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112.謎の文字


「遅いぞ、嬢さん。」


「......本当に言わなくても良いんじゃない、ノーチェ。」


「は?」


小屋へ戻るなり入り口で待ち受けていたノーチェは皆の予想通りに(しび)れを切らしていた。

呆れたように溢したルシアの言葉に要領の得ないノーチェは首を(かし)げた。


「いいえ、こちらの話よ。」


「その言い方は余計に気になるだろ。......まあ、いいや。夕食、もう出来てるとよ。」


説明を面倒がったルシアの適当なあしらいにノーチェは納得いかなそうな顔をしたが、答える気がルシアにさらさらないことは見て分かったので話は流し、小屋の中へとルシアたちを促した。


「そう。なら、食後に報告聞かせてね。」


「ああ。」


小屋の扉を(くぐ)る瞬間にルシアは隣を見上げて放った言葉にノーチェは(うなず)いたのだった。



ーーーーー


「......もっと小数かと思っていたのだけど思いの外、集落に人数が居るのね。」


「ああ、そうですね。話をして回った時も思いましたがこんな山奥にしては充分大きい集落かと。」


ここは小屋の個室で普段はエグランティーヌが小屋へ泊まる際に使用している部屋らしい。

そこへ昨晩もルシアは泊めてもらっていた。

昨晩、フィデールは実家へ、それの護衛にノーチェ、イオンはこの個室の室内に、後の二人は居間で休んでいた。

夕食を終えたルシアたちはこの個室に集まり、今日の報告会をしていた。


「ああ、今日のフィデールの護衛にはクストが行ってくれる?」


「......分かった。話がまとまり次第向かう。」


とっても不服な表情でクストディオが頷いた。

クストディオには悪いけどノーチェにばかり頼むのもね。

そもそもノーチェは私の専属密偵じゃなく王子の密偵だし。

......まあ、その王子に無断でこんな辺境まで連れてきてるんだけどねー。


さすがに王子にバレたかな。

そろそろノーチェからの連絡が途絶えたことに対しての問い合わせが街の屋敷へ届いて私の関与が伝えられている気がする。

......うーん、元よりそのつもりだけど是が非でも交渉成立させて手柄を持ち帰らねば。


あー、やだなー。

隠し通せない上、隠すつもりもない以上、どのみち王子の説教は確定してるんだよなー。

まあ、分かった上での強行なので甘んじて受けるけども。


「お嬢、どうしたんですか。そんな嫌そうな顔して。」


「......いえ、ちょっとね。イストリアへ帰還後のことを思い出して。」


「あー。」


早くも気鬱だ、というルシアの感情が顔に浮かんでいたのか、イオンが指摘をする。

それに素直に答えたルシアの言葉にイオンは納得の声を上げ、他のメンツも理由に思い至ってイオンと同じような表情を浮かべた。

この際、なら怒られるようなことをしなければ良いのに、とは誰も言わない。


「それより、ノーチェ。他に気になったことは?」


「......そうだなぁ。ああ、集落の西側に広がる墓地にも一応足を運んだんだが、人が住める建物は一切なし。居たのは墓参りで訪ねる人くらいか。後はずっと先まで墓。墓。墓。あれは壮観だったが、その下全てに死体が埋まっているって考えるとゾッとするな。」


それは確かにゾッとするだろう。

ルシアもちらっと見えた白い柱のような墓石が延々と立ち並んでいる様子を想像した。

墓石の白さが何で出来ているかは分からないがその様子はとても神秘的に見えるに違いない。

そこが墓地だと知らなければの話だが。


「そうだったの。私たちはグウェナエルに止められてしまったから墓地には行っていないのよ。」


「そうなのか。グウェナエル......長の息子であの坊っちゃんの従兄だったな?」


そちらには誰も居ないとグウェナエルに止められた時のことを思い出してルシアは言った。

同じようにグウェナエルについて思い出そうと首を捻って言葉を紡ぐノーチェへルシアは頷いて見せた。


「ええ、そうよ。なんというか......調子の良い...?軽薄そうな......?そんな感じの青年よ。」


フレンドリーというか、グイグイくるというか。

ルシアは自分が並べた言葉が若干失礼であることに気付いていない。


「ああ、そうだわ。グウェナエルが言っていたのだけど、墓地の一番奥に古い文字が書かれた初祖の石碑があるって。」


日本語ではなさそうではあったけど、ノーチェはそれを見てないだろうか。

そう思って尋ねたルシアにノーチェは思い出そうと斜め上を見上げたが、やがて思い至ったように視線をルシアへ戻した。


「ああ、他の墓石は細身のものばっかりだったが、確かに一番奥に見たことない文字がびっしり彫られた大きく横長の石碑があった。白い墓石と違って黒い石だったから印象に残ってる。確か......。」


石碑について答えながら、ノーチェは腰に巻き付けたポーチのようなバックから紙とペンを取り出すとさらさらと何かを書き出した。

それをルシアが覗き込むと、他三名も同じように覗き込んだ。

ルシアは目に飛び込んできたそれに息を呑んで目を見開いた。


「こんな感じか......?前に嬢さんが制限図書の間で読んでいた古代語も見ていたがそれとも違うし、そもそも俺には文字というより模様にしか見えないんで所々曖昧だが。」


「アルクスでも見たことない文字だと。とは言っても、ただの一介の騎士だったんで絶対にないとは言い切れないですが。」


「......僕も見たことがない。」


「あー、俺もないですねー。お嬢に拾われる前に見たことあったかもしれませんけど、記憶ないんで意味ないんですけど。」


各々、ノーチェの書いたそれに思い思いにコメントする。

三人の目にもそれは文字というより模様に見えた。

そして、グウェナエルがこの文字を水のように流れて切れ目が分からないと称していたことを思い出して、確かにこれはそれが一番近い言葉だと納得していた。


そんな中真っ先に反応しそうな、雑学から専門的な内容まで網羅していそうな規格外の知識と記憶力を持つ王子と同等に会話を繰り広げ、討論をしている読書家のルシアが全く口を挟んでいないことに気付いて四人は一斉にルシアの方を向いた。

当のルシアは(いま)だ紙を見下ろしていた。

しかし、やがて顔を上げたルシアはノーチェを見やる。


「...ねぇ、これは石碑の一番最初の文章?もしかして、ここはこうだったんじゃない?」


するっとノーチェの手からペンを抜き取ったルシアは一部を書き換えてノーチェへ見せた。

それを覗き込んだノーチェは目を(またた)かせた。


「あー、そうだそうだった。ここはこうだったな言われてみれば。大した違いがないと思ってたがこの差に意味があったのか............ってことは?」


密偵として驚異の記憶力を持つノーチェはその記憶を手繰り寄せて得心がいったように頷いた。

そして、それを指摘したルシアに目線を戻した。

それへルシアは口角を持ち上げて笑ってみせる。


「ええ、多分だけど読めるわ。...そうね、交渉の方がずっと重要ではあるけれど明日、その石碑に行ってみましょう。......私が気になるだけだけれど何か、役に立つかもしれないから。」


グウェナエルが解読不可と言っていたこの文字。

ルシアはもう一度、紙を見下ろした。

それが予想通りのものであれば。

そこに書かれていることにゲリールの民たちとの交渉にヒントとなる何かが記されているかもしれない。

またはそれを読み解くことこそが交渉材料になるかも。


確証がある訳ではないし、徒労で只でさえ急いでいる現状では悪手かもしれないけど。

百聞は一見に()かず。

確認するだけの価値はあると思う。

そう思ったルシアは明日、早朝に石碑を見に行こうと予定を決めたのだった。


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