第三話
二話の時点で50ポイント突破した……だと!?
ありがとう!まじ感謝!頑張る!
では、今からちょっと学校に行って頑張ってきます(^^♪
口にすると同時に顕れたソレに、先程の激情すら一瞬のうちに漂白されて視線が吸い寄せられる。
歪な形をした三叉槍――――その名の通り三つの穂を有す槍――――の纏う雰囲気は、あまりにも不気味だった。
穂先から下まで全て漆黒に染まり切り、中央に青色のラインが走っており、その横に二本の赤のラインがそれぞれの穂先に向かって進んでいる。穂先はボロボロと形容できるまでに刃毀れをしいて、一見そこまでの鋭利さがないようにも思えるが……三叉槍全体を覆う可能視出来るほどの魔力と瘴気に、息苦しさを覚えるほどの剣呑な存在感がそれを否定している。言うなれば、それは魔槍。
どこか喜悦を含んだ声音で口上を口にするノロウェからは、先程の紳士然とした口調は崩れている。
「これこそが魔王様より下賜された槍――――トリアイナよ」
「――――」
蛇に睨まれた蛙のように呑まれて返す言葉もないオスカーを興味も無げに一瞥し、ノロウェはトリアイナを構える。
ずしりと辺りに増す息苦しい重しのような重圧。赫々たる血赤の双眸が燦然と煌き、獲物であるオスカーを捉えて離さない。
「これを逃せば滅多に使う機会は無いかもしれないからな。――――往くぞ、我が相棒トリアイナ」
その言に呼応するように走る青のラインの輝きが増した。まるで久々の戦いに歓喜の音を上げているように。それに満足げに笑みを深め、ゆらり動き出す。
何気なく進めたかのような緩慢な一歩、しかしそれだけでもその圧迫感はズンと一回り大きくなり、遠く離れていたアレッタは猛威の如が気迫にひっそりと唇を噛み締める。ノロウェは腰を屈めながら巨体を前に傾け、地面を踏みしめた。
――――そして、バンッという空気が破裂したような音。
脚力で地面を陥没させ、巨躯に見合わぬ猛禽のような俊敏さで一足の元詰め寄って、トリアイナを横に薙いだのだ。
オスカーとて、熟練の冒険者である。そのオスカーの視力を以てしても完全には捉える事は能わない速度。見る者によっては、その巌の如き巨躯からどこからともなく岩石が現れた、とでも思ったかもしれない。
常人であれば理解せずに横薙ぎで殺されてしまうだろう。だが、オスカーとて修羅場を潜り抜けてきた古強者。先程までは確かに恐懼に身を竦め、意識を奪われていたが……それがずっと続くワケでもなく、反射的に拾い上げた剣で攻撃を受けていたのだ。
だが、ノロウェの膂力の前では正面から受ける防御など大した意味を持たない。
圧倒的なまでの力を前に剣を跳ね上げられ、がら空きになった胴体に蹴りを叩き込まれる。肺を潰されて掠れた呻きが漏れ、ノロウェの巨躯の前ではあまりにも矮躯な体が吹き飛ぶ。そのまま地面を転がり、何とか手を着いて起き上がろうとするが既に体力は尽きかけており、起き上がる事もままなっていない。
終わりだな、既に満身創痍と化しているオスカーを前にそう判じて、悠然と歩み寄っていく。オスカーは肩で荒い息をしながら睨み付ける事しか出来ない。
「……期待外れだな。これではこの槍を使う意味も湧かない」
吐き捨て、止めだと言わんばかりにトリアイナを上に掲げ、一瞬溜めて振り下ろす。
だが――――そこでオスカーは夢想だにしない行動に出た。トリアイナが上から振り下ろされたと認識し、思考も挿まずに直感だけに従って、傍にある剣を拾い上げて受けも躱しもせずに捨て身の覚悟で懐に飛び込んだのだ。
「なに……ッ!」
虚を突かれ、口を衝いて驚愕が声となって出た。
オスカーが取れるせめてもの手段となれば、ふらつく体で横に避けるか、先程の様に横に攻撃を受ける程度のものだと考えていたが、この行動は予期していない。
そも、上からの振り下ろしは上げる動作と振り下ろす動作がある分、普通の攻撃よりも威力はあるが攻撃が当たるまでに時間がかかる。
更に加え、オスカーとノロウェの間には身長差も存在する。それが加味されれば、コンマ数秒ではあるが余計な間隔が生まれてしまうだろう。
これが愚直なまでの直突きであれば変わっただろうし、それ以前に弱ったタイミングで一瞬の元で殺しきっていれば話は変わっていたが……自身は油断も倦怠もなかったつもりでも、無意識の裡についつい遊んでしまう悪癖が出たのかもしれない。
