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※更新しない  作者: 無知との遭遇
人は、理不尽を、不条理を
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第七話

 

 明け初める黎明(れいめい)の空が見下ろす森の中、一組の男女が居た。言わずもがな、オスカーとアレッタである。二人は(おどろ)な山道を抜け、巨大な岩石がそこらに並ぶ場所に来たのだ。

 目的は単純明快、オスカーが望んだ新しい力を実感し馴らすための練功である。オスカーは昨夜に早速向かおうとしたが、夜道は危険な事に加えて病み上がりだからと慌てて制したアレッタの説得によりこの様に早朝からこの場所まで出向いたのだ。


「――――シッ!」


 鋭い気勢と掛け声と共に放たれた一撃は、巨石を藁しべの如くいとも容易く斜めに両断してみせた。

 ズルリと滑り落ちた巨石の断面は滑らかなもので、街の職人が加工した岩と遜色なく、傍目にはオスカーが一刀の下で両断したとは夢にも思わないだろう。

 周囲には同じような状態の岩石が幾つも転がっており、この惨状を誰が作り出したかは一目瞭然だ。


「……ふぅ」


 ゆっくりと息を吐き出して上げた面には汗一つ浮かんでおらず、僅かたりとも呼気の乱れはない。

 魔族に変質した時に得た力、それはオスカーの予想を遥かに上回るものだった。一振りでまるで紙を斬るかのように岩は裂け、それでも尚まだ有り余る力。感覚も鋭敏になり、辺りにどのような生物が居るのかを手に取るように解る。恐らくはスタミナなども同様に上がっているだろう。

 今の状態であれば……理性を失ったノロウェを相手に堂々と力任せの白打での殴り合いを演じたとしても、その戦闘は伯仲(はくちゅう)したものになるだろう。エクスカリバーを使えば、間違いなく勝利を捥ぎ取れると確信できる。

 そもそも武術とは、脆弱な肉体を持つ人間が幾度もの艱難(かんなん)を経て生み出されたものだ。肉体では他の種族を下回っている、ならば他の分野では勝ってやろうという弱者の抵抗の結晶。それがあるからこそ、肉体では上回っている相手とも互角に渡り合えるのだ。

 ならば、魔族の頑健な肉体に人間の戦闘技術が加味されたらどうなるのか――――沸き立つ高揚に血が昂ってしまう。


 それにしても、だ。

 この剣、エクスカリバーは英雄が揮った宝剣と謳われるだけあって凄まじい性能を誇る。何を置いても先ずこの切れ味である。そこいらの鍛冶屋で鍛え上げた剣であれば、鈍でなくともこの様に巨石を両断しようとすれば力が足りても先ず剣が先に折れる。

 だがこの剣はどうだ。巨石をそれこそ紙のように切り裂き、刀身を(あらた)めても変わらず曇りも刃毀れも一切がない。

 一つ頷いた後、鞘にエクスカリバーを納めたかと思えば、不意に後ろへ振り返り――――


「破ッ!」


 裂帛の気合と共に、振り向きざまにエクスカリバーを抜いて空に無数の白銀の剣線を描いていた。

 一息で背後の巨石を何度も斬り付けて、巨石は細々に無数の石と化して原型を留めないままに崩れ落ちていく。目にも留まらぬ神技ではあったが、オスカーの顔は不満気に(かげ)っている。

 ――――新しく手に入った力を、十全に使いこなせていない。

 胸中を占拠するのは、この一言であった。簡単に言えば、武器の扱いすら満足に出来ない者に最新の武器を与えるようなもの。即ち、前とは比べ物にならない力についていけず、踊らされているのだ。

 自身の肉体を完全に使いこなせるようになるなどハードルが高い、そう捉える事も出来るが、オスカーの目標を達するにはまだ温いとしか言いようがなかった。


「凄いですね、オスカーさん。自身は納得が行っていないようですが」


 神妙気な顔をするオスカーに、『オスカーさんの体に何かあったらいけないので、私も同行させていただきます』と一緒に来ることになったアレッタからパチパチと喝采と賛辞が浴びせられる。

