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会話の前後の改行やめました。
帰り際の会話を思い返す。
「どうせ、羽宮がやんだろ」
勇気を出してレンの教室に行くと、ぶっきらぼうな感じで言われる。確かに、その通りだ。
「…やるけど。」
「じゃあいいじゃん。お前そーゆーの得意だし。」
むしろ俺がいない方がいいだろ。と暗に言う。
違うのに。いつも上手く言えない。
いない方がいいと私が思ったことなんてない。むしろ、何でレンに嫌われているのか、逆に、私が嫌っていると思わせているのか、もう、どうしたらいいのか、そういうのを知りたくて、聞きたくて、来たはずなのに、その勇気もなくなってしまって、気がついたら、廊下に1人残されていた。
単純作業は、好きだけど得意ではない。1人で作業するのも苦にならないけど、好きではない。好きだから1人で出来るようになりたかったのだ。
今は見失ってしまって、何が好きなのかもわからなくなってしまう。
そんな底のない沼のような思考にずぶずぶと引き込まれていく。
悔しいことに、楽しくないことを考えていても迷っていても悩んでいても手は動き、紙の山は少し減っている。
ぼんやりと思う。今頃はユカと一緒にいるのだろうなと。
高校に入ってからは、レンともユカともクラスが別れてしまった。3月に嫌われていると気づいてから、逆にほっとした。電車も少し早めのに乗ってみる。そうやって、会わなくなると、少し気持ちが落ち着いて、でも、避けているという罪悪感もある。
そんな気分のまま、過ごしていると、気がついたら、レンはユカと2人でいることが多くなっていた。4月の時には知らなかったけれど、2人は同じクラスだったらしい。
後にユカに聞くと、「付き合っている」と答えた。
その時、”私はレンと付き合っていなかった”んだと知った。本当はもう少し前から気づいていたのかもしれない、心のどこかでは。そういえば、付き合おうとかそういう会話もレンとはしたことがなかったとその時に気が付く。お互い確固たる想いもなく何となくずっと一緒にいただけなのに、未来も同じものだと勘違いしていたのだなと。
思えばずっと前から、ユカは、はっきりとレンが好きだと言っていた。
私は、どうだっただろう…。私も、レンも好きだった、いや、嫌いではなかったと思うのだけど、粉々になってしまった想いは思い出すことができない。
でもレンは…。
「お前には俺は必要ないだろって言ったけど、きっと、私を要らなかったんだろうな…」
また、ついひとりごとが漏れてしまう。
その瞬間<紙の束を小さい金属製の針で留める文房具>の音が一瞬乱れる。あ、先輩いるの忘れていた。お互い割と黙々と作業するタイプのようで、会話がないことも多いのだ。
そうだ、お手洗いに… ってそっちの方がより恥ずかしい!? つい、うっか|り《・プリントばらまいてしまったら誤魔化せる…かもしれないけど、紙の壁を見て思った。うん、やめよう。と取り戻す時間を計算して諦めた。
そんなことをあわあわしながら先輩の方を見ると、特にこちらを気にせず作業を続けている。こういうところが、すごいと思う。自分もなかったことにして、<紙の束を小さい金属製の針で留める文房具>のリズムは元に戻り、それにつられるように、私も、手が自動的に作業を再開していて、トントンと紙を揃えるリズムも戻っていた。
しばらくして、気持ちが落ち着いた頃、水面に水滴を落とすように、ぽつりと言う。
「僕は羽宮さんがいないと困るよ、ものすごく。」
「ものすごく?」
思わず繰り返してしまった。
「そう、ものすごぉく。」
今度は少し真面目な口調を崩して言い直した。
「うちの生徒会、誰もやる気ないからさ。」
僕も含めて。と少し笑って言う。
「いやいや、」先輩の方が仕事してるじゃないですか…。と言いかけるが、先輩は首を横に振り
「みんな、誰かから言われて色んな調整の末、入ってるんだよね…。その方が何かと都合がいいから。結局、妥協と打算だよ。」「だから、自主的にやるって言ってくれて、仕事もきちんとやってくれる羽宮さんにはすごく助かっている。」
理由はどうであれ、とは先輩は言わなかったけど、自分の心の中で付け足しておく。私も打算的だ、とても。
