103.まさかの案内人
「...過ぎたことを申しましたわ。どうかお許しを。では。」
誰もが沈黙してしまった中で、ルシアは押し黙ったフィデールにもう一度優雅に礼を取ると颯爽と踵を返した。
イオンたちもそれに続く。
「...後々、面倒事にならないと良いですねぇお嬢。」
「......イオン、それは言わないでちょうだい。」
いや、若干言い過ぎたなー、とは思ったの。
面倒事は嫌だと言っておきながら見事に喧嘩腰だった自覚はあるよ。
けど、なんか不機嫌だし、なのに呼び止めるし。
......まあ、何度も立ち止まらざる終えなかったのにイライラしてたかもしれないけど。
「やっぱり自覚あるんですね。うちのお嬢、思ったよりずっと短気。」
「だから言うなってば、それを。」
自覚ある分、痛いから!
ぐさぐさ刺さってるから、それ!!
容赦ないイオンの追撃にルシアは項垂れた。
「...えーと、とりあえず一度、身支度を整え直しに店へ行きます?」
その気不味げな空気を察して、ノックスが話題を変えようと提案をした。
ああ、確かに馬での平地を行く旅と山登りでは要る物が違う。
それに無駄な物は邪魔になるから荷物の整理は必須。
それに、山登りしている間は馬を何処かに預ける必要がある。
「そうね、そうしましょう。」
やっちゃったもんは仕方ない。
後々にパーティーや公式行事で顔を合わせた時のことを考えると恐ろしいが、今は考えないでおこう。
ま、まあ、一応今の私は伯爵令嬢でしかないし?
そんな現実逃避をしながら、ルシアたちは教会を後にしたのだった。
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「良かったわ、あの子たちを預かってくれるところがあって。」
「あー、さすがに日数は分からないっていうと嫌な顔してましたけどねー。」
「それは仕方がない。」
ルシアの溢した言葉を拾ってイオンが答える。
それにクストディオが肯定し頷いた。
話の内容はルシアたちが乗ってきた馬たちを山登りの間の預け先である。
最初の一軒目にこんな立派な馬を預かれないと言われ、その後も何軒か回り、やっと預けることが出来た。
また、山登りに加え交渉、下山とどのくらいかかるか分からないのでそれにも渋られたのである。
まあ、なんとか多めに支払うことで頷いてもらったんだけど。
「あの子たちの為にも出来るだけ早く終わらせましょう。」
「ああ、そうだな。ところで嬢さん、その恰好で本当に大丈夫か?」
パチン、と手を打ち合わせてルシアは話を括った。
それに斜め後ろに居たノーチェが頷きながらルシアの横へ並び、ルシアの姿を見下ろしてまじまじと見た。
今、ルシアは長めの髪を一つに結び、服装はシャツにズボンとまるで平民の少年のような格好をしていた。
勿論、山登りの為に着替えたのである。
「ええ、ズボンの方がずっと動きやすいわ。前にドレスで森を駆けたことがあるけれど、あれは本当に大変だったのよ。」
「あー、アルクスのことですか?...あれ、でもあの時はドレスではなく、ワンピースじゃなかったでしたっけ。」
「......。」
いや、ドレスの動きにくいこと動きにくいこと。
重いし、嵩張るし大変だった。
そんなげんなりとした感情がありありと見えるルシアにノックスが首を傾げて尋ね返す。
その様子にノーチェはあー、と思い至ったかのように腕を組み、クストディオが黙り込んだ。
「あーっと、お嬢はそれだけ面倒事に首を突っ込んでるって話ですよね。今回も追加で引き付けなきゃ良いんですけど。」
ちょっと悪くなった空気にイオンがすぐさま話題を変えようと明るめの声を出した。
しかし、その内容が内容なだけにルシアはむう、となる。
まあ、間違ってはいないけど!!
「?なんだか、そのまま流しちゃいけない気もするんですが...そうですね、取り敢えずルシア様が突っ走らないように見ていれば良いですよね。」
「ノックス!」
まだ首は傾げていたが、とりあえず納得したように頷いて肯定したノックスに堪らずルシアが声を上げた。
猛獣か何かか、私は。
なんだかいつの間にか、一番の厄介事は事件や物事そのものというより、私だっていう共通認識が出来上がってない...?
「ルシア、落ち着いて。山の入り口が見えてきた。ここから本格的に体力勝負。」
「...ありがとう、クスト。確かに声を張り上げるのにも体力が要るものね。気を引き締めるわ。」
先頭を歩いていたクストディオがルシアへ山に近付いたことと共に注意をした。
それを聞いて、ルシアもすっと背筋を伸ばした。
「...彼処が入り口ね。............!」
「お嬢?」
前方を見たルシアが急に立ち止まったことにイオンが顔を覗き込んだ。
他三名も同じように立ち止まる。
ルシアが見ていたのは入り口。
ではなく、その表記がなされているであろう看板に凭れるようにして立っていたマントを目深く被った男だった。
体格から男性、身長は男性にしては少し低い。
クストディオや他のメンツに見えていなかった訳ではない。
ただの旅人だろうと気に止めなかっただけのことだった。
しかし、ルシアが立ち止まってこちらが自分を知覚したことに気付いたのか、男はマントのフードを外した。
「!貴方は。」
晒された男の顔にルシア以外は驚きの声を上げた。
それもそのはず。
だって、そこに居たのは紛れもない。
先程、見たばっかりの。
「...ミィシェーレ様ともあろう方がどうしてこちらに?」
ルシアは平静に尋ねる。
確かにその男、少年はフィデール・ミィシェーレだった。
教会で着ていたような汚れやすい真っ白なローブではなく、ルシアと変わらないような動きやすい服装をしており、肩には荷物をかけていた。
「......私にも行くべき理由が出来た。私も貴女たちに同行する。私のことは案内人とでも思ってくれ。貴女たちよりはこの山に詳しいことは保証しよう。」
そう堂々と、信念持った瞳でフィデールは告げたのだった。