 その佳麗(かれい)なかんばせに衒いのない柔和な笑みを浮かべ、素直な礼賛を述べたが、それは一瞬の間のみ。直ぐに顔を曇らせて、心配そうに苦言を呈した。


「ですが、私としてはあまりお勧め出来ません。いかに傷が治っていたとしても、表面上のものでしかないかもしれませんし、戦い明けなので疲労も溜まっているかもしれないでしょう。無理に体を動かす必要はないはずです、養生することをお勧めしますが」


「そんな甘い事を言ってられないのがこの世界だ。野の獣は痛手を負ったからと体を休めていれば食い殺されてしまう、ある程度体を動かさなければ傷の治りは遅くなるものだ。それに、俺の感覚では傷は完全に癒えている。自分の体がどのようになっているかなど、それこそ手に取るように解るさ」


「ですが……」


 アレッタは渋るが、傷は既に完治している。となれば一日中家で惰眠を貪るのも憚れよう、鍛錬の一日でもサボれば、それは三日以上の遅れに繋がる。既に数日にも亘って体を動かしていないので、是が非でも今日は体を動かしておきたかった。

 ――――それに、予想が的中すれば、直ぐにでも敵は。

 雑念を思考の隅に、黙々と体を動かしていく。小一時間ほど体を動かした後、オスカーは帰路についたのだった。






 ◇◇◇◇◇






 オスカーが街に戻って来た頃合いには、既に街は喧々諤々(けんけんがくがく)とした異様な雰囲気に包まれていた。道の端で嘆くように項垂れる人、輜重(しちょう)に荷物を満載にして慌てふためきながら街から出ようとしている人、武器を手に、何か大声で喚き合う兵士達。

 普段とは明らかに乖離した光景に、何日も暮らしているとあって追従しているアレッタも流石に違和感を感じたのだろう、喧噪を前にして困惑を隠しきれずに視線を彷徨わせている。

 その姿を後目に、心当たりのあるオスカーは拙速(せっそく)にこの街を治める領主であるイレスト候の元に向かう。忙しなく人が行き交うのを理解できずに眺めていたアレッタも、足早に向かうオスカーを視界に入れて弾かれるように慌てて追いかけた。

 ついた先には、普段よりも緊張に顔を引き締めた衛兵の姿だった。


「すまないが、イレスト候に取り次いで貰えると助かる」


「……オスカー様ですね。判りました、主人に確認して参ります」


 門の前で衛兵の役割を担っている私兵は、重要な役職を任されているだけあって手慣れているのだろう、オスカーの姿を認めて、動じることなく淡々と受け応える。

 普通の人間ならば勿論通さないが、オスカーは「A」ランクの冒険者であるし普段からイレスト候と懇意にしている。普段から衛兵を任されているからこその判断だ。


「許可が取れました。お連れします」


「頼む」


 状況を上手く呑み込めていないのか視線をあちらこちらに飛ばすアレッタを伴って、先導する私兵の後を追随する。向かったのはこの時間帯ならば基本居るはずの執務室……ではなく、意外にもこの邸宅のリビングに値する場所だった。

 カチャカチャ、とイレスト侯の手元で金属音が鳴る。こんな緊急時にも拘わらず、悠長にも食事を摂っているのだ。呆気にとられたオスカーだが、兵士が部屋を辞した所で意識を取り戻す。


「優雅にディナーとは……結構なご身分だな」


「飯を摂らなければ思いつく事も思いつかないさ」


「詭弁を……」


 侮蔑も露わに吐き捨てるオスカーに対し、浮かんだ笑みをそのままに肩をすぼめる。だが、これはただの茶番でしかない。直ぐに顔付を鋭く変えたオスカーは、睨みを効かせるように見据える。