少しでいいから、レンと話せる時間が欲しかったのだ。どんな形であっても。
「好きだと思っていたのです。」
先輩が不思議そうな感じで聞いている。「でも、最近好きなものとか好きって何なのか、よくわかんなくなってしまって… こう、」書類をくるくる回して「どっちが上か下かわかんなくなっちゃったような気分なのです。」
その間も、トントン、カッチョンカッチョンという、音が響く。
「多分だけど、」「好きなものがわからなくなるというのは、好きじゃいけないって自分で否定しているのだろうね…」
一瞬時が止まる。いや、時は止まらない。止まっているのは、私の作業の手だった。
「他人が否定しても、自分が否定しても、好きという感情は止まらないものだと、僕は、思うけどね…」
「でも、粉々に砕けてしまったのです。」
つい言葉が出てしまう。
「砕ける…」不思議そうな感じでいう。先輩もいつのまにか作業を止めていた。
「消えてなくなっちゃってる訳じゃなくて、」
はっ、気がついたら先輩相手に恋バナしてる! 一瞬我に返って恥ずかしくなる。「ええと、先輩は好きな人っているんですか?」
急な話題展開に驚いたような表情をする。私は、気持ちを立て直して作業を進める。
「いるよ」
かなり長考の末の回答だった。意外だった。あんまりこういう話をしたことがなかった。どんな人なんだろうと思い、口に出そうとした寸前で、「羽宮さんは、龍谷でしょ。」
持っていた書類が滑り落ちた。
カウンターってこういう感じのことをいうのだろうか。思いがけないところに思いっきりダメージを受けた、気分だった。
先輩はそんな反応をまるで予想していたように、書類を拾い集め、トントンと揃える。
「…なぜ……」
隠していたわけじゃない。けど、なぜ、なぜ、言ってしまうのだ……。
「わかってしまったからね、見ていたら。」困った感じで、ごめんねというように言う。「でも、わかるのは、想いじゃない。言葉と行動だけだ。」拾い集めた書類の向きを揃える「例えば、机にお菓子がならんでいてこの人はよくそれを選んでいたり、例えば、ある特定の人の話題ではとても表情が変わったり」トントンと揃える。
「私はわかりやすいということですか。」
先輩は少し笑って、
「わかるんだよ、見てれば」
むむ、それはわかりやすいってことじゃないですかー…。
不満げな顔に、首を振って、
「見ていないと、わからないってことだよ」
と答える。余計わからなくなる。
「はい」
と元通りになった書類の束を渡される。
「あ…」
ありがとうございます、という礼を言うのを遮るように、
「交代ね。」
と、<紙の束を小さい金属製の針で留める文房具>を渡される。
「はい。」
私は素直に受け取る。
カッチョンカッチョンと、<紙の束を小さい金属製の針で留める文房具>の音が自分の手元からする。何だか違和感がある。しかも、何だか、先輩の方が手際良いし、丁寧だ。
セットの山もいつのまにか積み上がってきている。負けないように、思っていると気がついたら作業に集中していた。
☆.。.:*・☆.。.:*・☆.。.:*・☆
ラスト1部! カッチョンカッチョン。やったー終わったー! 小さくガッツポーズする。
この開放された瞬間がたまらなく好きだ。ピピーっとグラウンドで何かの試合の終了を告げるようなホイッスルが鳴る。ああ、もうそんな時間だ。
先輩は少し早く終わって、完成済みの書類を移動させていた。
ぐぐーっと伸びをしていると、先輩が気がつき、
「お疲れ様」
大きく伸びをした手のひらに、先輩が飴を落とす。
おっとっと、と落とさないように、ぎゅっと握り締めて、目の前で開くと<ミルク色の包装紙にいちごの絵が描いてある飴>だ。私の一番好きなやつ。
「ありがとうございます!」
声も弾む。
「いえいえ。お礼なので気にしないで。」
と微笑む。
「やっぱり、好きなのわかるんですか」
先輩はちょっと驚いた感じがする。
「好きだと良いなとは思ってたけど」
「すっごく好きです。」
飴をぎゅっと握り締めて、力強く頷くと
「それなら良かった。」
というものの、少し複雑そうな表情をしていた。
キョウくんはすごく困ってそう。
ご賢察な皆様は一緒にニヨニヨしましょう。
ここから、また、面倒くさいシーンが2,3個きます。頑張ります。
読んで頂きましてありがとうございます。