第一話
しっそうしないようにべんきょうとりょうりつさせたいとおもいました(小並感)
頑張ります!
不思議な夢を観た。明晰夢というべきか、夢だという事は茫洋と認識しているおかしな類の。
それは、雲に翳る月が空に朧に浮かぶ厳かな暗夜の中、木々が鬱蒼と茂る森の少し拓けた場所で、目を伏せ、腕を組んで何かに祈りを捧げる少女の姿。
その姿はさながら神に祈りを捧げる聖女が如く、空を覆う天蓋と藪の隙間から漏れる月明かりに照らし出された少女のその様は何物にも冒し難い息を呑むほど明媚で神聖なものであった。
「――――――――」
その、陶磁器のように白く滑らかな繊手、哀愁を帯びた白皙の横顔、月光に濡れた白藍の髪、飾る言葉すら陳腐に思えるえも言えない絵画のような情景に夢の中だというのにも拘わらず、それは誘蛾灯のようで、忘我のままに魅入ってしまう。
……どうして、だろうか。
少女のその姿は、触れれば即座に崩れてしまいそうなほどに脆く、そして儚く感じた。
◇◇◇◇◇
チチ、チチチチ、チチチチチチ……。
小鳥が外で囀っている声が耳に入った。鎧窓を閉め忘れたのか部屋の中に入り込む冷風が頬を撫でるが、差し込む陽射しは包み込むように優しく緩和している。
そんな穏やかな朝の気配に、意識が浮上と沈下を繰り返す。起きる時間だと囁いてくる理性と、まだ微睡んでいたいという欲望の鬩ぎ合い起い。
結局起きなければならないと理性が勝利し、ゆっくりと重い目蓋を開ると、視界に入り込んだ眩い陽光が眼球を焼いた。その眩しさに反射的に目を細め、視界が平常時に戻ると体をゆるりと起こす。
これといって物に頓着しない彼の部屋は、中々の広さを誇るのにベッドとその傍に置かれた小さな丸テーブルに服を仕舞う箪笥のみととても簡素だ。
ベッドを降り、ルーティンとして毎日している柔軟体操を熟して凝り固まった筋肉をほぐし、醒めやらぬ意識を覚醒させる。マジックアイテムである耳飾りを片耳に付け、さて、食事を摂りに居間へ向かおうと思い立って……ふと、昨日見た夢が脳裏に過った。
愁眉を寄せて切に何かを希う、繊美な面の少女。同時、浮かぶ白痴が如く哀哭に打ちひしがれる少年の姿。つと、何かを思い出すように胸の辺に触れる。服の下に眠る、今もなおジクジクと疼痛が奔る、決して消える事のない傷を。久しぶりに観たあの夢の内容を憶えていたからか、厭なものを思い浮かべてしまったと、彼は陰鬱にかぶりを振る。
所詮は夢、一日経てば消えうせるだろうと気持ちを切り替えた。
◇◇◇◇◇
リアム・オスカー……彼の名をこの街で知らない者は殆ど居ないだろう。
命の危険が常に傍らにあるような冒険者としては異色とされる単独でありながら様々な高難度のクエストを達成し、冒険者の中でも高い評価を受ける「A」ランクの冒険者でありながらも、力をつけて溺れてしまった者にありがちな粗野な態度を取らず、模範的な言動を取る彼に対するギルドの評価は高く、同時に信頼も篤い。
だが、彼の名が知れ渡っているのは冒険者の中でも一握りしか到達できない「A」ランクに位置するからだけではなく、その美貌も大きな比率を占めているだろう。
腰の辺りまで伸びる、金糸を編み込んだかのような繻子の金髪に、女性も羨むキメ細やかな肌。青玉の湖面の様に澄んだ切れ長の瞳、黄金比とも言うべき魔貌は常に無表情で感情の起伏が見て取れず、冷静沈着な様がその人気を一層博していた。
そんな彼は今、冒険者ギルド――――冒険者という職種の人間に仕事を斡旋する組織――――に併設する酒場で朝食を摂ろうと足を向けていた。
酒場といっても、この場所は冒険者が朝食や昼食を摂るためにも用いられている。冒険者ギルドに併設しているだけあって、その酒場は冒険者を応援する役割も担っていた。なので格安で朝食を提供したりなど、特に駆け出しの冒険者にとってはありがたい場所なのだ。
自然、朝の時間帯になると冒険者で酒場は賑わう。仲間内で今日の予定を話し合ったり、情報を冒険者同士で交わし合う。
そんな中、依頼が張り出される掲示板の前の席が不自然に開いていた。人で混雑する酒場の中で、この一席だけだ。当然、この席が空いているのには理由がある。
冒険者が使用する施設、例えば宿や冒険者ギルド、酒場などには暗黙の裡の幾つかの習慣やルールがあるが、これもその内の一つ。――――即ち、指定席のようなものだ。上位ランクの冒険者が使う指定席、それを間違えてでも占拠しようものならば、その冒険者に目を付けられる事となってしまう。この場でも例外ではなく、間違えて座ってしまうのならばそれは己の身も顧みない自意識過剰なものか、世間知らずの田舎者か、それとも本当に実力の伴っている者かのどれかである。
