実に気付いたら、この美しさがここはこの世の者の場所ではないと言われているようにも思えて足を踏み出すことを躊躇わせた。
「うわぁ、これ全部が墓石かー。普通の墓場とはまた違った気味の悪さですね。」
「...あまり長居は良くないわ。最奥の石碑さえ確認を済ませたらすぐに退散しましょう。」
うん、人目のこともあるけどここはゲリールの民だけの為の墓地だ。
部外者が長居する場所じゃない。
そうして見ればここの怖いくらいの美しさに感じた躊躇いはここに眠る死者たちに侵入を拒まれているということだったりして?
そんなことを考えながらもルシアはさっと墓石の間を進んだ。
ルシアたちは西へと歩んでいく。
どうやらこの墓地は北側の壁に沿って西へ西へと続いているらしい。
とは言っても南側へも充分広がっていてこちらも一番奥は見えない。
「ノーチェ、最奥までどのくらいかかる?」
「ん?ああ、少し歩くが石碑自体はすぐに分かる。」
「あら、それほど大きなものなの?」
ノックスの質問に答えたノーチェの返事の内容に疑問を浮かべたルシアが問う。
昨日、グウェナエルはここにある墓はゲリールの民がここに来てからのものばかりだと言った。
つまりは元々の集落は別の場所だということ。
ルシアの調べでもゲリールの民はエクラファーンが建つ前にこの地域にあった国で王宮仕えの薬師兼治癒魔法師だったという。
つまり、件の石碑に初祖が文字を刻んだのはここではない訳だ。
とすれば、石碑は後からここへ移動させられている。
大きな石碑をこんな山奥に運搬したとは考えられない。
例えそれがゲリールの民にとってどれだけ大事なものであろうと。
だから、ルシアは疑問に思った。
その問いに対してノーチェは否定するように首を横へ振った。
「いや、それほど大きなもんじゃない。ただ.........。」
「ただ?......ああ、そういうこと。」
ノーチェが不自然に言葉を途切れさせたことに首を傾げたルシアはノーチェの視線が前に向いて居ることに気付く。
そして、同じように前を向いて納得したようにルシアは頷いた。
それは一際大きかった訳ではない。
墓と比べると大きいけれど男衆が数人居れば運べるサイズだろう。
遮られた視界が急に開けて目に飛び込んできた訳でもない。
視界は元から開けていた。
距離もそれなりにある。
それでもそれが目に飛び込んできたのはこの白と青のコントラストだけが色づくこの場に、異質なほどの黒。
黒だったからだ。
確かに聞いていた。
石碑だけは黒色で他の墓石とは全く趣きが違うと。
それでも実際に見るとよりはっきりと認識する。
それは異質なものなのだと。
「これは......凄いわね。」
やっと石碑の目の前まで辿り着いたルシアはそれをじっと見る。
そして、それに対しての第一声はそんな言葉しか出てこなかった。
ノーチェはこれを後から設置されたようだと称した。
確かにそうだろう、圧倒的なまでに広がる墓石たちがこの場の雰囲気を造り上げている。
そんな中でこれは異質だ。
けれど、ルシアはノーチェと真逆の感想を持った。
これが、この石碑だけがここにある。
そんな情景がルシアの脳裏を過ったのだ。
「...傷付けないように手入れは最小限にしているのかしら。所々、苔生しているわね。」
ルシアは無断に触れることはせず、ただ石碑そのものを眺める。
この黒い石は所々緑が混じる。
それだけ古くからここにあるのだろう。
うん、ゲリールの民って歴史はかなり長いんだな。
けれど、石碑の文字には苔の一つも付いていない。
良かった、欠けたり読めなかったりする部分はなさそうだ。
ノーチェの書いた時のように前後の文や単語でそれとなくは読めるだろうが、損傷が激しいとやはり大変だ。
その場合はどうしようかと考えていたけれど良かった。
「ルシア様、読めそうですか?」
「ええ、幸い傷はないから......。」
ノックスの言葉にルシアは頷いた。
そうか、彼らには模様にしか見えないこれが解読出来る保存状態なのかどうかの判別はつかないのか。
まあ、石の状態から無事だろうたとは見当ついたようだが、一応確認ということだろう。
確かに知らない文字でも意図せぬ位置にある関係のない蛇足というのは目につくものだ。
「ちょっと待ってね、今から読んでみるわ。」
そう言ってルシアは今やっと石碑そのものではなく、そこに刻まれた文字に目をやった。
うん、ノーチェが書いたのを見た時に確信していた訳だけどね。
やっぱり、この文字は。
そうルシアが思考を巡らせ、最初の一文目を読んだその時。
後ろから声が飛んできた。
「ここに君の目的のものはないよって教えたのにねルシアちゃん。」
「...!」
突然現れたのはグウェナエルだった。
吃驚してルシアは目を見開く。
だって、ルシアの護衛は優秀なのだ。
それこそ、優秀過ぎて嫉妬する気も失せさせてしまう類いの。
グウェナエルはここの人間で、長の息子である分治癒魔法は優秀に違いない。
けれど、彼は武人ではない。
こんなんでも完璧に警戒していたルシアの護衛たちに悟らせず、ここまで来れるはずない。
そのルシアの思考が伝わったのか、グウェナエルはああ、と頷き説明を始めた。
「ここには隠し通路があってね。知っているのは長の家系だけだけど。後、彼らが気付かなかったのは俺の魔法のせいだよ。俺は治癒魔法より認識阻害の魔法の方が得意でね。」
「...!そんな魔法があるのね。」
そちらは専門外なので詳しくないルシアである。
まあ、読書は好きだから多少は知っているけれど、認識阻害や治癒魔法というのはどちらも希少魔法だろう。
そういう類いのものは普通の本には載っていない。
|魔導書みたいなのは存在するけど、その大抵は魔法と知識の国シーカーに蔵書され、また魔法の素質がなければ危険を伴う物もあるらしいのでルシアは読んだことがない。
何処ぞの過保護のせいで。
いや、読んだところで魔法は使えないので虚しいだけではあるんだけどね。
「さて、何をしたかったのか知らないけど、これは駄目だよ。それこそ、長に見つかったら大変どころじゃない。ほら、早く集落の方へ戻ろう。」
「...どうします、お嬢?」
グウェナエルはルシアたちを見逃してくれるらしい。
ここは彼と一緒に戻った方が良い。
一度見つかってしまったのだ、それこそ長がいつ来ても可笑しくない。
また来るにしても改めた方が良い。
そう冷静に思うのに、ルシアはグウェナエルの差し出す手を見つめるのみであった。
「......お嬢?」
先程と同じようにイオンが小声で方針を問うてくる。
そこでやっとルシアは覗き込んできたイオンを見返し大丈夫だと笑ってみせた。
「そうね、戻りましょう。」
ルシアはグウェナエルに微笑みかけた。
そして手を取ろうとしたが、ルシアはグウェナエルの背後に人影を見てしまった。
動きを止めるルシアに不審に思ってグウェナエルも振り返り固まった。
「............そこで何をしている、御客人よ。」
そこに立っていたのはあろうことか最も危惧していた長だったのだ。