「それで、やはり()()()()?」


「……ああ、少し前に念話が入ってね。――――情報に因れば、今までにない程の規模を誇る魔王軍は隣町であるドファンスを滅ぼし、こちらに向かって進行中とのことだ」


 ドファンスの街は魔界と近い場所に街を構えているので、当然逗留する兵士たちも多く、兵力はこの街よりも上回ると記憶している。滅ぼされた後に念話があった事を考慮すれば、何の抵抗も出来ずに滅ぼされた可能性すらある。となれば……と思案しながらも、話を進める。


「信憑性は?」


「攻めてくる理由はきちんと用意されてあるし、念話の内容も真に迫っててね……悪戯である事を願うばかりさ」


 軽く冗談を口にするが、目は真剣のまま。つまり、信憑性はかなり高いと。

 いままで話の流れについていけず黙していたアレッタは、そこでようやく思い至ったのか、まさかと言わんばかりの表情で口を押さえ、言い募る。


「待ってください、攻めてくる理由とは、まさか……!」


「ノロウェが殺されたことに対する報復。理由は十分だろう?」


「な――――」


 横面を叩かれた気分だった。魔王軍の体裁を考えるのならば、幹部格に当たるノロウェが死んで何もしないというのは問題だろう。体裁を繕うためにも今回の出兵は十分に納得が行く。何故、早く考え付かなかったのか。少し考えを巡らせれば、思いつくことだろうに。

 不意の稲妻に打たれたように絶句して言葉も出ない様子のアリエルを横目に、元々予期していた事もあり動揺が少ないオスカーが質すより先、独り呟くようにイレスト候は語り出す。


「ドファンスから此方までの道程は、凡そ九〇キロ以上ある……人間の軍が進軍するのならば、三日はかかる距離だけど、魔王軍の前にそれは楽観が過ぎるかな。面目が潰れる事を(おそ)れているのならば、躍起になって攻めてくる可能性もあるだろうしね」


「ああ」


 勿論了承していると会釈を返すオスカーを見据え、イレスト候はフォークとナイフを置いて、あくまでも冷静に先を告げた。


「一つ提案なのだが……二人はこの街から逃げてくれないか?」


「――――ま、待ってください!この街に魔王軍を呼び込んだのは私が原因です!なのにおめおめと逃げるなど……!」


「この街の住人の命と、其方ら二人の命……どちらが重いかなど、瞭然だろう?」


「……ッ!」


 真っ向から諭されて口を噤む。

 老若男女問わず命に貴賤はないと……嘗て、とある偉人はそう言ったそうだ。

 だが、敢えて言おう、一人一人の命の重さは違うと、同じでは決してないと。ただのうのうと何かをするまでもなく余生を享受する余命が幾何(いくばく)の老人と、希望と未来に満ち溢れる赤子……どちらを生かすかを迫られれば、大多数は赤子を選ぶだろう。つまりはそれと同じ事。

 これから先の人類を救う可能性があるオスカーとアレッタに比べれば、この街の住人の命は――――あまりにも、軽かった。


「既に兵士たちには下知(げち)している。人類のために剣を執り、せめて時間を稼いで死ね、とな」


「それ、は……!」


 幾らそれを理性で理解していようとも、感情が受け入れる事が出来るかは別。反駁(はんばく)も思うように出来ず、桜色の唇を噛み締めながら、俯いて握った拳を震わせる。

 だが、それと相反するようにオスカーは冷静のままだ。


「――――判った。なら俺は早々に街を出よう」


「オスカーさん……!」


 慨嘆(がいたん)の視線と訴えに、オスカーは冷徹な一瞥を送るだけだ。

 少し前ならば自己の命など顧みずに戦いを仕掛けただろうが、今のオスカーは別。前は自身の力が魔王に届かないからと一矢報いれれば良いと心の奥底では考えていたが、今では魔王の首級を取るという目標が明確になって来ている。だからこそ自らの命を無為に棄てるワケにはいかなかった。色気を出すな、と言われる方が無理がある。