そして、この席の実質的な支配者こそ、この街の最高位の冒険者、オスカーなのだ。
そんなオスカーが冒険者ギルドに足を踏み入れると同時、空気は先程より張り詰めて緊迫したものになる。視線がオスカーに集中し、ある者は憧憬と羨望の念を、ある者はその力と美貌に嫉視を向ける。反応は十人十色ではあるが、視線が向けられるのはこれも有名税であろう。
とはいえ、オスカーにとっては慣れたものであるのか気に留めることなく普段通りに席に腰を着けた。駆け寄ったウェイトレスに定番と化したメニューの注文を口にし、時間を持て余す間に視線を掲示板に向けて張り出された依頼の内容を吟味して、目星を付ける。
と、そんな彼に近寄る影が一つ。メイド服のような制服を身に纏った冒険者ギルドの受付嬢だ。大きな街の冒険者ギルドの顔というだけあり、愛想のよい可憐なかんばせに花が咲くような微笑を浮かべ、オスカーに寄っていく。
「あの、オスカー様」
おずおずと遠慮がちな受付嬢の声。それで漸く受付嬢の存在に気が付いたのか、掲示板から視線を逸らし、「何だ」とプラスティックな感情を窺わせない声で受付嬢を流し見る。
話しかけてきた相手に対してあまりにも不愛想な態度であるが、これがオスカーの普段からとる態度ではあることはこの街に住んでいれば周知の事実であるので、受付嬢が一々気を揉むコトはない。
「オスカー様に名指しの依頼が入っておりますが」
差し出されるのは羊皮紙の依頼書――――文字通り依頼が書き込まれた紙――――だ。依頼書は上から先ず最初に依頼主の名前の項目、次に依頼内容の項目、報奨金の項目に分けられており、受け取ったオスカーは普段通りに上から流し見ようとして、ふと依頼主の名前に目を留めた。イレスト・エレトストフ・アイン……この街の支配者であるイレスト候だ。本人の性格を知っているからこそ、これは珍しいな、と僅かであるが驚きを露わに目をしばたたく。
とはいえそれは一瞬。冒険者として即座に意識を切り替え、依頼内容に視線を転じさせた。
依頼内容を読み終えると同時、視線を下に落としたオスカーは訝るように目を眇める。依頼内容、それは魔物が活性化したので何か原因があるのか調査して欲しいというもの。だが、この依頼でおかしな点が幾つかある。
そもそも、オスカーは森の調査に向いているとは言えない。オスカーは上述したように単独であり、チームは組んでいない。調査依頼に向くのはそういった森に対する造詣が深く、気配に敏く、ある程度の戦闘力を持つ者、つまりは役割分担をして様々な欠点を補えるチームを組んでいる者たちが最適なのだ。
オスカーとて決して不可能ではないものの、態々頼む理由が皆目見当もつかない。依頼主が道理も解らない阿呆の線は、イレスト候の人となりを知っているからこそないと切り捨てている。
これが、先ず一つ。
そして、次は依頼内容の最後に取ってつけられたかのような一文、“森に行く前に顔を出せ”というもの。本当にただの依頼であるのなら、その様な事は必要ないだろう。まるで、何か漏洩しては不味い情報でもあると言外に伝えているようなものだ。
最後に、依頼の額。
オスカーは冒険者のランクにして「A」。高ランクの者に対する依頼の報酬は基本高くなる傾向があり、オスカーに名指しで依頼するとなればそれ相応の額が必要となるだろう。だが、この依頼、あまりにも高すぎる。オスカーに頼むのだから値段は跳ね上がるだろうが、それでもだ。
「……」
片方の眉を吊り上げ、ちらり一瞥を受付嬢に向ける。受付嬢と言えば、依然として変わらず朗らかな笑みを浮かべている。だが、観察眼の鋭いオスカーは目敏くその笑みにはどこか含みがあることを看破する。
……そも、オスカーは受付嬢が依頼を運んできた時点で訝しんでいたのだ。オスカーは冒険者家業をしている上で、受付嬢の顔全て憶えていた。だが、少なくとも目の前の受付嬢に見覚えはない。新人か裏方に徹していた、という事を考慮しないのであれば、思い至ることは一つ。
依頼書を退け、溜息と共に了承の意を示す。
「……解った。この依頼受けさせてもらう」
「了解いたしました。では、また」
含みを持たせるように「また」の部分を僅かに強調し、笑顔のまま慇懃に一礼して去っていく受付嬢。
……どんな内容かは判らないが、厄介ごとに巻き込まれたか、と心の中で独りごちる。どの道、このような依頼を断るという選択肢は持ち合わせてないオスカーだ。手っ取り早く朝食を済ませたオスカーは、そのままイレスト候が居を構えるこの街の中心部に足を向ける。
