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090 『殻獣』と『オーバード』


「殻獣でオーバードぉ!? なんやねんそれ、意味わからん!」


 クー……人型『殻獣』が『オーバード』である。

 津野崎の言葉に、修斗が声を上げ、他の面々も同様に驚きを隠せずにいる。


「殻獣がオーバードって言われても……オーバードは殻獣に対する地球の防疫機能って習ったんスけど……」


 混乱の中で透が声をあげた。

 オーバードとは、異能とは、地球規模の無意識が生み出した殻獣に対する『免疫機能』である。


 『殻獣ト其レニ対スル超常的進化ノ考察』。殻獣が襲来し、オーバードが生まれた黎明期に書かれ、未だに主流とされる殻獣とオーバードに関する論文にはそう書かれており、それはこの世界の常識だった。


 クーは、それを全否定する存在なのだ。


「ええ、それが『いままで』の常識ですよネ」


 異能研究の第一人者である津野崎は、透の言葉を事も無げに受け取った。


「今更ですけど、クーは間違いなく殻獣なんですか?」


 逆説的な提案を出したのは真也だった。クーが殻獣なら、オーバードであることでこれまでの常識が覆る。

 しかしながら、殻獣のような要素のある見た目だとしても、クーが殻獣でなければオーバードでもなんの問題もない。


 津野崎は真也の言葉の真意をつかみ、言葉を返す。


「はい……残念ながら、と言わざるを得ません。ウッディ曹長と……あとは、くーちゃんとわからない状態で数名の波紋のオーバードによる探知で確認済みです」


 複数の、殻獣探知の異能を持つオーバードによる確認済み。

 であれば、クーは『殻獣』であり『オーバード』であるという相反する二つの要素を併せ持つ存在なのだろう。


「なら、この力は一体なんなのか……歴史的な発見だな」


 光一は握りこぶしを作り、ぼそりと呟く。


「歴史的な発見……で済ませられるような内容ちゃうで……」


 修斗は顔を引きつらせながらそんな光一にツッコミを入れた。


 学校も、各省庁も、メディアも、殻獣とオーバードは相反するものとして『確定している』。

 一般人も……おそらくは軍の上層部も同様の見解であり、『社会のシステム』もまた、その前提で作られている。


 クーというイレギュラーは、間違いなく混乱をもたらすだろう。

 そして、殻獣としての強固さと、オーバードの異能を兼ね備えた存在は、間違いなく人類にとって脅威である。


 最初に戸田の言った『世界の危機に関わる機密』。その言葉の意味を、一同は理解した。


「……クーの強度は? いくつなんですか?」


 いつまでも驚いていられない、と会話を次のステップに進めたのは真也だった。


 この世界のへ常識の理解が薄いこともあるが、それ以上に彼は『これから』を見ていた。

 クーと同様にレイラと自分、その両方が『話の内容を理解』できたプロスペローもほぼ間違いなくオーバードだ。ならば一刻も早くクーを理解し、人型殻獣との戦いに備えなければならない。


「強度については……見えません、ハイ」

「……見えない、って……津野崎さん、どういうことですか?」

「彼女は基礎カテゴリのみです。基礎のみだと、オーバードであることと、そしてざっくりとした強度しかわからないんですよネ」

「……それは、私と同じ、ということですか」


 基礎カテゴリーのみ。それに反応したのはルイスだった。その顔は不安を浮かべている。


「そうなります、ハイ。強度が低すぎて追加カテゴリーが発現しない方でしたら、本人に分からなくとも私の目には見えますからネ」


 津野崎の言葉に、ルイスは明らかに不安の色を強める。基礎カテゴリーのみのオーバードは数が少ない。その上で『イレギュラー』であるクーが自分と同じというのはあまり気持ちのいいものでは無い。


