101.教会にて
「ここが例の街?」
「はい。さて、どうしますか?ルシア様がお疲れでなけりゃ、そのまま教会に行きますけど。」
それからルシアたちは2日ほどかけて、目的地の山があるコンソラトゥールという街の入り口までやって来ていた。
環境としてはイストリアほどの積雪もなく、日本の気温に近いだろうか。
「ええ、そうね。私は大丈夫だから教会へ行ってちょうだい。」
振り向いて尋ねてくるノックスにひらひらと手を振って、ルシアは先を進めと指示を出した。
ーーーーー
「......では、彼らと交渉すると?」
「ええ。わたくしには彼らがどうしても必要なのです。絶対に交渉成立させる心積りですわ。ですから、こうして事前に報告をしに参りましたの。エクラファーンから優秀な人材を引き抜いて良いかと。」
「......。」
教会へ順調に辿り着いたルシアたちは奥の一室へと通してもらって、ここへ来た理由について司祭に説明をしていた。
司祭は確かにここから見えている山の奥にゲリールの民が住んでいるらしいと教えてくれた。
しかし、司祭の表情は隠さず教えてくれる割にはとても穏やかとは言い難い。
「...彼らは確かにエクラファーンに住まうエクラファーンの民でしょう。しかし、もうずっと昔からこの街の人間ですら彼らと接触したことが御座いません。それ故に貴女様が交渉以前に彼らに接触出来るかどうかも私たちには断言出来ぬのです。」
好々爺という風貌をした司祭は一度、目を閉じてルシアを見つめる。
「彼らを貴女様が連れていかれたとしてもエクラファーンには何の影響も御座いません。しかしながら、彼らの居場所は山奥にあり、また王族の命にも頷かぬ者たち。無駄足になる可能性がとても高いのです。それでも本当に、貴女様は行かれるのですか。」
「ええ。」
真っ直ぐに射貫くような瞳をしてルシアは頷いた。
確かにかなりの難易度だろう。
無駄足というなら既にエクラファーンへ来た時点でとうに選択肢を迷う時間は過ぎているのである。
今から引き返しても無駄足だから!!
そんなルシアの強い意志が伝わったのか、司祭はため息を吐いてから立ち上がり、後ろの戸棚から一枚の紙を引き出してきた。
「こちらはこの辺り一帯の地図です。山の中ではあまり役に立つかは分かりませんが無いよりは良いでしょう。お持ちください。」
「よろしいのかしら?」
手渡されたそれは確かに地図だった。
精度は前世と比べるでもなく、大雑把ではあるけれど地図は地図だ。
本来、こうした物は戦争時の有力な情報になるから機密事項なんだよなー。
さすがに国々を行き来する商人や旅人は脳内に地図を持っているだろうけど。
「お気遣い感謝致しますわ。本日は時間いただき本当にありがとうございます。」
「いいえ。お気をつけください。」
ルシアの問いに何も返さない司祭に了承と取ったルシアは礼を述べて立ち上がる。
さあ、許可がおりたから行こう山奥へ。
ゲリールの民と交渉しに。
まあ、許可がなくとも短期間でも力を借りられるように交渉するつもりだったけど。
そうして、廊下へと出たルシアはその先に誰かが立っているのを見て立ち止まった。
そこには一人の青年が居た。
いや、少年だろうか?
王子と変わらないくらいだが、少し幼い?
その少年は司祭と同じくエクラファーンの聖職者のローブに身を包んでおり、その白色にオレンジがかった髪色とその葉のような緑の瞳が鮮やかに映えている。
ルシアは不躾に見ていたことに気が付いて、さっと視線を逸らして目礼をした後、彼の横を抜けようとした。
「......ゲリールの民に会いに行くのか。」
「...?ええ、彼らの力が必要なのです。」
丁度ルシアが横並びになった時、少年は今まで微動だにしなかった身体を横に向けてそう言った。
つまりはルシアに向けてである。
どうやら司祭との会話は廊下にまで聞こえていたらしい。
突然な質問にルシアは首を傾げながら答えるが、こちらを見下ろす少年の顔はとても険しい。
な、何?
なんかすっごい、怒ってない?
文句でもあるんだろうか。
どうして声をかけられたか分からないルシアがそう思考を巡らせている間に、後ろの扉から出てきた司祭が驚いたように目を見開いた。
「フィデール様!次期教皇ともあろう方がどうしてこちらに?」
その信じられないものを見たかのような言葉にルシアも目を丸くしたのだった。