 助勢は乞えないと理解したのだろう。視線を戻し、半ば絶叫のように声を張り上げた。


「私は戦います!見捨てることなど出来ません!!」


「残ってどうする」


 アレッタの決意を、しかしイレスト候が落ち着き払った様子でばっさりと切り捨てる。


「魔王軍の幹部が打ち取られたとあれば、本腰を上げて来るかもしれん。もしかすると、幹部格の一人や二人でも居る可能性だって無きにしも非ずだ。それに加えて大軍と来た、勝てる見込みは先ずない。例えアレッタが奮迅して一騎当千の活躍をしたとしても、一人に敵が群がる確証もないだろう?目的の人物が尻尾を巻いて逃げたと知れば、面目も保たれる。兵士としても、人類の礎になれて面目躍如(めんもくやくじょ)だろうよ」


「……それが、本懐だと?」


「自分一人の命ではないのだ。それを自覚してくれ」


 普段の剽軽さは鳴りを潜め、代わりに領主としての物事を沈着に見極める冷厳(れいげん)さで冷静に物事を捉えろと諫める。それが止めになったのか、陳情(ちんじょう)は愚か言葉すらも出ない様子で悄然(しょうぜん)と項垂れ、そして懇篤(こんとく)と怒気に戦慄きながらもイレスト候に背を向ける。


「時間を無駄に浪費するのも憚れるので、早々に出て行こかと思います。失礼しました」


 感情を押し殺しながら簡素にそう告げて、沈鬱に去っていく。その後ろ姿を見送って、この場所にはもう用がないと判じたのだろう、同じようにオスカーも踵を返した。


「オスカー」


 部屋を出る直前にどこか哀切(あいせつ)な響きを持つ声音で呼び止められ、足を止めた。

 振り返った先には、どこか悲し気な微笑を湛えるイレスト候の姿。罪を自白するかのように、寂寥と無念を滲ませる、オスカーと同色の青玉(サファイア)の瞳。そう、母と同じ――――


「恨むなら恨め。早く気付いてあげれず、修羅の道へ突き落した私をな」


「……それは」


「既に詮無き悔恨ではあると理解はしているが……思わずにはいられない。もう少し、気に掛けていられたら、とな。本当に、過去の自分ほど度し難いものはない!」荒ぶる感情の赴くままにダン!と拳を机に叩きつければ、ワインが注がれていたグラスが倒れて地面に転がり、床に敷かれたカーペットを汚していく。そこで感情が鎮静されたのか、嘆くように乾いた失笑を浮かべる。「……私は、お前の叔父としては失格だな」


 始めてみせる面差しと本音に一瞬呆気に取られたオスカーだが、即座にそれは違うとかぶりを振るった。


「あんたは、良い叔父だったよ」


「そう、か」その言葉を、イレスト候はどんな気持ちで聞いたのだろうか。炎のように揺らめく双眸は温かな色を宿していた。「――――ならばさあ行け、同じ(てつ)を踏ませるワケには行かないからな。後顧の憂いはない、せめて時間を稼いで散ってみせるよ……願わくば、家族としてもう少し一緒に過ごしたかったのだがな」