やはり、と言うべきか、イレスト候の私邸の前で待っていたのは先程まで受付嬢が身に着ける衣服を纏っていた女性だった。朗らかな笑顔は何処へやら、能面のような澄まし顔で佇立している。
「先程ぶりですね」
こくり、と軽く会釈するメイド服を纏う女性――――事実メイド――――に対し、ああ、と軽く手を上げることで応える。予想通り、先程の受付嬢はイレスト侯が派遣した侍従だったらしい。随分と手の込んだ事だ、と細められる双眸。
「……早速連れてってくれ」
「畏まりました」
粛々と淀みなく頭を伏せたメイドは、そのままオスカーを引き連れてこの邸宅の主人が居るのであろう執務室に向かった。
執務室は二階に在り、相変わらず絢爛な屋敷を歩きながら向かう。「ここです」とだけ言って下がるメイドを後目に、出迎えた黒檀の材で作られた値が張るであろう重厚な扉を開き、無遠慮に足を踏み入れる。視界に飛び込むのは、相も変わらずに高そうな奢侈品の数々。貴族としての威を象徴する為には仕方ないと認識はしているが、物に拘らないオスカーにとってはその煌びやかな圧迫感が鬱陶しいだけである。
「率直に訊くが、俺を呼び出した理由はなんだ」
静かな怒りを声に滾らせながら、飄然と口元に浮かべた微笑を崩さないこの屋敷の主を見遣った。冒険者の貴族に対しても弁えない粗相な態度に対して相手は反応を示さず、表情が揺らぐことはない。
そこいらの貴族とは一線を画す堂の入った風采と貫録を持つその姿に溜め息を吐き、そして大した時間も挿まずに屋敷の主――――イレストの背後に感じる幽かな気配を怜悧な視線で射抜いて、肩をびやかしながら憮然と指摘する。
「それとも、なんだ。後ろに居る奴に何か関係があるのか?」
「――――なんと」
耳に入るのは驚嘆交じりの、鈴を舌の上で転がすかのような高い女性特有の声。今までに聞き覚えのなく、先程のメイドも部屋の外に退出した今、この部屋に女性の姿はない。声の発生源は、イレストの背後の虚空から。
次いで、何もなかった空間から今までその姿をどんな方法かは判らないが、先程までなかった少女の姿が浮き上がってくる。
その貌を僅かな驚きに染めた少女の姿を目にし、空間が歪むのをオスカーは――――一瞬、我を忘れた。ドクンと跳ねた心臓の音がやけに大きく耳元に届く。
息を呑む、と言うべきか。血流が早くなり、思考もまともに出来ず、だがその少女の姿を見た瞬間、夢に出てきた少女に似ているな、だなんて思考の隅で益体のない感想だけを懐く。夢の中であるから記憶の中から少女の姿は薄れているが、それでもあの姿に似通っている。
所詮は夢、あり得ないと振り払えど、その考えが拭えることはなかった。
「いやはや、驚きました。私の気配に気付くことが出来たとは。これでもそう見破れないくらいに隠密は得意と思ってたんですけどね……誠実さを話を聞いて試すつもりでしたが、それみ失敗に終わりましたね」
オスカーの様子に気付いた様子もなく、自分の隠密がバレた事にきはずかそうにしながらも素直な感想を溢した後に、失礼なことを口にする少女を前に、意識が戻ってくる。状況を理解するのが先決と判断したオスカーは、片方の眉を吊り上げ、怒気を孕んだ瞳でイレストを睨んだ。
刺客の線はない。先程の態度からするに自分の能力を量られているようにも感じたのだ、流石に不躾が過ぎるだろう。そんな露悪的な非難を含んだ猜疑の視線に、イレストは肩を竦めるだけに留めた。
「いや、なに、彼女が今回の同行者の力量を確かめなければないって言いだしてね、別に侮辱しているワケではないんだ」
「……」
外連味たっぷりの気まずそうな苦い笑みは、何度も言い聞かせたんだけどねー、とでも言っているようであり、今は怒りをぶつける場面ではないかと一つ溜め息を吐いて少しの間蒸留しようと一先ず嚥下する。
「それで、今回の同行者?まるで俺がこの女に同行するとでも言っているような口振りだが、どういうことだ?」
「ああ、それはな、」
「いえ、よければ私から説明させて頂きます」
言いさしたイレストを遮るように声を上げた少女は、一歩前に出ると深く頭を下げる。端然と上げた面でひと際目を引いたのは、見返したオスカーを凛然と見据える髪と同色の白藍の瞳。それも、どこか危うさを孕んだ。
「オスカーさん、試すような真似をして申し訳ありません。どうか私に力を貸してください」
「……話は依頼の内容を聞いてからだ」
「それもそうですね。では……」
――――これが人生の分水嶺になるとは知らず、オスカーはこの依頼を受諾したのだった。
マジでブクマと評価して欲しい、モチベ上がるから。お願い(切実)