097 彼の武装(上)
店長の公崇は伊織の『親友』という言葉に、真也をまじまじと見る。
「ほう、坊主が友達連れてくるとは。明日は雨か」
「うるさい」
公崇に見つめられた真也は、少し姿勢を正して公崇の方を見返した。
「あの、よろしくお願いします」
緊張気味な真也のウブな反応に、伊織の友人と言う割には礼儀正しいな、と公崇は目を細めて薄く笑う。
「ああ。悪いようにはしねぇよ」
公崇は安心させるように微笑んだつもりであったが、生来の強面から繰り出される微笑みと言葉は真也にとっては肉食獣のそれに見え、無意識に顔の筋肉がこわばる。
公崇はそんな真也の心境に気づくことなく言葉を続ける。
「とりあえず好きに店内見回ってくれや。気になったモンがあれば教えてくれ。
その間に、坊主の武装を持ってくるからよ」
公崇の言葉に、伊織が驚いたように返事をする。
「え、もう直ったの? けっこうボロボロだったのに」
「ああ。あれくらいならひと月もありゃ直せる」
「じゃあ、もう壊しても安心かな」
伊織が気楽そうに喜びの声を上げ、公崇は眉をしかめて言い返す。
「馬鹿野郎、製作者の目の前でなんてこと言いやがる。もう少し丁寧に扱え」
「それは殻獣に言ってよ」
「俺は会う機会がないから坊主からきつく言っておけ」
「はいはい。覚えてたらねー」
手をひらひらとさせた伊織は、「あ」と声を上げると背負っていた筒状のカバンを肩から外して公崇へと差し出す。
「そうだ。ボクの武装直ったんならちょうどよかった。メンテお願い」
「一本だけか。もう一本は使わなかったのか」
「いや、無くした。だから後でもう一本買うよ」
「坊主、お前なぁ」
「こう見えて、おやっさんより稼いでるから安心しなよ」
「そういう意味じゃねぇ。無くした、って鞘ごとか?」
「鞘は……戦闘に使用したからボロボロになっちゃってさ。ロシア支部で廃棄処分してもらった」
なんともない風に告げられた伊織の言葉に、公崇はわなわなと肩を震わせる。
しかし、諦めたように「はあ」と1つため息をつくと、伊織から差し出されたカバンを受け取った。
公崇は手袋をはめ、カウンターにカバンを置くと中身の片手剣を取り出す。
鞘から引き出し、慣れた手つきで店内のライトに剣を向け、反りや曲がりを確認する。
「……なんだこれは。なんでひと月でこんなになる」
驚いたように発せられた公崇の言葉に真也がおずおずと声を上げる。
「……なんかまずかったでしょうか?」
「……なんでお前が返事する」
『伊織』の武装を手に持っている公崇は、なぜ真也が返事をしたのか解せぬと言う表情で聞き返す。
その顔の怖さに真也は『それを最後に使ったのは自分です』という次の言葉を出すのを躊躇った。
そんな真也の小さな呻きを聞き取った伊織は真也と公崇の間に小さな体を滑り込ませて公崇へと説明する。
「それを扱ったのはこいつ……間宮だから。武装初心者だし、使い方が荒くても仕方ないだろ。所有者のボク『が』オリエンテーション合宿で貸したんだよ。なんか文句ある?」
いつもの斜に構えた風ではない、少し怒っているような伊織の態度に公崇は目を丸くし、大仰に手を振りながら応える。
「別に文句はねぇ。ねぇが……貸したその前は? 酷使してたのか?」
「ほとんど使ってない。軍務じゃあ無くした方使ってたから」
「合宿で……ってことは使ったのは1回、2回、ってとこか? 芯の方もそうだが、刃もボロボロだな……何とやりあったんだ?」
「ニュースで見たと思うけど、女王とやりあった」
公崇の質問に、伊織が予め用意していた答えをスラスラと返す。
その言葉に公崇は驚くが、それよりも大きな反応を返したのは夢子だった。
思い出したようにレイラの顔を再確認し、大声を上げる。
「ああ! 思い出した! 君、女王捕獲した子だ! すごーい☆ 有名人じゃん☆」
夢子に肩を掴まれ、大興奮で揺さぶられたレイラは「あ、あう、あうう」と言葉を漏らしながら首をがくがくと揺らす。
急に騒がしくなった店内で、公崇は身内の恥に1つ咳払いをすると、真也に向かって話しかける。
「そんとき、お前も一緒だったのか」
「は、はい」
真也としては咳払いではなく夢子の行動を制して欲しかったが、強面で年上の公崇に言い返すこともできず、取り敢えずで返事をする。
「……坊主、こいつの武装、時間もらうぞ。店にあるのじゃ無理だ。 1から作らなきゃならん。半年はくれ」
「半年、って……」
公崇が提示した期間に、真也は愕然とした。
自分たちが戦うべき人類の脅威たる存在『人型殻獣』、その存在を知り、そして存在を『知られた』真也にとっての半年は、あまりにも長く思えた。
「おやっさん、それと同じのじゃダメなの?」
半年は長すぎる。そう思ったのは真也だけではない。伊織も真也と同じく公崇に問う。
しかし、公崇の意見は変わらず首を振る。
