98.彼女の取る行動は
「全く、お嬢はすーぐこれだから。」
大人しくなんてしている訳ないとでも言いそうな顔でルシアの向かいに座るイオンは言った。
窓の外を見ていたルシアは振り向き、イオンににこりと微笑みかけて口を開く。
「...ノックスもクストも居るし、そろそろ失礼な従者は解雇しようかしら。」
「その冗談が言える辺り、調子は戻ったようで何より。............冗談ですよね?」
「どうかしら。」
からかうように返した言葉にルシアはすん、と無表情になったのを見て、イオンが少し不安そうに聞き返す。
しかし、その様子にルシアが声を上げて笑いながら返答したのを見て、イオンは胸を撫で下ろした。
ルシアは今、馬車に揺られている。
向かいに座るのはイオンで隣にはクストディオが座っていた。
窓から外を見やれば、馬車の横をノックスが馬で駆けているのが見える。
まあ、要するに王宮を抜け出てきたのであった。
向かっているのは国境近くの拠点の一つとなっている街。
そこにはイバンが配置されているようだ。
さすがの王妃でも公爵家の跡取り息子を戦場に送ることはできこそすれ、最前線には送れなかったようだ。
まあ、不況は買うわな。
そして、その街はピオが運び込まれた街でもあった。
「......カリストはまだ最前線に居るのでしょ?」
「...殿下が下がってきたとの報告は受けてない。」
クストディオが手元の書類を捲りながら告げる。
ルシアは憤然とした表情を浮かべた。
「あんの馬鹿。」
「あー、お嬢。貴女の旦那様であり、自国の王太子でもある王子殿下ですよ。」
「ええ、知っているわ。それはもう、6歳の頃から。」
つい漏れた飾り気も一切ないルシアの毒づきにイオンが何とか宥めようとするが、ルシアが顔に浮かべるのはある意味良い笑顔である。
イオンはクストディオと目を合わせて、肩を竦めさせた。
しかし、本当に王子は馬鹿だ。
どの程度の負傷かは聞いていないけど、絶対に無理をしているとみた。
まあ、戦場にあって動けないほどではない怪我で引き下がる人ではないのはよく知っているし、何より私もブーメランなので責められないんだけど。
それでも腕の負傷はそれなりに彼の負担になっているはずだ。
ルシアは盛大に毒づきたいのにそういう心境もあって言えず、また窓の外に目線を向けた。
ドスン
その時、馬車の屋根が音を立てた。
何か重いものが乗ったような音である
イオンもクストディオも警戒に神経を張り詰めた。
しかし、その緊張感に反して屋根の上からにゅっと手が伸びてきてひらひらと振られる。
そして、その手は窓ガラスをノックした。
「こんな登場で悪いが、このまま話させてもらっても?嬢さん?」
「...久しぶりね、ノーチェ。ちょっと、逆さ向いて覗かないでちょうだい。ほら。」
ルシアは続いて顔を覗かせたノーチェに呆れたように返して、自ら窓を開けた。
すると、ノーチェは器用に中の三人にはぶつからず、するすると馬車の中へ入って空いていたイオンの隣に落ち着いた。
「どうやって走っている馬車に?」
「あー、横の木々からちょっと。」
...何処のアドベンチャーゲーム?