人の油断が一番出来るのは勝利を確信した瞬間、当て嵌まるだろう。
普段の沈着さがあれば何らかの対応出来ただろうが、動揺によって穂先も鈍り、他に方法を取ったり軌道を変えることもままならずに一つの穂がオスカーの肩を擦過するのみに留まって、逆にノロウェは自身の懐に侵入を許す。
そのままオスカーの剣は飛び込んだ際にノロウェの腹部を深く穿っており、オスカーは方に掠り傷が出来た程度、この状況を客観視すれば挙げた戦果としては間違いなくオスカーの方が大きい。実力の差はあれど、一矢報いた事には変わりないと思う者も居るだろう。
だが、実際の処はどうなのか。それはやはり、当人たちがよく理解していた。
奇想天外な行動に驚きと感心で瞠目しながらも、自分が心の奥底では目の前の人間を敵と認識せずに格下と侮っていた事を素直に認め、勢い余って地面に突き刺さったトリアイナを引き抜き、成る程なと独りごちる。
腹部に大きな傷が出来たとはいえ、まだ余裕があるノロウェは、体を丸めながら顔を俯けたままのオスカーを見下ろす。喜悦も不平も見せずに俯くままの理由を肩に出来た傷口で理解しながらも。
送るのは、本心からの喝采と――――この様な形で終わってしまった事に対する少しの惜しみ。
「動揺しなければ攻撃を食らわなかった、などと野暮な事は言わん。相手の意表を上手く突く見事な技だったが、残念な事だが私の優勢は崩れない。寧ろ捨て鉢をした分優位に進んでいると言ってもいいだろう。今更だが、一つ言っていなかったな、……その身で感じているだろうが、トリアイナはとある特殊な能力を有していてな、これを下賜された時はあまりの効果に驚いたものよ」その時を懐かしみながらも、冷酷に事実を告げる。「――――この槍に貫かれた箇所は呪詛に蝕まれる。貴様も状態異常の耐性を有す耳飾りのマジックアイテムを有している様だが、それでは止める事も軽減することも出来ん」
その言葉を証明するように、あまりの瘴気に耐え切れずに、状態異常の耐性を持つ左耳に着けていたイヤリングが音を立てて割れ、長剣から手を離し支えをなくした体は抗う事も出来ず頽れる。
――――魔槍、トリアイナ。
謂わば、当たりさえすれば良いだけの必殺の魔槍である。
呪詛が効かない者やレジストが出来ない者でなければ、掠っただけで勝利を収める事が可能なのだから。その魔槍の能力を知っていれば幾らかの対策を立てられる事は可能なのかもしれないが、少なくとも初見のオスカーに防ぐ術はない。
ノロウェは何もない状態ならば魔人の中では弱い部類に入るが、武器さえ手にすればその戦闘力は未知数になる。どのような強者であれ、この呪詛を受けて無事である者は滅多に居ないのだ。
「づっ、がァああああアアアアアアぁああぁぁアアアアァぁァァあああああ――――ッッ!!!」
せぐりあがる激痛、冷気、熱気が体中を駆け巡る。耳を聾す叫喚を張り上げながら、悶絶しのた打ち回るオスカー。
痛みいたみ、いたみ痛み痛みいたみ痛みイタミ痛痛痛痛ミ痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛みみみみみみ――――
常人ならば発狂死する、いやいっそ発狂死した方が楽なのではないかと思わせるほどの激痛。視界が赤、白、黒の順に点滅し、あまりの痛さに意識がトンでそしてあまりの痛さに意識が戻るというループ。激しく七転八倒しながら捩りもがいていた体も、痛みの奔流に攫われ次第に反応が薄れていく。
オスカーの精神が軟なのではない。人によっては、いや常人であれば数秒も持たずに悶死している。オスカーの精神は常人とは乖離しているが、それでもこの様相なのだ。寧ろ、ノロウェは人間でありながらこれ程強靭な精神力を持っていることに驚きを覚えていた。
髪を掻きむしり、白目を剥いて絶叫するオスカーの様子を見て、腹部に刺さった長剣を引き抜いて後ろに放り投げながら静かにトリアイナを構える。苦しみを無為に長引かせる事もない、せめてもの慈悲よして痛みを感じないよう一撃の元に仕留めてやろうと。この先を考えるのならばこの様な優秀な人間を殺すのは忍びないが、この男の原動力は復讐心から来るものだ。多少のリスクがある分、代わりなど見つけられる。
防御すら取れない格好の餌食に向け、トリアイナを振り下ろそうとする――――