「……あんたの事は忘れない」


 背を向けて、最後に一言だけを残して部屋を出る。

 残ったイレストは細波(さざなみ)立つ紅茶に視線を落として一気に飲み干した後、決然たる表情で既に迫り来ているだろう魔王軍を夢想し、虚空を睨んだのだった。






 ◇◇◇◇◇






 相も変わらぬ感情を窺わせない無表情のまま邸宅を出たオスカーは、何か堪えるように顔を伏せて壁に凭れ掛かるアレッタに気付いて歩み寄った。


「聞いていたな」


「!」


 蔑視(べっし)に目付きも鋭く断じれば、図星なのか露骨に肩を震わせるアレッタを鼻で嗤う。そのまま横を通り抜け、罪悪感に顔を曇らせるアレッタに擦れ違いざまに嘯く。


「さっきの事は忘れろ」


 醜態を隠すかのような一言が予想外だったのか、呆気に取られながら目をしばたたかせ、少し間を空けて頷いた。


「……判りました」


「ふん……」


 つまらなそうに去っていくオスカーに、()()()()()()()()()()()()()()()優しく目元を緩めたアレッタが最後に一声掛ける。


「イレスト候は――――きっと、オスカーさんを大事に想っていましたよ」


「……そんな事、とっくの前から知っている」


 一瞬だけ足を止め、幽かに耳に届く程度の声量で吐き捨てるように言い残して、オスカーの後ろ姿は普段以上に猥雑(わいざつ)な人並みに紛れ瞬く間に遠のいて行く。

 ――――そして、彼は気付いていないけれど。きっと、この街に留まり続けていたのは。


「そして、貴方も……」


 嫋やかに微笑を浮かべ、眩しそうに目を細めながら見送ったアレッタは、独り呟いてその後を追った。






 ◇◇◇◇◇






 ――――魔王軍が姿を現したのは、オスカーが街を去って数刻経った後だった。

 あり得ない進行速度である。街の東に位置する荒野を埋め尽くさんとばかりの大軍は足並みを整然と揃えながら街に迫って来る。街を囲む城壁の上、魔王軍を睥睨しながらもイレスト候はその威容に汗が浮かぶのを止められなかった。

 まだ距離は離れているのにも拘わらず、漂ってくる陽炎の如き気勢は秋であるのに夏の烈日を思わせる。

 彼我の実力を肌で感じ取り、ごくり生唾を呑む。距離が縮まるのがヤケに遅かった。

 ……そして、ある程度距離が近付けば魔王軍は怒号を張り上げながら勇猛精進に駆け寄ってくる。布陣も何もない、形振り構わぬ力攻めである。魔王軍が圧倒的な力を誇るからこその攻め方であった。


「放てえぇぇぇぇぇえええええーーッッ!!」


 戦装束を(よろ)った指揮官であるイレスト候の吠えるような号令一下、その言葉に従って迫りくる魔王軍に攻撃が繰り出される。魔法、矢、投石器、バリスタ……多種多様な絨毯攻撃を受けて魔王軍も多少なりとも痛手を喰らうが、だがそれで止まるほど軟ではない、倒れ込んだ仲間の屍を踏み越え、敢然と攻めよって来る。

 即座に次の攻撃に移れるワケでもなく、攻撃を放った後であれば手は緩んでしまう。この様子であれば、直ぐにでも魔王軍は城壁に辿り着くであろう。その事実に舌を打った。


「チィ……!成る程な、ドファンスがあんなに早く滅んだのも納得だ。あれ程までに機敏に攻めてくるのならば準備もままならなかっただろう……!仕方ない、少し早いが戦鼓を鳴らせ、狼煙を上げて報せろ!!」


「はっ!」


 兵に令を下せば、兵は手に持つ銅鑼(どら)を響かせて合図を送る。

 同時に立ち昇る狼煙を受け、荒野の左右から砂塵を舞い上げながる兵士たちが相手を錯乱せんが為に挟撃する。力攻めを主体とする魔王軍だからこそ通用する戦法、有能な指揮官の下であれば冷静に対処出来ようが、力に頼る魔王軍であればどちらを攻撃するかで統率が乱れる筈。取ってつけたような策だが、上手く嵌りさえすれば時間は稼げるだろう。

 だが――――その予想は脆くも覆される。


「化け物か……!」


 苦虫を噛み潰したような表情のまま、讒謗(ざんぼう)が口を衝いて出る。

 鎧袖一触、まさにその言葉を体現した有様だった。半分以上の兵力を注いだ左右の軍を、横から身を躍らせた二人の異形の者が雲の子を散らすように薙ぎ払っていく。(あらかじ)めの予定調和だったのか、二人を除けば軍は依然として足を緩めない。