「ダメだ。生半可なもん渡して、虫どもの目の前で壊れました、じゃあ話にならねぇ。武装屋ってのはお前らの命と、その後ろの人間の命を背負ってんだ」
公崇の真剣な瞳に、伊織も真也も、それ以上何も言えなかった。
2人が納得した事に公崇は頷く。
「しかし、頑丈さが売りのこの剣がここまで曲がるとは……お前、えらい馬鹿力だな。あれか? 力場操作系のキネシスか」
真也はちらりと直樹と姫梨を見やってから公崇に返事する。
「……エンハンスド7です」
学校では強度を隠すと先日決めた真也は虚偽の報告をし、それを聞いた伊織とレイラは静かに驚いた。
「ほう。最近増えた基礎のみか」
「あれ、でも前は防御系のマテリアルって」
真也の言葉に異を唱えた直樹に、真也は急ぎ弁明をしようと口を開く。
「そんなこと言ってにゃいよ」
そして盛大に噛んだ。
「ん?」
「言ってないよ。うん」
訝しむ直樹に念を押すようにもう一度言い訳をするが、「そうだっけぇ?」と、今度は姫梨が声をあげる。
先ほどの挙動不審な一言も合わせて、真也がエンハンスドであるという言葉に疑問を持つ2人に、真也は次の言葉を出せなかった。
そんな、いっぱいいっぱいの真也に伊織が助け舟を出す。
「間宮はエンハンスドだ。404大隊ではタンクを担当しなきゃいけないから『防御系』って言ったのはボクも覚えてるけど、マテリアルだなんて言ってた記憶は無いな。なぁ、レオノワ」
「……うん。隊では、防御担当、だよ?」
さらりと嘘をつく伊織と、嘘をつかないまでも真実を言わないレイラの2人に、真也は顔に出さないようにしつつ心の底から感謝した。
しかし、そんな2人の言葉を受けてなお、直樹は首をかしげる。
「ええ……そうだったかなぁ……たしかにマテリアル、って……」
「へぇ……。葛城はレオノワを嘘つき扱いするんだ?」
伊織が意地悪そうに出した言葉に、直樹は飛び上がらんばかりに肩を揺らすと、目を開いてレイラの方を窺う。
「そんなことないよ! 俺の聞き間違いだった! うん!」
「……そう。あ、ありが、とう?」
伊織は葛城に聞こえないように、小声で「チョロ」と呟いた。
同時にホッとした真也とは対照的に、公崇の顔が曇る。
「しかし……身体強度7か……」
エンハンスドのみのオーバードは数が少なく、人間の限界を超えた力を持つオーバードよりもさらに強力な身体能力を持ち、しかもその強度が7となると生半可な武装では『相棒』足り得ない。
公崇は苦々しげに口を開く。
「……うちにそんな頑丈な武装は……」
その言葉に続くであろう結果を予想し、真也は焦燥と共に顔を曇らせる。
そんな公崇の言葉を遮る声があった。
「あるよっ☆」
「え?」
夢子がひときわ大きな声で宣言し、真也は驚く。
驚いたのは店内に居合わせた全員であったため、店内が沈黙に包まれた。
急な沈黙の中、夢子は自信満々にもう一度告げる。
「……あるよっ☆」
そして自慢げに、自分の父親に話す。
「お父さん、この前完成した『アレ』なら、ちょうどいいんじゃないかなって☆」
夢子の言葉に、公崇は納得したようにポンと手を打つ。
「……ああ、あれか。……いや、しかし、初心者に長物は……」
再度声のトーンが下がった公崇に、真也は焦って声をあげる。
「あ、あるなら見せてください! お願いします!」
「しかし、なぁ……」
「……俺……俺は、一刻も早く戦えるようにならなきゃいけないんです!」
真也の必死な様子とそれに続いた言葉に、公崇は1つため息をつくと、諦めたように口を開く。
「……しょうがねぇな……本来売り物じゃねえんだ。
……その、俺が趣味で作った武装だ。ああ、まぁ、一応、申請は出したから売れないこともない」
「おやっさん、趣味でエンハンスド用の武器なんて作ったの?」
伊織の言葉に、公崇は恥ずかしそうに頭を掻く。
「いや、正確にはエンハンスド用の武器じゃなくてな」
歯切れ悪そうな公崇の言葉に全員の注目が集まり、公崇は観念したようにぼそりとこぼした。
「ハイエンド用だ」
ハイエンド用の武装。その言葉を聞いて真也は驚く。自分でも使える武装であればありがたいと思ってはいたが、ドンピシャで『自分向き』の武装だとは思わなかった。
夢子は恥ずかしそうに告げる父親の様子に堪え切れなくなったと言わんばかりに声を上げて笑う。
「あははは! ハイエンドがうちなんかに買いに来るわけないじゃん☆」
「ウルセェ! 武装職人だったら、誰でも一度は作りたくなるだろうが!」
「だって、ハイエンドなんてだいたいライセンス契約して武装買うし、完全に自己満足☆
ゆめりんのメイド服の方が全然家計に優しいぞっ☆」
「自分の武装で、人類の守護者たるハイエンドが戦う。この全武装屋の夢を笑うんじゃねぇ!」
親子のやり取りに、当のハイエンドたる真也は頬をひくつかせ、「ははは」と愛想笑いをこぼした。