「……む?」
だが、それは横から放たれた魔法により遮られた。
轟、と音を立ててノロウェの総身を火焔が包み瞬く間に火達磨となる。
炎の竜巻はそのまま火箭を作り、天に昇って雲散霧消する。炎の紗幕は消え去り、業火に包まれたノロウェは僅かに体が焼け焦げた感覚に眉をひそめる。常人であれば焼死してしまう、燃焼温度実に摂氏一四〇〇度に達する熱量だが、果たして、ノロウェは多少の火傷を負っただけだった。
煩わしそうに魔法を行使した下手人に視線を送れば、まだ少し青褪めた表情で、しかし凛とノロウェを見据えて錫杖を構えるアレッタの姿が。
「残念ですが、彼は私の都合に巻き込まれた身、殺させはしません」
どこか弱々しくも毅然とした態度に、まだ魔力も戻っていないだろうにと鼻を鳴らすノロウェ。
攻撃を当てる隙を狙っていたのだろうが……本当に助けたいのならば、最早手遅れだ。オスカーはこうしている間にも命を蝕まれている。アレッタも勝機がない事を理解していよう、ならばせめて時間を稼いでオスカーを逃す事が出来る最善だった筈だ。
トリアイナの能力を見誤ったから出遅れたではあまりにも遅すぎる。二人で出来たせめては片方の時間稼ぎによって、片方を逃がす事だったのだから。
「殊勝な事ではあるが、残念だな事に私の槍に貫かれたからには脆弱な人間では耐えきる事は出来ない。全ては無駄な足掻きよ」
「く……」
オスカーの状態から薄々察してはいたのか、ノロウェの叱咤に屹と淡い色の唇を噛み締めながら胸を焦がす慚愧に苦りきった表情を浮かべるアレッタ。
殺させない、その言葉を自分が言う権利がないことは理解していた。魔力がなかったなどとは言い訳は出来ない、攻撃を遮る事などいつでも出来たし、単にしなかったのは自分の保身をはかっただけ。本来であれば自分の都合に巻き込んだのだからするべきだったのは自分を楯にオスカーを逃す事だろう。
オスカーが殺されかけてやっと踏ん切りがついたのだ。アレッタとして、ここで見捨ててはいけないと。
……先の魔法は大して効いた様子はなく、こちらの魔力は後数発魔法を打てる程度。ほぼ詰みに近い状態だ。
だが、と決然とした瞳はノロウェを捉えて離れない。絶対に倒すと、生きて帰るという決意が見て取れる実直げな瞳。……そうよ、アレッタはここで立ち止まってはならない。自分に言い聞かせるよう、緊張に生唾を呑みながら心の中で嘯く。
「(私は、この世界を救わなければならないのだから――――)」
あの日、頽れた家屋に埋伏しながら聞いた、耳朶を打つ闇に堕した人間の嘆きと憎悪の声の、鋭い三日月のあの月闇。
その滑稽としか云えない無様な在り方に、或いは“彼”だったら身を捩らせて笑い転げるだろう。彼女の内包する矛盾をしかと理解して。
――――だって、アレッタにはそれしかないんだから。
◇◇◇◇◇
リアム・オスカーは決して英雄でも勇者でもなく、ましてや騎士でも武人でもない。
五分五分の戦いがあるならば、例え無辜な命が危険に晒されていようとも逃げる事が可能ならば迷うことなく「逃げ」の一手を取るだろう。
オスカーはそういった意味であるならこの世界にとても順応している人間だ。
弱肉強食の残酷で峻烈な世界と理解しているから、命は一つしかないと理解しているからこそ、生き延びる事が出来るならば他はどうだって良い。死ぬのは、弱者の証明であるから。
単純明快で、だからこそこの残酷な世界に適応した理論。
他人が死のうが何も思わない、何故ならば死んだ方が悪いのだから。故に勝算のある手段しか取らず、生きる為ならばどのような手段も厭わない。単独でありながらも最高位に位置する「A」ランクに上がれたのもそれが大きな要因だ。
だが――――だからとて、オスカーが常に決してそうとは限らない。そう、先程のような。
場所は変わり、どこか蕭々とした一面見渡す限り乳白色に染まった世界、濡羽色の髪の枝毛をいじり、蛇のようにオスカーを捉えて離さない楽し気に嗤う黒瞳に、口に浮かぶ快活だがどこか荒涼とした酷薄さを刷いた笑み。
視線を向けられたことに気付いたのか、十歳にも満たないであろう矮躯の少年が、大仰に手を広げ宙に浮かんだまま楽し気に宣う。
「――――やあ、オスカー君。君は今死の淵に立ってるわけだけど……一体、どうしたい?」
作者はイケメンに何の恨みが……?(困惑)