085 閑話:帰りの214号室
男の娘のちょっとエロスな回となっております。読み飛ばしていただいても全く問題のない回となっておりますので、苦手な方は回避のほど、お願いします。
東雲学園の1年生たちは、長い合宿を終え、船の中で最後の夜を過ごしていた。
ロシアを出る直前、いきなりのパーティーで心休まらなかった生徒たちは、教師陣の特別の目溢しをうけ、翌朝起床時間に必ず間に合うようにという約束のもと、ラウンジで談笑するものや、船の一角で告白をするもの、食堂で食事を取り直すものもいた。
そんな中、214のバディ、真也と伊織は予定通りの時刻には就寝していた。
真也は体調が万全でないため一刻も早く眠りたかったし、伊織は真也が眠るのであれば特にすることもなかったためだ。
薄暗い214号室の二段ベッドの下段に腰掛けた伊織はタンクトップにホットパンツという部屋着で、横で眠る真也をじっと見ていた。
部屋の照明は、窓から差し込む月明かりのみ。
「……なんでこうなっちゃったかなぁ」
伊織は弱々しく呟きながら、真也の静かな寝息に文字通り大きな耳を傾けていた。
「しんや……」
ぼそりと呟く言葉は、真也には届かない。
伊織の耳は、間違いなく真也が眠っていると伊織に告げる。
「……なんか、裏切りみたい」
伊織は、そっと真也の額に指の背で触れる。
自分を、『男』扱いしてくれた。友人だと言ってくれ、嘘偽りない友情を与えてくれた。
自分を変な目で見ない相手。
「……寝顔は、かわいいなぁ」
そんな相手を、自分が『変な目』で見ている。
一度、自分の本心を認めたら、あとはもう坂を転げ落ちるようだった。
ベッドで薄く笑う真也。パーティできっちりと軍服を着込んだ真也。
パーティーの後、疲れながらも軽口を言い合う時の、にやりと笑う真也。
どれもこれもに、伊織はどきりとさせられた。
お風呂上がりに、上半身裸で出てきた真也の、うっすらとした腹筋も……
「ボクは何考えてるんだ……」
伊織は頭を振って煩悩を追い払い、うさぎの耳もそれに沿ってブンブンと振り回される。
「……これから、どうしよう」
ソフィアには、自信満々に言い放ったものの、これからどうすればいいかは、伊織には全く見当もつかない。
誰かに相談できるような内容ではないし、ソフィアの言う通り『心に秘めた』方がいいのかもしれない。
伊織は真也にレイラに対する恋愛のアドバイスを偉そうに口を出したが、自分のこととなると、完全に参ってしまっていた。
伊織は音を立てないようにそっと真也の顔に、自分の顔を近づける。
規則的な寝息だが、真也のまぶたの下の瞳がピクピクと動いていた。
「……どんな夢見てるんだー?」
伊織は起こさないように真也へと呟く。
鼻から息を吸うと、少し汗臭い匂いが伝わってくる。
伊織は無意識に、真也の頬に手を置いていた。
くすぐったそうに真也が顔を背ける。
「……ん」
真也の寝言に、伊織の体が固まる。
やばい、起きる。
伊織は驚き、真也から離れようとするが、それより早く、真也の腕が伸びてくる。
「……っ!?」
小柄な伊織は、あっという間に引き倒され、真也の腕の中に納まった。
「ちょ……ま、まみや……?」
伊織は急な真也の行動に驚きながらも、なぜか小声で真也に行動の真意を問いただす。
真也は伊織の言葉を無視し、そのまま足を絡めてくる。
正面から真也に抱き締められた体勢で伊織はベッドに横たわり、ぱくぱくと口を開くが、言葉が出てこない。
「あ……あう……」
伊織の視界が真也の胸板で埋まり、完全に頭が真っ白になる。
ソフィアに見せられた幻影とは違う、本当の体温。
幻影に心を許した自分が馬鹿に思えるほどの情報量が、伊織の頭を支配する。
匂い、寝息、肌に当たる真也の腕の汗ばみ。
もぞもぞとした、伊織の体を離すまいとするような動き。
「んー……?」
伊織の体が、より強く抱きしめられる。
「んんっ……」
伊織の耳に真也の頬があたり、真也は驚いたような声を小さく上げて、そのまま自分の肩と頬の間に伊織の耳を挟んだ。
「……ま、みまや?」
伊織は混乱の中、真也が起きているのかと声を上げるが、その声に返事はない。
穏やかな呼吸音から、真也が引き続き眠っていることに伊織は気づく。
「……寝ぼけ、てるのか?」
伊織は、初日に船の上で交わした会話を思い出す。
『じゃあさ、俺、寝相が悪いから下でいい?』
寝相悪すぎるだろ。伊織は心の中で驚きながらも、それでもなされるがままにした。
「……これは、不可抗力だもん」
伊織は自分に言い訳するように呟く。
「……んんっ」
真也は伊織の耳に頬ずりしながら、声を上げる。
その声は、伊織の耳のそばで発せられるため、伊織の脳内に直に響くようだった。
「不可抗力……不可抗力……」
伊織はそう呟きながら、真也の脇に手を伸ばし、抱きしめ返そうとする。
「ひゃっ」
しかし、伊織が真也を抱きしめ返す前に、真也の腕が、伊織の体を這う。
「ちょ、それは……やりすぎ……っ」
真也の腕が、伊織のタンクトップの下を潜り、背中を、脇を、腰を這い回る。
「……ちょ、ちょっと、そこは……!」
真也の腕が、伊織の腰を滑り、『しっぽ』を掴んだ。
「そこ……は、ダメ……だって」
「んー?」
もふもふとした手触りを確認するように真也の手が蠢き、伊織の体が小刻みに跳ねる。
「あっ……あ、ちょっ……はぁっ」
伊織は力が抜けていき、だらしなく口を開く。
伊織の腕は、無意識に真也の胸板を撫で回していた。
伊織は真也の胸板から抜け出すと、真也の顔に、自身の顔を近づける。その顔は、もはやドロドロとした感情に支配されていた。
「……しんやぁ」
しかし、真也は未だ心地好さそうな寝顔で、目をつぶったまま、呟く。
「……ん、まひる……」
その瞬間、伊織の体が固まる。
「ま……ひる……だと?」
伊織の体が、先ほどと違う理由から戦慄く。
そして異能を発現させて、シュッ、という小さな衣擦れの音とともに一瞬で真也の腕から脱出した。
あまりの速度に、伊織がいなくなったことに真也が気づくことはなく、相変わらず寝息を立てている。
「お、おま……よりによって、い、いも、妹と勘違いするかっ……!?」
伊織は、ベッドのそばで仁王立ちしたまま、怒りに肩を震わせる。
「それとも、妹と、こんなこと、普段から……!?」
真也は、そんな伊織の様子を知る由もなく、眠りに落ちたままゴロンと寝返りを打つ。
「一発くらい……殴ってもいいよなぁ……?」
伊織はそう呟き、拳を握る。
すると、伊織のよく知るものが、目の前に現れた。
「……いい度胸じゃないかぁ。ええ?」
伊織の目の前に現れたのは、『棺の盾』。
自分の主人を守るべく、無意識のままに現れたのだ。
「ハイエンドかなんだか知らないけどさぁ、僕の体はそこまで安くないんだよ……!
まさぐるだけまさぐって、あの言葉は許せないよなぁ?」
伊織はその言葉と共に速度をあげ、真也へと拳を届けるべく盾との戦闘を開始した。
そんな中も、真也は目を醒ますことはなく、呑気な寝息を立てていた。