「基礎カテゴリーのみのオーバード。私自身、この異能は他のものとかけ離れていると感じていましたが……まさか、殻獣由来の……」

「ルイス!」


 急に割り込まれた言葉に、ルイスは体を震わせる。

 青ざめた顔で話すルイスを制したのは光一だった。


「ルイス。滅多なことを言うな。クーが基礎カテゴリーのみだからといってルイス自身が疑われるなど、あってはならない。そしてルイス、お前自身も滅多なことを言うな」

「そうですよ、ルイスさん。あなたは肌は緑色などでは無いでしょう? たまたまですよ」


 光一に続き、同級生の苗もルイスに言葉をかける。


「ルイスさんは、私たちの……人類の仲間です。そんなことを言わないでください……」

「……すいません。どうも、基礎カテゴリーのみだと、卑屈になってしまいますね。

 基礎カテゴリーのみ、というのはここ2、30年で現れたオーバードですから。元が違うのかもしれない、と思ってしまうのは仕方ないのです」


 二人の言葉に、ルイスは少し表情を緩めたが、それでもまだ暗い様子だった。


「……人型殻獣甲種、プロスペロー。感情を読み取る異能、持ってた。プロスペローは、『スペシャル』異能者」


 レイラの言葉に、津野崎が頷く。


「ええ。数が少ないからといって、たまたまくーちゃんが基礎のみのオーバードであっただけの可能性も否定できませんし、考えすぎは毒ですよ、ルイスさん」

「……はい。しかし……測定できない、と言う点は」


 未だ納得しないルイスに、修斗は一つため息をつく。


「まあ、たしかに一般的なオーバードの測定方法が通用せんかったり、『目』のオーバードでも強度を確認できんかったりとか、特別ではあるわな。殻獣由来、肯定は絶対せぇへんけど、否定もできへん」

「修斗!」


 またもやルイスを揺さぶるような修斗の言葉に光一が噛み付く。


「やけど、その力を『防疫』のために使うんやったら、それはれっきとした『オーバード』や。せやろ?」


 修斗はそう言うと、ルイスに対してにやりと笑った。修斗の言葉に、ルイスは目を丸くし、そして微笑んだ。


「……はい。私は、『オーバード』です」


 その目には、確かな意思が宿っていた。


 ルイスが落ち着き、続いて会話に参加してきたのは伊織。


「それで、この虫が異能を使えるとして、意匠は?」

「舌ですネ。舌の表面に、蜘蛛のような意匠があります。

 過去100年間、『蜘蛛』どころか虫由来の意匠も確認されていません、ハイ。人型殻獣独特の意匠なのかもしれません」


 真也は津野崎の言葉にクーの方を見る。その視線にクーが反応し、真也の方を見ると、口を開いて舌を伸ばし、自分の意匠を見せつけてくる。

 たしかにクーの舌の表面には、蜘蛛の形をした黒い刺青……意匠があった。多少デフォルメされた意匠だったが、それでも虫をかたどった意匠は、どことなく真也たちの不安を煽るものだった。


 少し驚いた真也の反応にクーは自慢げに笑みを浮かべると、舌を仕舞った。


 津野崎は膝を曲げてクーと目線の高さを合わせ、話しかける。


「さあ、くーちゃん。約束通り、間宮さんと会えましたネ」

「うん。うれしい」


 満面の笑みで返事をするクーに、津野崎は言葉を続ける。


「じゃあ、約束通りお話、聞かせてくれますか?」

「もうちょっとしんやとあそびたい」

「くーちゃん……」


 クーは真也を見ながら駄々をこねる。自分が『情報的優位』に立っていることを知っているのか、それとも単純に真也と遊びたいのか、ワガママを言って津野崎を困らせる。


 真也は気合を入れ、クーをしっかりと見つめなおすと、側へと歩み寄り、緑色の頭の上に手を置き、髪を撫でる。


 急に真也から頭を撫でられたクーは驚き、「ピィ!?」と声を上げ、真也を見つめ返す。


「クー」


 真也は、なるべく優しい声色で、クーに話しかける。


「君について、話してくれる?」

「しんや、クーのこと、しりたい?」

「ああ、知りたい」

「きゃー♪」


 バタバタと触覚を動かし、頬に手を当てるクー。

 真也は、クーがこちらを見ていないタイミングで津野崎に目配せする。


 真也は、クーから情報を聞き出すため、彼女のご機嫌をとる事にしたのだ。


 真也の後ろで、まひるは静かに目を濁らせ、何人かのメンバーは真也の行動に驚きながらも何も言わなかった。


「覚醒したときのことなんか、聞いてみたいですネ」


 津野崎の言葉に真也は頷くと、クーに話しかける。


「ねぇ、クー。君が覚醒したときのこと、教えてくれる?」

「かくせー?」

「みんなの話す言葉がわかるようになった時、かな。舌、熱くなったり、痛くなったりした時、無かった?」


 クーは少し考え、思い当たることがあったのだろう、小さく跳ねながら答える。


「あー! あのとき!」


 クーは、明るい声で自分の過去の話を始める。


 その後ろで、伊織とレイラが顔を見合わせる。


「間宮、時折黒いよなぁ」

「……思い切りがいい。と、言った方が」


 2人は、真也に聞こえないよう、ぼそりと呟いた。

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