 遠くでさえ悍ましい光景なのだ、朱鷺色の肉の塊が一斉に宙に舞い、薔薇の血飛沫が捲き散らかされて戦場を一面彩っている光景を兵士たちが間近で堪え切れるはずもない。少しすると一部の者が錯乱のあまり規律もなく逃げ惑い、それに伝播(でんぱ)されたのか、恐慌(きょうこう)状態に軍全体が陥って逃げる最中に押し合って仲間同士で傷付け合う始末。

 知っているのと体感する事は違う、これ程の光景を目にすれば固めていた敵愾心と果敢も恐怖へ摩り替ってしまう。幾人の冷静な者が声を張り上げて奮然(ふんぜん)と諫めようと、根付いた恐怖は簡単に拭えるものではない。


「ひひひ!僕たちの前では明らかな失策だったようだねぇッ!魔族ってのはさ、気配にも敏感なんだよねぇ……伏兵の存在に気付かなかったとでも?」


 哄笑を轟かせながら、頬についた血糊(ちのり)をペロリと舐め、逃がさないと自身の得物である短刀(タガ―)を器用に操り敵を鏖していく、幼い見た目の魔族。

 いつの間にか叫喚はピタリと途絶え、足元には赫々(かっかく)とした屍山血河が積み上げられていた。“狩り”を終え、陶然と恍惚に酔いしれながら熱い吐息を漏らす。

 蕩けた視線を街の方向に向ければ、魔王軍は未だに攻めあぐねている様だ。ここまで粘り強いとくれば、このまま攻めても戦いは深更まで及ぶに違いない。とはいえ、少年が戦いに参加すればその時点で戦況は傾くだろうが。


「んー」


 暢気にも逆サイドの敵を見れば、向こうも同じ状態に至ったようだ。返り血で体を赤く染めたさながら鬼神が如き悪魔が佇立していた。

 その悪魔に足取りも軽やかに向かっていく。あちらも気付いたのか、視線を向けてきたので手を振っておく。


「外れみたいだね。ノロウェを倒した敵はいなさそうだよ」


「……だな。ただ場所を離れただけか、逃げただけか、それは向こうの指揮官に確認すれば済む事だろう」


「ちぇー、つまんないの。久しぶりに楽しい狩りが出来るのかって期待したのに」


 不満に蛇のように深紅の双眸を細め、足元の下半身が泣き別れになっている躯を足蹴にする。

 少年のような直情さと爛漫を持つ明朗(めいろう)な子供のようでありながら、無垢な残忍さと諧謔(かいぎゃく)を併せ持つ少年に、悪魔はその傲岸を胸中で嘲った。


「ただの狩りで済んだのなら良いな」


「ん……?何か言った?」


「いや、何でもない」


「ふーん……ならいいや」


 確かな実力に裏付けをされているものの、あまりに世界を知らなさすぎる慢侮(まんぶ)を嗜める事は出来るが、効果は期待薄だ。


「それで、居ないのが判ったけどどうするの?このまま軍を進めても見つかる確証もないし、少数を各地に派遣するのが一番だと思うけどなぁ」


「……何を考えている」


 筋が通る意見ではあるが、ちらり、意味深に盗み見てくる少年に、何かあると察した悪魔は蟀谷(こめかみ)を押さえたくなるのを堪え、沈鬱に問うた。すると少年はにぱっ、と笑みを浮かべ、甘えてくるような猫撫で声で訊ねる。


「僕も、それに参加したいなーって」


 狩人を自称するだけあり、少年の索敵能力は高い。合理的な話ではあるが、それは恣意(しい)も混じっているだろう。悪魔はそれが魔王様の願いに能うものであるかを思索し、了承の意を出した。


「……好きにしろ、魔王様には話を通しておく」


「やったーっ!それじゃ、早速街を滅ぼそうっ!」


 気楽に笑う少年の後を追う悪魔。二人は屍を背に街へ向かう。魔王軍を前に、思いも虚しく脆くも街は滅ぼされた。



旅行に行きます。投稿する方法を模索してきます

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