いや、にゅっと伸びてきた手や逆さまの顔はどちらかというとホラーだよね。
「それで?貴方がカリストの元から離れてわざわざ私の元へ来たのは何かしら報告があるのでしょ?」
ルシアの言っていることは要約するとさっさと用件を話せや、になる。
ノーチェははいはい、と言った風にルシアに報告書を手渡した。
「そこにも書いてはある通りだが、殿下とピオの怪我の件について。後は戦況だな。」
そうして、ノーチェが語り出した内容は最前線での今までの戦況の流れだった。
ノーチェによると王子たちが到着してからイストリアが優勢で、順調にスラング兵を退けていたのがある一人の男に覆されたとのこと。
今はイーブンとのことだが、王子たちが如何に戦力として優秀かはルシアも知っているところなので、それを一人で行ったその敵にルシアは眉を顰めた。
「...その男って。」
「ああ、身体的特徴から戦闘傾向から十中八九スラングの毒蜘蛛スピンで間違いない。」
やっぱり。
そんな災厄とも言えるスラング兵がひょいひょい居てたまるかよ。
そして、やっぱり立っていたよフラグが。
あんたの登場はもっと後だろ。
今回、スピンの登場が早まった原因がほぼ私だと確定しているので何とも申し訳ない。
「...だから、カリストは最前線を離れられないのね。」
スピンは放置出来るような敵ではないから。
そりゃそうだよ、中ボス?だもん。
ルシアは額を押さえてため息を吐いた。
「他に報告は?」
「今のところはおいおいだな。」
「そう。」
まあ、戦況は今現在も刻一刻と状況が変わっているようだからあまり逐一聞いていても戦場に居ない私には役立たないか。
ルシアが|頬杖を突くと、本日二度目の窓をノックが行使された。
その人物は馬に騎乗しているノックスである。
「なあに、ノックス。」
「そろそろ目的の街ですんで伝えようと。...ノーチェ、もっとまともな接近方法はなかったのか。」
ノックスは目的地が近いことを告げて、後半は先程のルシアのような呆れた表情をノーチェに向けた。
ノーチェはへらへらと返事をしていた。
ルシアはそれを横目に窓から顔を出して前方を見た。
確かにすぐ傍まで街が迫っていた。
ーーーーー
馬車は街の中心にある屋敷で停まり、ルシアは地に足をついた。
出来る限りとばしてもらったので若干のふらつきがあるのをイオンに支えてもらいながら下りた。
とはいえ、ルシアとしては本当なら馬のみで来たかったのだが。
さすがに王子が居ないのにお忍びで出てくることは叶わず、王子を心配しても居ても立っても居られずを演じてきたのだった。
よろよろとしながらルシアは自身が滞在する部屋ではなく、ピオが寝かされている部屋へ案内してもらった。
入室すると包帯をあちこちに巻かれているピオがベッドに寝かされているのが目に入った。
その姿は想像以上に痛々しい。
「...もうずっとこのままなの?」
「ああ、峠は越えたが昏睡状態から目覚めない。」
ノーチェの言葉にルシアはピオを悲しげな顔で見つめる。
ピオはいつもにこにこしていて、クリストフォルスのように裏表もない、本当に愛らしい少年だ。
その少年が笑みも浮かべず、ただただこんこんと眠っている。
「...清潔な布とお湯は用意出来るかしら。あと、出来るならばちゃんと掃除のされた部屋にピオを移して。ああ、シーツも新しく取り替えてね。」
ルシアはピオから視線を外さずに立ち上がって指示を出した。
ここまで来たからには動くべきだ。
自分に出来ることを。
的確な看病のアドバイスは出来る。
特に衛生面は。
看病スキルは昔、レジェスの風邪の看病で実技が、過去と今現在に読んできた本で知識がついていてそこらの素人よりはある。
ルシアの意図を汲んだクストディオが屋敷の騎士たちに付いて部屋を出ていく。
俄に慌ただしくなりそうだ。
「...イオン、ノックス、ノーチェ。少し聞いてもらいたいことがあるわ。」
ルシアは真っ直ぐに三人を見据えた。
ほんとはもう少し先延ばしにする予定だったんだけど。
ルシアは一つの計画に乗り出すことにした。
それは後々に必要だと感じたルシアが調べていたことの一つである。
真剣な表情で語り出したルシアの瞳には決意の青い炎が宿っていた。
*お知らせ*
まことに勝手ながら、100話という大台を目前に作者である私は私情で16~19日の間、お隣の国台湾の旅へ行くこととなりましたので、その間の投稿を休ませていただきたいと思います。
さすがにストックを用意出来ませんでした(泣)
読者の皆さまには迷惑をかけますが、しっかりと帰国後は引き続き投稿していきますので今後もこの作品を愛読いただけたら幸いです。
コメントへの返答、誤字修正、ルビ振りなども帰国後になると思いますのでご了承ください。
次の投稿は21日0時を予定しております。
ちゃんと旅行楽しんでくるよー!




